神霊樹の巫女―再演・Myosotis(ミュオソティス)
にーりあ
Magi's Kaleido Online EP.04
稀によくある異世界での楽しい旅 ―Transaction Processing―
①-1 黒龍石を探して
「――君は黒龍石を
手ずから入れた香味花茶の香りと味を確かめる様に啜ってから、白髪の老人――歴史学者ラナード――は唐突に食事前に一旦棚上げした話を持ち出してきた。
ひと通り堪能した郷土料理の余韻を吹き飛ばすその一言を、アイヒシュテットは勧められた茶を啜る事で一旦受け流す。
ここで本題を切り出してきた老人の真意は掴み兼ねたが、彼は内心に広がりかけた動揺をまずは強引に抑えつけた。そして大袈裟に、今気がついたという演技をしつつ脳裏で計算を巡らせる。
内容が内容だけにありのままを単刀直入に話す事は躊躇われた。出来る事なら今日はその話題を棚上げにしたまま帰ってしまいたかったというのが本音だ。だが目の前の老人はそれを許さないだろう。このタイミングで話を切り出したのは、恐らくそういう事だ。
ならば。と、アイヒシュテットは決断する。そうなった場合どう話を進めるべきかも――実は食事中ずっと――頭の片隅で模索してはいたのだ。
「……はい。我が国にはどうしても、それが必要なのです。貸与しては頂けませんでしょうか」
要求はまずストレートに。はなから腹芸で勝てるとは思っていない。アイヒシュテットは自分が交渉ごとに長けていない事を自覚している。
このタイミングでの提示が最善かと言えばそうではないのだろうが――和やかな談笑と腹が膨れた効果も幾分相まって――アイヒシュテットは一番思い切ったシナリオを選択した。
「そうさね。貸す事については吝かではないが……これは色々と大変な事になっているね」
伸びた白髪頭の後ろを軽く掻きながら、ラナードは唸り声にも似た大きな溜め息を付いた。
【黒龍石】とは、どこかの地方に伝承する
ラナードは手にしたティーカップに入っている茶の色合いを確かめる様に覗き込んだかと思うと、静かにテーブルにティーカップを置いて、視線をテーブルの中央に置かれたガラス茶器に移した。茶器の中では濃い黄金色の茶に沈んだ――最初は小さな蕾だった――花々が満開になっていた。
「所謂ポテンシャルはそうだがね」
彼は神妙な顔をして独り事の様にそう呟く。
「ポテンシャル? とは、どういう事でしょうか」
アイヒシュテットの問いに対してラナードはおもむろにズボンのポケットをまさぐると、中から直径二㎝から三㎝程度の球体を取り出し彼に差し出した。
「今のアレは、これの類だね」
「これは、真珠……ですか?」
「これは聖球(ジェム)と呼ばれるものだね」
それは白く美しく輝く小さな丸い球体だった。
アイヒシュテットは初めて見る神秘的な光を放つその宝玉に目を奪われた。一般に出回っている真珠とはまるで違う【
「アイシス地方に伝わるサーガ・クラリオンネメシスだったかね。『天界から遣わされた神の国の戦士は、この世界を支配していた暗闇の王との戦いにおいて、小さな太陽を用いて世界を覆う闇を払い、地の奥底にこの世のすべての悪を閉じ込めた――』という様な内容だったかね」
ラナードが急に歌を詠むかの様に重厚な――かなり大袈裟な――口調で語りだしたためアイヒシュテットは驚き、反射的に聖球(ジェム)から目を逸らし彼を見る。
「い、いいえ。初めてお伺いしました」
独特な語尾の癖を持つ初老の歴史学者に一瞬圧倒されたものの、彼はそれを表には出さぬよう努めてビジネスライクに対応する。
「『暗闇の王は最期の瞬間残された己の力を小さな太陽に潜り込ませ、太陽を内部から砕き割り世界に昼と夜をもたらした。砕かれた太陽の半分は、欠片となって世界中に散らばり世界を巡った。巡る事で角がとれ、磨かれ、不思議な光を発する珠となった。いつしかそれらは、【
吟遊詩人風な台詞の後、ラナードは一口茶をすすってまた続けた。アイヒシュテットも茶を飲もうとしたが――あ、続くのか。と気が付き――飲むのをやめた。
「『
「つまり、黒龍石は、
「
ラナードの説明にアイヒシュテットは少し考え込んだ。
――黒龍石は
皆目見当もつかない。彼の語った内容は自分が持っている情報とはかなり異なる。しかしそれにしては具体的な内容――よく知らなそうな口ぶりに反して一字一句正しいのではないかと思われるしっかりした芝居口調――であったし、その情報が嘘だと断言できる材料もない。その話に納得し「そうですか、我々の勘違いでしたか、残念です、それでは失礼します」と帰る訳にもいかない。
まずは情報の裏を取る必要がある。そもそも黒龍石という物自体がアイヒシュテットに言わせると胡散臭い物なのだ。今の段階ではこの地で
――ラナードの話は参考程度押さえておくとして、やはり実物を入手ないし確認し、出来る事なら貸与を了承させ検証まで漕ぎつけたい。
アイヒシュテットがあれこれ考えていると、それを見越したようにラナードはにやりと口元を歪め、言った。
「伝承が真実かどうかよりもソレが黒龍石なのか無価値な路傍の石なのか、本当に知りたいのはそんなところだろうかね」
「あ、いえいえ、興味深い話でした」
図星を突かれたアイヒシュテットは内心慌てたが、咄嗟に彼が歴史学者という点を踏まえ――伝承にとても興味がある様子を演じ――返答した。
「驪(り)竜(りょう)の珠(たま)ですか。なるほど。それは是非、拝見したいものです」
アイヒシュテットは老人の語った御伽噺の内容には心底興味をひかれなかった。だが彼の提示した情報には無視できない価値を感じていた。自国の調査力を疑っているわけでは無いが、この老人の話を無視するのは危険だ、その説を否定しうる決定的な材料が出ない限りは。――そのふとした違和感は、アイヒシュテットには珍しい根拠の無い予感であった。
「そうかね。それなら行って確かめてみるかね」
「……はい?」
ラナードは立ち上がりティーカップの茶を飲み干すと、悪戯っぽい笑みを浮かべ「なぁに遠慮する事は無いのだね。百聞は一件に如かずと言うし、行ってみるといいね」と、半ば強引にアイヒシュテットを誘った。
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