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「――君は黒龍石を暗黒物質エネルギーマテリアの類だと考えているのかね?」


手ずから入れた香味花茶の香りと味を確かめる様に啜ってから、白髪の老人――歴史学者ラナード――は唐突に食事前に一旦棚上げした話を持ち出してきた。


ひと通り堪能した郷土料理の余韻を吹き飛ばすその一言を、アイヒシュテットは勧められた茶を啜る事で一旦受け流す。


ここで本題を切り出してきた老人の真意は掴み兼ねたが、彼は内心に広がりかけた動揺をまずは強引に抑えつけた。そして大袈裟に、今気がついたという演技をしつつ脳裏で計算を巡らせる。


内容が内容だけにありのままを単刀直入に話す事は躊躇われた。出来る事なら今日はその話題を棚上げにしたまま帰ってしまいたかったというのが本音だ。だが目の前の老人はそれを許さないだろう。このタイミングで話を切り出したのは、恐らくそういう事だ。


ならば。と、アイヒシュテットは決断する。そうなった場合どう話を進めるべきかも――実は食事中ずっと――頭の片隅で模索してはいたのだ。


「……はい。我が国にはどうしても、それが必要なのです。貸与しては頂けませんでしょうか」


要求はまずストレートに。はなから腹芸で勝てるとは思っていない。アイヒシュテットは自分が交渉ごとに長けていない事を自覚している。


このタイミングでの提示が最善かと言えばそうではないのだろうが――和やかな談笑と腹が膨れた効果も幾分相まって――アイヒシュテットは一番思い切った脚本シナリオを選択した。


「そうさね。貸す事については吝かではないが……これは色々と大変な事になっているね」


伸びた白髪頭の後ろを軽く掻きながら、ラナードは唸り声にも似た大きな溜め息を付いた。


【黒龍石】とは、どこかの地方に伝承するお伽話フェアリーテールに出てくる、暗黒龍が封じられた禁断の石に名を由来する未解明の【暗黒物質エネルギーマテリア】だとアイヒシュテットは聞いている。


暗黒物質エネルギーマテリアとは、それ単体では何の力も持たないただの石ころだがある環境下では無限とも言える程の莫大なエネルギーを吹き出す資源触媒を総じて指す呼び名だ。特務局ベルディグリ諜報部の調査報告書にも、黒龍石こそ我が国で言う暗黒物質エネルギーマテリアの一つ――悪魔の核デーモンコア――である可能性が極めて高いと記されていた。

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