二槍たずさえ銀(しろがね)の竜 その2


 そして数日がたった。


「さーて皆さんお立ち会い! 本日お呼びする特別ゲストは、世界を股に掛ける大英雄……のタマゴ!」


 レザーで出来た装束にぴっちりと身を包んだお姉さんが、ステージの上で声を張り上げる。

いやぁ、流石は本職。これだけ人が居るのにまったく声量が負けてない。


「今日が伝説の始まりになるかも知れない!? 四世勇者筆頭、アイサダ・ネフライテ・アンフィナーゼ嬢の剣舞をご覧いただきましょう!」

「よ、よろしくお願いしまーす!」


 その隣、まだわずかに緊張した面持ちのアニーゼが、ぎこちない笑顔で群衆に向かって手を振った。

基本的にはフリフリヒラヒラとしたドレスだが、背中や肩など体のラインが出せる所はきっちり出している。妙にコケティッシュなのは、ステージ衣装だからだろうか。

何より、プロには無いところどころの「恥じらい」めいた仕草が、好きな人にはクリティカルするのだろう。

ステージ上が全員そうだと困るが、1人くらいならそう言うのが残っていても映えるってもんだ。


「えっと、特技は……斬ることです! 何でも斬れますよ!」

「おぉ、これは頼もしい発言だー! では早速、勇者様がどこまで斬れるのか、少しばかり予想してみましょう!」


 見世物と言っちゃあ語弊があるが、あの後俺達が見つけたのは、この町での公演を行うべきか取りやめるべきか言い争っていた、旅芸人のグループであった。

なんでも一座の花型であり、座長の奥さんでもある副団長が不慮の病によって倒れてしまったらしい。なので言い争いというよりは、当の本人が無理にでも決行しようとするのを、他のメンバーがどうにか止めようとしていた形である。


 これに目をつけた俺……もとい勇者筆頭ご一行は、勇者の血族としての能力を用いてなんとかステージの穴埋めをしようと申し出たわけだ。

なんせ、種も仕掛けも無く山をぶった斬れる奴だからな、アニーゼは。

実際に「伝説の勇者の活躍」を目にする機会など早々無い一般人にとっては、それなりの娯楽になるだろう。


「はーい、ではクジを購入する方は銀貨1枚、お一人様10口まででーす♪」

「んじゃ、一番難易度の高い奴。10口で」

「えっ……一番難しいのと言うと、ウチの団の魔術師が趣味で作り上げた、ダーク鋼製のゴーレムなんですけど……」

「おう、良いよ、それで。んじゃ銀貨10枚な」


 ……ちなみに、こういう催し物ではちょっとした余興として小規模な賭けをすることが認められている。

最大限に張っても、一回貴族並のフルコースの食事が出来るか出来ないか程度のもんだが……ま、ちょっと遊ぶだけの代金としては十分な儲けだ。

いやぁ、いいねぇ絶対当たるギャンブルってのは。今日の晩餐はちょっとばかり、奮発してやっても良いかもしれないな。




「……って、何やってるのよアナタたちはー――ッ!」

「ん~……?」




 ついでにワインで口を湿らせて、俺が上機嫌に手など叩いていると、後ろからつい最近聞いたような甲高い声が上がった。

やれやれ、あんまりこういう場所でキイキイ騒ぐのは気高いとは言えねぇぞ。ほら、隣の人が迷惑そうにしてる。


「見て分かんねえか? クエストだよ、クエスト」

「『幼気な少女を見せ物にして管巻いてる鬼畜外道』の間違いではなくて!?」

「バカかお前、一座まで来て俺見てどう済んだ俺見て。ステージを見ろよ」

「くうっ……正論なだけに腹が立つ……!」


 しかしこいつ、てっきり次の町へと飛んで行ったのだと思ったのだが。

どうもこいつのプランでは、役目を取られそうな俺達が慌てて出立、自分はそれを悠々と追い越しながらバカにする手はずとなって居たらしい。

なのにいつまでたってもこっちが町を出ようとする気配が無かったので、逆に自分が慌てて姿を探す羽目になったようだ。

まったく、どうにも見通しが甘いというか、地味にせせこましいな。嫌いじゃあ無いぜ。


「どうも、忙しい時期なのに看板役者が熱出して倒れちゃったとかなんとかでな。ま、ちょっとしたヘルプってこったな」

「ヘルプって……アナタたちも勇者でしょう!? どうして見せものになんかしてるの!? どうして追ってこないのよ!」

「いやーだって? モンスターは全部片付けるっていうし? 俺達の出る幕じゃ無いらしいし? なんだ、追っかけてきて欲しかったのか、この寂しんガールめ」

「物凄く腹が立つ!」


 ま、報酬はロハなんだから別に私利私欲に走ってるわけじゃない。これも立派な人助けの1つである。

建前はさておき、野外に備え付けられたステージ上では、アニーゼがモンスターの調教用に使う檻を一刀両断にして喝采を浴びている所であった。

俺は携帯クーラーボックスから小瓶に入った緑色の液体を取り出すと、息を荒げるデュティに差し出してやる。


「まあまあ、落ち着けよ。ほら、これでも飲め」

「誰のせいだと……くっ、まぁいいわ。確かに今のは優雅じゃなかったもの。……ところで、これって何? なんか、お茶にしては凄く青臭いのだけど」

「草食スライムのコアを絞った汁」

「要らないわよー――ッ!」


 あぁ、何すんだ勿体無い。栄養満点で薬としてはそれなりな値段がするのにな。

青臭いと言うが、飼育法に気をつければバッチリ薬効効果があったりする。俗にいう、緑ポーションと言うやつだ。

ま、毒草ばっかり食ってたっぷり体内に濃縮してるような奴も居るから、食中毒にゃ気をつけなきゃならんのだが。


「あれ? ディーちゃんも来てたんですね。」


 こちらの騒ぎを聞きつけたのか、一度ステージを降りたアニーゼも会話の輪に入ってくる。どうやら今までに斬り捨てたものを片付けたり、新しくゴーレムの配置したりで、少しだけ時間が開くようだ。

デュティは俺の方を辟易とした顔で睨みつけた後、やや疲れた様子でアニーゼに指差した、


「……アンフィナーゼ。アナタ、悔しくないの? アナタが見せ物になってる内に、ワタシは『ブレイドホーン』の群れを1つ壊滅させて来たわよ」

「あはは……まぁ、こんなことしてて良いのかなーとは思うんですけど。これはこれで普段やれないことで、ちょっと楽しいですし……思いっきり剣振っても怒られませんし」


 荒療治の甲斐あってか、群衆の注目を集めることにもアニーゼは大分慣れたらしい。

うんうん、そういう狙いも有ったんだよな。まぁ今考えたんだが、聞かれたらそう言おう。

それにアニーゼ自身、注目を受けることそのものへの忌避感は少ない。肉食獣は群れの中で一目おかれるのも好きでなきゃならん。

ついでにこいつ、憶測では結構なサディストだしな。今はまだ覚醒しちゃいなさそうだが、その頃には俺はお役御免になってるのを祈るばかりだ。


「楽しいって、アナタねぇ!」

「おうおう、楽しめ楽しめ。唯でさえ勇者なんてクソ面倒くさいこと押し付けられてんだ。ちょっとくらい楽しんだってバチ当たらねーよ」

勇者の力チートの無駄遣いだと思わないの!?」

「なら、『ブレイドホーン』の群れはチートするのにふさわしい相手か? 冗談だろ、地上の奴でもちゃんと訓練された5~6人で当たれば何の問題も無く駆逐できるぜ」


 まったく、竜人のお嬢さんは頭が固くって困るね。

光刃貴剣エンチャントノーヴル】に相応しい相手? そんなんが選り取りみどりなほど出てきたら、あっと言う間に世界が滅ぶだろ。

アニーゼは基本的に過剰戦力なんだ。Bランクのモンスター、都市災害級の相手を剣ひと振りで片付けられる「勇者」に対し、役者不足にならない相手と言えばそれこそ「魔王」くらいしか居ないってのに。


「これだって立派な『困りごとクエスト』だ。優劣が有るとすれば名誉と報酬についてで、内容じゃねえ。大体なぁ、より沢山人を生かすのが"勇者"の役目だってんなら、俺たちは今からでも国を取るべきだろう?」


 そうだ、「才能チートの無駄遣い」だってんなら、そんな素敵な能力を持った勇者の血族が、世界の辺境の空の上で暮らしてることこそが最高の無駄遣いに違いない。

それを選ばせたのは他ならぬ地上の人間たちで、だったら何で俺達がチートの使い道にまで配慮せにゃならん。

場合によっては国1つ乗っ取るのだって難しくは無いし、内政向けの能力チートを授かっている奴だって沢山居るってのにな。


「『正しく』『立派に』『チートじゃなきゃ出来ないことをする』ってんなら、そんくらいのスケールは必要だろうよ。なぁ?」

「それは……っ!」

「おじ様。……それ以上は、私も悲しくなります」

「そうかい、そりゃスマン」


 アニーゼが悲しげな瞳で見つめてきたので、俺はやはり両手を上げて降参の意を示した。

ま、仮に一国取ったところで、その後人類に磨り潰されて滅亡するだろうってのも確かなんだ。内政向けの奴が居るってことは、それだけ切った張ったできる奴ばかりじゃないってことだし。

「人類」vs「勇者」なんて、質で優っていてもあまりに数が違いすぎる。滅ぼされるまでの短期間で人類の技術レベルは随分底上げされるだろうが、そこまで身を粉にしてやる義理もない。


「アンフィナーゼさーん、休憩終わりまーす!」

「あ、はーい!」


 どうやら準備が終わったらしく、アニーゼが司会のねーちゃんに呼ばれて再び壇上に登っていった。

いやぁ、しかしやっぱりあのねーちゃん、常に客の前に立ち続けるだけあって良い脚と尻をしとるわ。

精一杯色気を出すようなコスチュームを来ているものの、根本的にちんちくりんなアニーゼと並べると特にそう思う。

む、なんか今ゾクっとした。ちょっと酔い過ぎたか? 大人げない発言も重ねてしまったしな。

いかんいかん、今日の俺は人に優しくするのだ。なんせ、臨時収入が確定しているのだからそれくらいは周囲に還元するべきだろう、勇者として。


「ふん! もういい! ……アナタたちに張り合う気が無いって言うならそれでも良いわ。地上の人間たちも、じきに誰が真の勇者であるか気付くでしょうね!」


 あぁ、そういえばお前もまだ居たんだっけ。ま、世に困り事の種は尽きまじだ。別にやりたいようにやりゃあ良いさ。

そう言って見送るのは楽なんだが、今日はちょっとばかり気まぐれを起こしてしまった。

どうやらこいつにも、目につくモンスター害をすべて駆逐していくのは流石に無理を重ねねばならぬ事らしい。隠しているつもりだろうが微かな痕跡が顔に残ってしまっている。


「お前な、ちゃんと休んでんのか? 格下の討伐依頼ったって、移動時間も有るだろう」

「あら、アナタにはこの誇り高く広がる翼が見えない? 地を這って進むしか無い獣とは、根本的に格が違うのよ」


 このプライドだ。ゴブリンだのロックワームだのといった、数が多くて弱い奴らは見逃すなんて中途半端はするまい。

あたりの群れのボスを片っ端から食い散らかしてるのも想像に難くない。まったく、いくら空が飛べると言ったって、探しまわる時間だってただじゃないだろうに。


「目元、クマ残ってんぞ」

「……っ!? 乙女に向かって不躾だわ! 変態!」

「なんだとコラ」


 心配してやったのに変態扱い、まったく。

先日から続く、こいつの俺への扱いに関しては今一度教育が必要なのでは無いだろうか?

だが、俺が何かしようとする前に奴は素早く身を返すと、あっと言う間に捨て台詞を残して走り去っていった。


「お、覚えてなさーいっ!」


 何をだよというツッコミも虚しく、後にはポカンと呆ける俺と、眉を顰めた客席の皆さんが残される。


「ったく……周りのご迷惑も考えろっつーの」


 まぁ、これは今、俺が言い聞かせてもちょっとどうにかなりそうにないことだ。

どうやらアニーゼを目の敵にしてるようだし、しばらくは旅の最中にちょっかいを出してくるのだろう。

性根的にわりと大雑把な所がある「竜人」の家だ。あんまりあからさまな嫌がらせはプライドが許さないはずだから、そこまで気にすることでも無いかも知れんが。


「あ、あのー勇者様? こちら側で用意できた相手は、もう打ち止めなんですけど……ゆ、勇者様ー!?」

「もう少し! もう少し斬れますから! もっと硬いの出して下さい!」


 ……それよりも今は、ちょっと欲求不満なあのお嬢様が、逆に評判を落とさないかどうかを心配するべきかも知れないな。

なんか適当に噛みごたえのある物を与えて、適度に力を発散させる必要がありそうだ。牛の大腿骨とか市場にあれば良いんだがね。




 ちなみに賭けの結果は、劇団お抱えの魔術師がムキになって錬金したアダマン塊をアニーゼがみじん斬りにし始めたため、ノーカウントで払い戻しとなった。

当然、賭けに当たった奴は抗議するんだが……世の中には賭けに勝つ人間より賭けに負ける人間のが多いんだな、クソッタレ。

俺としても、こっそり賭けてたのはアニーゼには秘密なので、泣く泣く配当金は諦めだ。

牛の骨も高くついたし……しばらくご馳走はお預けだぞ、アニーゼ。

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