二槍たずさえ銀(しろがね)の竜 その1

 アニーゼがまだ、6歳くらいのガキだった頃の話をちょっとしようと思う。

〈天空街〉ってのはそりゃあ閉じた空間で、同年代の子供ってのはだいたい1つのサークルに収まる感じになっている。

その中でも2~3人が大婆様に見初められ、次世代勇者の卵として直々に教育を受ける、らしい。


 ちょっとアバウトなのは、当然俺はそんな教育を受けた覚えが無いからだ。話を聞ける友人ならどうかと言うと、学者としては優秀でも勇者には向いてない奴なので、やはり無い。

しかし、勇者筆頭を名乗っているということは、アニーゼは当然大婆様による英才教育を受けていたことだ。

どんな感じなのか聞いてみたところ、戦闘術から礼儀作法まで、かなりギッチリと詰め込んだスパルタ教育だったらしい。

それに比べると、期待されずにすんで良かったのか悪かったのか。ま、俺からのコメントは控えておくとしよう。


「あら! アナタのお耳はワンちゃんね。まぁ可愛らしいこと」

「そういうあなたは……ええっと……?」

「分からない? ふふふ、ヒントはこの翼よ」


 そんな二人が出会ったのは、そうやって大婆様に召し上げられた組の中であった。

得意げに銀の翼を広げた方の子供が黒い髪を、そして、頭にピコピコと揺れる獣耳が乗っているほうが、緑色の髪をしていた。


「あ、トカゲさんですか?」

「ド・ラ・ゴ・ン! トカゲには翼生えないでしょ! まったく……いかに竜人が珍しくても、アナタも大婆様に挨拶したでしょうに」

「あぁ……そうでした」


 数年間、共に肩を並べあうことになる学友の初顔合わせだ。

この頃にはアニーゼも、だいぶ素直な子供の顔になっていたのだが……その分どうも、天然気味な所が出ていたようだ。

とはいえ、プライドの高そうな相手の子に合わせるには、ちょっととぼけているくらいが良いように作用する。

やや毒気を抜かれた感じで、二人はお互いに軽く握手を交わした。


「ワタシはデュオーティ。【白刃銀麗エンチャントマーキュリー】のデルフィニィ・デュオーティ。あなたは?」

「ネフライテ・アンフィナーゼです。えっと……私はまだ、能力が目覚めてなくて……」

「あらそうなの? ま、アナタもお祖母様のお目にかかる位なら、その内きっと素敵な能力チートが目覚めるわよ。もっとも、ワタシほどじゃ無いでしょうけど……もしエンチャント系が目覚めたら、センパイとして色々教えてあげる。よろしくね、アンフィナーゼ」

「はい! その時はよろしくお願いしますね、デュオーティちゃん」


 そしてアニーゼは、初めて同年代の友人と言うのができたのだと聞いている。

向こうからしても、どうしてもプライドが先行してしまう自分に対し、程よい距離感で会話ができる初めての相手だったようだ。

「勇者」になるという共通の目標もあり、二人は切磋琢磨しあいながら、同時に友情を育んでいたという。


 ……アニーゼが初めて黄金色のチートを発現し、龍人の少女と模擬戦を行うまでのほんの短い期間であるが。






 □■□






「え? 無い?」


 この辺りじゃ割と珍しい、赤レンガが組みで作られた建物の中。

受付デスク越しのおねーさんに告げられて、俺は素っ頓狂な声を上げた。


「無いの? 困ったこと? ……なんにも?」

「はい、現在町に陳情されているモンスター害は、"勇者の血族"のお方の活躍により全て解決いたしました」


 おいおいそりゃ無いぜ。こちとら一刻待ってようやく問い合わせが帰ってきたのによ。

まぁ日々是平穏ってのは実に結構だが、こっちだって慈善事業……いや慈善事業だけど何の目的も無いわけじゃねーんだ。

そう、次に来る時にはせめて、民事系の揉め事の解決は窓口に持ち込ませないようにしておけ。

そこそこ大きな町だから仕方ねえが、人で混み合っててたまったもんじゃない。


「ふーん……? いやしかし、ここもか。血族にそんなことしそうな奴居たかね……?」

「あの……すみません、私では判断つきかねますので、後の方に順番をお譲りいただけると……」

「ん、あぁ、悪いねどうも……あぁそうだお嬢さん。お仕事が終わるのは何時になりますかね? よければワインの美味しいバールかどこかで、個人的に詳しい話をお聞きしたい……あ痛っ」

「あなた」


 いつの間にか後ろに立っていた「勇者筆頭」――俺のはとこの子であるアニーゼに、尻をぎゅぎゅっと抓られた。

アニーゼの獣耳が、ピンと天を突いている。こういう呼び方をする時はそれなりに怒ってる時なので、素直にホールドアップして大人しく振る舞うのが一番だ。

まったく、おじさんに少しの潤いくらい許して欲しいものだね。折角並んだってのに何も得るものが無いのは寂しすぎるぜ。


「へいへい、おふざけが過ぎましたよっと……しっかし参ったねー、この町の事件クエストも、ぜーんぶ解決されちまってるそうだ」

「無闇にモンスターに脅かされてる人が居ないのは良いことですけど……こうも続けて、となると困りました。私、ちょっと手持ち無沙汰です」


 そう、それに実際、これが初めての事態という訳でもない。

むしろ最近は、どこの町に寄っても「勇者の血族によってモンスターは倒されたよ」としか言われてない気がする。

実際には3~4回かそこらなんだろうが……それだけ連続してんだ、まさか偶然とも思えん。


「どこかに力いっぱい剣を振り下ろしても良いタイミングが無いでしょうか……例えばほら、行商人さんが絶対に壊れない盾を売っているとか」

「商人が泣くからやめてやれ。勇者稼業が無いってんなら俺達ゃただの旅人だよ、お嬢。焦っても仕方ない、飯でも喰って気を取り直す――」


 ことにするか、と。俺達が役場を出て、数歩進んだ所であった。




「ほーっほっほっほっほ!」




 ついさっき出てきた筈の後ろ側から、狙いすましたように声が響く。

なんと言うべきか、すっげーわざとらしい笑い声。実際、俺は本気で「ほほほほほ」なんて笑い方する奴を初めて見たぞ。


「……なんだこの、白昼堂々のバカっぽい笑いは……」


 何がそんなに面白いかは知らないが、タイミング的にどう考えても俺達に向けた笑い声だろう。

アニーゼと目配せしあい、お互い微妙に嫌な顔をしながら振り返る。後ろ……では無いな。正確には後方やや上空と言うべきか。


「ようやくワタシに追い付いてきたようね。アイサダ・ネフライテ・アンフィナーゼ!」


 屋根の上に取り付けた、建物が役場であることを示すマークに足をかけ。

仰々しい翼がくっついた1人の少女が、両手に持った槍の穂先を、片方アニーゼに向けて見栄を切っていた。


「な、なんだなんだ」

「鳥か?」

「ドラゴン?」


 唯でさえ混みあう場所なのに、衆目を集めてるもんだからたまったもんじゃねえな。

やや逆光になった少女のシルエットを指さして、野次馬たちは好き勝手にものを言っていた。

当の少女は、歳はアニーゼと同じくらいか。人々の注目を受けて割とご満悦なようである。

蒼天の空を銀の翼で覆い、己の黒い髪を掻きあげて、フフンと満足そうに笑う。


「ドラゴン……ふっ、そうね。確かにワタシの体には、高貴なる『竜』の血が流れている。アナタにとっては、見覚えのあるシンボルなんじゃない? ねぇ、アンフィナーゼ?」

「あぁ……やっぱり、ディーちゃんだ。え、でも、どうしてここに?」

「決まっているじゃない」


 ……それにしてもさっきから、アイツまるで俺に対して目もくれないな。

いやまぁ、親戚とはいえ顔も録に覚えてないような者同士だから仕方ないのかもしれないが、一応俺も同じ家系の親戚なんだが。

おぉ、良いところに果物売り。その皮が分厚いやつ1つくれないか。


「今日こそアナタに勝ちに来たのよ、ネフライテ・アンフィナーゼ。

白刃銀麗エンチャントマーキュリー】たるこのワタシが、アナタのような獣けだものに劣る器で無いと証明するために!

 アナタに奪われた竜の誇りを取り返すため、このアイサダ・デルフィニィ・デュオーティがね!」


 ムシャリ。うむ、酸味が丁度。裏側がツルツルしてるせいか、この果物の皮は分厚い割に割と剥きやすい。

俺が咀嚼している間に少女は長台詞を終え、己の翼を羽ばたかせて華麗に飛び降りようとする所であった。

俺達と同じ、「アイサダ」の家名。さっきのプライドが高すぎる発言からして、まぁ「竜人」のお家であろう。

俺はアニーゼがお前に何をしたのかを知らないが、お前が俺に何をしたのかは知っている。目には目、傷には傷。シカトは相手を傷つけます。


「【十中八駆ベタートリガー】~……」

「きゃああっ!?」


 そっとアンダースローで投げ込まれた果物の皮は、狙い通りに着地間際の足と地面の隙間に滑りこんでいった。

無警戒のまま踏みつけて、哀れ少女は見事に足を開いてすっ転ぶ。少女のあられもないふとももに、後ろの群衆が少しどよめいた。

流石は俺の【十中八駆】。命中率8割のくせに、ここぞと言う時にはちゃんと当ててくれるな。

別に俺自身はわざわざガキの股見て喜ぶ趣味は無いが、いやぁ、身に付けてるのがハーフパンツで良かったと思うよ?


「ぁ痛ってえ!」

「あなた! いくら身内相手とは言え、やりすぎです! んもう」


 酷く大人げないことをしたせいか、本気でアニーゼに叱られてしまった。

流石にこれ以上ふざけているともう一発ケツビンタを食らいかねないので、両手を上げホールドアップしておとなしく過ごすことにする。

へいへい、分かりましたよ。嫁入り前の女の子ですもんね。


「まったく……大丈夫ですか、ディーちゃん?」


 アニーゼは慌てて痛みと恥辱に打ち震える相手に駆け寄ると、そっと自身の小さな手を差し出した。

だがデュオーティ……デュティでいいか。デュティはせっかく差し伸べられたその手を振り払い、悔しげにアニーゼを睨みつける。


「情け無用よ!」


 情け無用て。


「いい!? ワタシはお婆様に、アナタよりもワタシの方が『四世勇者』を継ぐのにふさわしいと示すの。受け継いだものチートがたった一歩だけ足りなくとも、総合力ではこのワタシの方が優れているとね! だからワタシにとって、アナタは敵! 敵の情けなんか受けないわ!」

「今しがたすっ転んだ所で格好付けられてもなぁ」

「誰のせいだと思ってるのっ!?」


 強いて言うなら母なる大地のせいじゃねえかな。

それにしても、実にからかいがいの有る娘だ。竜人ってのは大体こうって言われるとそうなんだが、いまいち高すぎるプライドに対して能力がついてきてない奴が多い。

いや、能力自体は普通の人間より一回りも二回りも強いんだけどな? 長く生きた竜ドラゴンが恐ろしいのは、能力もそうだがその凄まじい量の経験と求道の結果だ。時間が伴ってないうちは、割と足元を掬われやすい。


 ……それにしても、〈四世次席〉アイサダ・デルフィニィ・デュオーティ。

いや、流石に知っている名前だ。簡単に言っちまえば、四世勇者の名をアニーゼと取り合ってる一人である。

勇者っつっても生き物である以上、いつかは衰えるし代替わりもする。そん時、まぁ丁度いい感じの年齢から次の勇者を一人決める訳なんだが、だいたい3人くらいは候補を選出するんだ。

つまり、こいつはその二番手。アニーゼの"筆頭"とはそう言う意味である。世界を巡り終え、顔通しと実績作りが済んだら晴れて正式に襲名するのだ。


「……まぁ良いわ。この屈辱も、アナタがこれから受ける屈辱に比べれば何倍も劣る。このワタシが居る以上、アナタたちの出番はもう無いと思いなさい。次の町も、その次の町でもね! ほーっほっほっほっほ!」


 しばらく顔を赤くして震えていたデュティとやらだったが、どうにか己の中に飲み込むことに成功したらしい。

気を取り直して一方的に言いたいことを言い切った後、翼を羽ばたかせて飛んでいった。ちゃんと検問通れよ?


「……いったいどうしたのでしょう、ディーちゃん」


 少し声を沈め、俯いたまま口ごもる。

敵と宣言されたアニーゼにとっちゃはた迷惑この上ないが、所詮は言葉の綾。彼女自身はなんら悪いことはしていない。

むしろ町の脅威になるモンスターを積極的に潰していってるんだから、基本的には世の助けになることだと言える。


「ん、そりゃ宣戦布告だろ。『このまますんなりと勇者にはさせないぞ』とか、そういう」

「そんな、同じ勇者の血族で宣戦だなんて……」

「……別に、お嬢の期待してるような展開にはならんと思うぞ?」

「なっ、いえ、そんな。期待なんてしていませんっ」


 嘘つけ、絶対頭の中で「悪堕ち」「急展開」「ライバルとの激闘」みたいな単語が舞い踊っていたはずだ。

でなきゃ、尻尾がこんなにブンブン振られている訳がない。見た目の気品はそれこそ清楚なお嬢様としても鍛え上げられてきたアニーゼだが、その性根は肉食系忠犬勇者少年漫画ソースなのは忘れちゃならん。

バトルマニアと言うほどでも無いが、こういう「オラワクワクすっぞ」な展開は大好物な筈なのだ。その辺も、あっちの次席ちゃんと相性が悪い理由かも知れんな。


「も、もう! おじ様はイジワルですっ」


 頬を膨らませてぷりぷり怒った風を装っちゃ居るが、いつもの迫力が無い。まぁ、図星なんだろう。

とは言え、残念なことに地上での血族同士での私闘はご法度だ。勇者同士の喧嘩なんてみっともない所、ご世間サマに見せるわけには行かないからな。


「さて、どうしますかねー……」


 宛のない旅さっさと次の街へ行ってもいいんだが。繰り返しになっても仕方ないし、一応は四世勇者として立派にやれる事を示すという大目的が有る。

何からやったもんか、とウェットシガー(薬巻たばこ:火をつけないタイプを指す)を湿らせながら、俺は役場の前で揉めているらしき一団に目を向けた。

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