アインス、始まりの街 その3


「えー、では、不肖この町長が、四世勇者アンフィナーゼ様を讃えると共に、合図を取らせて頂きます。皆様、"ニホン"式の挨拶にご協力下さい。カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」


 月を映しながら掲げられた杯が、町の住人たちによって一斉に乾かされた。

広場は今、ささやかなごちそうを卓に並べ、壇上には英雄兼美少女を祭り上げて町ぐるみの宴会と言った所だ。

哀れモンスターから素材にジョブチェンジしたドレイクモールは、先程兵士たちがひーこら町へと運び込んである。

鱗だけで人の手の平ほどもあり、それが鉄より硬いと言うんだ。使い道は色々と有るだろう。


「ふふっ、出来ましたよおじ様! 今度こそ、見てて下さいましたか?」

「おーう見た見たちゃんと見た。立派だったぞ、アニーゼ」

「わふん♪」


 そんな鉄の硬さと柳のしなやかさを両立した相手を、見事に一度の跳びかかりで分割してのけたアニーゼが、褒めて褒めてオーラを醸し出しながら俺にひっつく。

耳を畳めば俺の胸まですら届かないような身長だ。こんな小さくて華奢な体に、怪物を一瞬で仕留めるだけの膂力が眠っていると言うのだから、勇者の権能ってのは凄いもんである。

まぁ、そんな小さな勇者様も、初めて壇の上に立つのは流石に緊張したらしい。やわやわと触れる耳の体温が妙に高いのは、酒精の香りによるものだけではあるまい。


「おじ様も、ありがとうございました」

「いやー、大したことはしてねぇだろ、俺は」


 本当にな。俺がやったことと言えば、モンスターを爆薬でおびき寄せたくらいだ。

横に真っ二つにしたくらいじゃ死なないなら、縦に割ればいいじゃないってか?

物騒な一休さんも居たもんだよ。もう頓智も出ません。


「んー……でも、私1人だと敵に不意打ちされていたかも知れませんし。町の方々との話も、きっとこんなにうまくは……」

「おお、勇者様! お見事でした! まさか我々があれほど手こずっていた相手を、ああも華麗に一蹴なさるとは!」


 声が掛かったのは、アニーゼが俺の服の裾を掴みながら精一杯甘えてこようとした時であった。

この町の守備隊長で、ライナスとか言ったか? 今は兜も外し、赤ら顔を曝け出してすっかりオフといった様相である。

町の住人に声をかけられたことで、アニーゼの顔つきもなんとなく"はとこの子"から"四世勇者筆頭"へと戻る。

はいはい、俺に気を使わなくていいから行ってきな。そういう交流も勇者のお仕事ですよ。

少し名残惜しそうな顔を見せた後、アニーゼは再び、少女んあがらも凛々しい顔つきで住人達の輪の中に戻っていく。


「……かくして、町は勇者に助けられてめでたしめでたし、か……ふん、情けない。本当に情けない」

「うお、でたな爺さん」


 その代わりに俺の横に立っていたのは、最後まで勇者に頼ることに反対していた意固地ジジイであった。

おいおい、幾らなんでも急に色気がなくなり過ぎじゃないかい。温度差で俺が死んじまうよ。

そこは俺も、勇者の仲間として町のお姉さんが酌をしに来たりして欲しかったんだが。


「なんだ爺さん。アンタは飲んでないのか?」

「バカ! 守備兵が真っ先に酔っ払ってどうする! 最近の若いもんは、そこんところの気構えがなっとらん!」

「あーはいはい、スミマセンでした」


 まったく、どうも老人の相手は苦手だ。それに今回は、言ってることは正論だけに否定しづらい。

ほんとに、隊長まで酔っ払っちまって、もし今なにかあったらどうするつもりなのだろうか。

言っちゃあ悪いが、平和ボケしてんな。魔王は倒れたとはいえ、一応まだまだモンスターは出るんだが。


「……あの娘っこは、1人で飛び出していくのに慣れすぎだ。きちんと首を掴んでおかんと、あっという間に見えなくなるぞ」


 そんな爺さんが妙に殊勝な口ぶりで話すもんだから、ついつい俺も真面目に聞いてしまった。

ああ、本来あいつはそういう物なのだろう。だって彼女は、まるで劣化させずに初代勇者のチートの一つを引き継いだ、信じられん程の才能の塊なのだから。


「……元からついてくもんじゃ無いだろ。俺は、ちょっとした"ずるチート"以外は普通の人間。その点あいつはただでさえハイエンドな身体にチートエンジンを詰め込んだハイパワーロケットだぞ。比べんなよ」

「エンジン? 何を言っとるか分からんな! お主も勇者パーティの一員なら、娘っこの輝きノーヴルを引き出す鍵はキサマに有るんじゃろうが」

「只の目付役だよ。そんな変なもんじゃない」


 ま、向こうとは赤ん坊の頃からの付き合いが有るんだ。懐かれてないとは思わんけどね。

けれど、俺はここ数年ほど天空街から降りて地上で暮らしていた。その数年の間にも、アニーゼは見違えるほど成長している。

実力の差は既に、鯉と龍ほどには開いているだろう。勿論、俺がまな板の上に居る方だ。



「ワシはな、かつて勇者タダヒト様に生命を救われた事がある」



 だからこそ、爺さんの発言は俺にとって少し意外なものであった。


「なんだ、あんだけ勇者に頼るのを情けない情けないと言ってた癖にか」

「既に、一度生命を救われたからよ。タダヒト様はこうおっしゃった。『光刃の力は絆の力、もし礼がしたいのであれば、僕の家族を単なる人の子として見てやってくれ』……とな」

「絆の力ねぇ……」


 勇者が口にしたので無ければ、ものすごく胡散臭い単語だぜ、それ。

というか実際に勇者が言ってたんだとしても、股間がヤマタノオロチだった奴には言われたく無い気がするんだが。

絆で繋がる下半身ってか? 我ながら、またぞろアニーゼに尻を叩かれそうな発想だ。案外、酒が回ってきているのかもしれん。


「だからワシは、せめて自分の周りだけでも勇者なんぞ居なくても平気な町にしてやろうと思った。しかし、結局はこのザマよ。生命を救われた恩も返せなんだ。あぁ、情けない情けない」

「……あー、まぁ、相手が悪かったよ」


 その相手とやらが、Bランクの魔獣か、あの犬耳勇者様かは難しいとこだけどな。

「龍人」家の祖である大婆様が、百年に一度という太鼓判を押すほどの才能だ。そしてその才能の芽を、アニーゼは腐らせず既に大木レベルにまで育てている。

どこまで育つか、末恐ろしくなると言うもんだ。家系内で妬み嫉みも無いわけじゃないが、なんのその。

チートを発現させてからは大婆さま手ずから育てているのだから、表立って文句を言えるような奴も居ないだろうよ。


「フン! ではワシはそろそろ帰って寝る。この歳になると、夜更かしが辛くて仕方がないわい」

「はいはい、精々長生きしな爺さん」

「やめんか、縁起でもない」


 そしてまた鼻を鳴らし、頑固爺は夜の闇の中に帰っていった。ま、俺が言わなくともああいう手合は長生きするだろうけどね。あるいはある日突然、ぽっくりと逝くかのどっちかだろう。

宴会の空気に混じれないもの同士手を振って見送ってやると、ようやく解放されたのか、心なしか疲れた様子でアニーゼが抱きついてきた。

熱っぽい吐息からは、微かに酒の匂いがする。生水が信用ならないのもあって、地上ではかなり早い内から飲み始めるからな。

空じゃあ二十歳以下厳禁だから、これも貴重な初体験と言うやつだ。


「うぅ、ふわふわしますー……」

「おうおう、お疲れお疲れ。ま、これも勇者としての活動だ。頑張りな」

「……おじ様が手伝ってくださっても良いのに」

「やだ」


 だって嫌だよ。おっさん共にちやほやされても何も嬉しくないぞ、俺は。

それは向こうにとっても同じことで、どうせちやほやするならおっさんより美少女の方が良いと思っているだろう。

その代わり、俺は勇者が言い出せないような交渉で、憎まれ役を引き受けるのだ。苦労は実際、五分五分と言っていい。

ほんとうだよ? おれのめをみろ?


「ウソを誤魔化す時の顔してます。やっぱりおじ様、面倒くさいだけでしょ」

「ははっ、バレたか」

「……私、結構おじ様の事見てますからね? 何を考えてるのかくらい、想像つきますよ?」

「おうおう、怖い怖い」


 ちなみにこの後、こっそり行こうとした姉ちゃんがいっぱい居る酒場の前で毎回毎回アニーゼに遭遇する羽目にあい、もう少し真面目に取り合っておけば良かったと後悔することになる。


「……そういえば、おじ様。いつの間に、お爺さんと仲良くなっていたのですか?」

「んー……まぁ、あの人の中じゃ未だに勇者と言えば勇者タダヒトなんだなって話をな」


 「光刃の力は絆の力」ね。果たして、人の枠からはみ出して生き着いた先、孤独な存在が心を奮わせることが出来るのか。

この話を聞いた時、俺の中でやっと「あぁ、だからスケコマシもあんなに沢山仲間を作っていたのだな」となんとなく合点がいった気がした。

そしてアニーゼも。いずれ、自分だけの仲間たちを見い出す時が来るのだろうか。転生勇者タダヒトのよう、に……?


「私も、初代様に負けてばかりではいられませんね」

「……いやー、流石に女の身で男を取っ替え引っ替えするのはおじさんどうかとおも痛ぁッ!」

「ちがいますッ! もう、どうしてそんな話になるんですか! あなたったら! あなたったら!」


 誰かが持ち出してきた楽器をかき鳴らし、ノリの良い音楽に合わせた手拍子が帳の降りた町中に響く。

結局、腫れたケツの痛みで俺達の出立は1日遅れたのであった。

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