5月 Prairial

Episode 11. Baie 海岸線




『どうかリエラを、彼女を、お願いします——』


 あの夜以来、ずっとその言葉が頭から離れない。

 彼女を守りたい、という思い。

 彼女を支えたい、と思う気持ち。

 でも、自分にできるのだろうか?


 そんな堂々巡りの思考が、一瞬でパチンと弾けてしまうことが起きた。




 月曜日のショートホームルーム。

 その締めに、有本先生が発した一言。


「えー、みんなもう把握しているとは思うが、今日からテスト2週間前だ。各科目の試験範囲を掲示しているので各自見ておくように」


 教室のそこらじゅうで、うへぇー、とか、めんどくせー、とか、そんな声が多分に漏れる。


「それぞれ目標があると思う。それを達成できるように、おのおの頑張ってほしい。日直、号令」

「姿勢を正して、礼」

 先生が教室を出ると同時に、ああついに来たか、と机に突っ伏した。


「はぁ、テストかぁ……嫌だな」

「もう5月の終わりだからな。テストが来るのは仕方ないさ」

「いいよね、葛城はテストなんか余裕でさ」


 この葛城という男、テストは全体的によくできるという、なかなかに器用な一面もある。

 僕自身、いつも苦手科目はテストの度に教わっていたりもする。


「こんどもちゃんとテストで赤点取らないように教えてやるから、安心してくれたまえよ、少年」


 僕らのやりとりを見ていたリエラの「なんか前にもあったような気がするやりとりだ……」というつぶやきが聞こえた。


「そういえば、リエラの方はどうなの?」

「うーん……英語はできるんだけど、数学とかはちょっと……」

「ならちょうどいいじゃないか。コイツさ、英語がダメだから、教えてやってよ」

「うん、いいよ」

「良かったなぁ秋月。こんな美少女に手取り足取り教えてもらえるなんて、羨ましいぞい」

「提案したのはそっちじゃないか」

「こりゃ失敬」

 時計を見ると、もうすぐ1時間目の授業が始まる頃合いだった。




 苦痛に満ちた英語2時間プラス、(比較的)得意科目である化学2時間を終えた昼休み。

 最初の頃は僕ら3人の教室だったのが、今は食堂の端の4人掛けのテーブル席になった。

 理由はいたって単純、内輪の話をしていても雑音で聞かれる心配がないから。


「まぁ、いいんじゃないかなってあたしは思うよー。響はいつも通りだしね」

「いつも通りってなにさ」

「んー、テスト前にいつも泣きついてくること、かな?」

「愛奈のところにいった覚えはあまりないんだけど」

「あまり、ってくらいなんだから来てるのよ」

「それは、まぁ認めるけど……」

「昼間からいちゃつくなよ、おふたりさん」


 葛城がいつもの軽い調子で間に入ってくる。


「とりあえず、今回からはこの4人でテストの攻略パーティーを結成する、ってことでいいよな?」

「攻略パーティーって、RPGか何かじゃないんだからさ……」

「俺はドラクエが好きだぞ」

「あたしはファイナルファンタジーかな」

「どっちもやったことないから知らないんだけど。……それで、明日以降の作戦と、場所はどうするの?」


 テストの時間割は、初日がコミュニケーション英語と現国、2日目が物理・生物に古典と世界史、3日目は数学と英語表現、最終日は化学と現代社会。

 鬼門は僕が苦手な英語と古典、世界史に物理と広範囲にわたる。


「今週いっぱいは英語に力入れるとして、物理は数学系だからまぁなんとかいけるだろ、場所は……平日はここで、休日は響の家でいいか? 2人ともいるし。あとなにか問題があるとすれば……」

「暗記系、苦手です……」


 テーブルに突っ伏す。


「暗記系はあたしが担当するね」

「なんかさぁ、完全に趣旨変わってきてない……?」

「大丈夫、響は化学が得意でしょう?あたし苦手だから逆に教えてよ」

「まぁ、そこはいいけど……」

「あ、私も」

「うん、いいよ……」


 なんか納得がいかないというか、そんな感じの気分になったところで予鈴が鳴った。





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