Episode 9. Désamarrage 解䌫
「よーし、みんな席に着けー」
6時間目のロングホームルーム。
教卓に立っているのは僕らの担任、有本先生。
「えー、今日は、9月の学祭に向けて、担当の実行委員と、それから出し物を決めたいと思うー、誰かやりたいという者は?」
先生が立候補を募るものの、誰も立候補する者は出ない。他の委員はどれも素直に立候補で決まったのに、全く不思議なもんだ。
「仕方ない、じゃあ、立候補者がいないなら、他薦でもいいぞ」
しばらくの間教室がざわめいた後、葛城が口火を切った。
「実行委員はー、秋月がいいと思いまーす」
「え、なんで!? なんで僕なの!?」
隣に向かって叫ぶが、相変わらずの軽い口調で答えが返ってきた。
「そりゃあよぉ、お前、部活やってないじゃん? だから。という訳で文化祭実行委員、頑張ってくれたまえよ」
「なんで上から目線だ!? ていうかまだ決定事項じゃないし!」
と叫んだ次の瞬間、担任の無慈悲な判決が下された。
「じゃあもう一人、秋月以外にいるかー? 男子でもいいが、女子の方が好ましいな」
「先生っ! 僕がやるのは決定事項なんですか!?」
担任にも突っ込むが、こちらの顔を一切見ずに、
「まあ頑張れ」
とだけしか返ってこなかった。
「そんな理不尽な……」
思わず机に突っ伏す。
「少年よ、人生とは、そううまくいくものではないぞ」
「お前が言うな」
葛城をどやしつけ、顔を上げた。
「でー、女子は誰かいないかー? 立候補でも何でもいいー」
すでに半分ほど投げやりな口調になっている先生。
コソコソとざわつき始める女子たち。
「ねぇ、ユイがやったら?」
「えー、あたし無理ー。だって部活あるしー。リコは?」
「うん、私も無理、かな」
そのとき、手が1本だけ上がった。
リエラだった。
「じゃあ、私が、やる」
それを聞いた先生は、
「よし、うちのクラスの学祭委員は、秋月と海風で決定、な。じゃあ2人とも、後はよろしくな」
背中の黒板を親指で指し、上がってこい、と合図する。
ほぼ同時に席を立ち、教壇へ。
「リエラ」
小声で耳打ちする。
「なに?」
「僕が進行やるから、黒板の筆記、お願いしていいかな?」
返事の代わりに、コクリ、と頷く。
教卓に立つと、クラスメイト総勢72+担任2、総計74の瞳が僕に向いた。
「それじゃあ、今年の学校祭のクラス企画について決めたいと思います。案がある人は挙手を……」
そこまで言ったところで、早速手が
確か女子テニス部の……名前なんだっけ?まあいいや。
「演劇……ミュージカル、なんていうのはどう?」
リエラのきれいな字で、【ミュージカル】と書かれる。
「はい、ほかに意見は?」
さっきのとは別の、今度は男子の手が挙がった。
「喫茶店、というのはどうだろう」
喫茶店、か……予算関連とかその他もろもろの部分で少し引っかかりそうなところもあるが、取りあえず書いてもらう。
「はい、じゃあ他には?」
しばらく間が空いた。
手を挙げたのは葛城だった。
「縁日……マジックショーは?」
「マジックショー?」
「ああ。まあ、マジックショーとは言っても、みんなができそうな簡単なやつをやる程度だけど。偉大なるマジックにはサプライズがつきもの!」
「へぇー。なるほどね」
最後のは聞かなかったことにしよう。
でも葛城って、マジックもできるのか。
【喫茶店】の隣に、【マジックショー】が加わった。
「はーい、他にはー? いないー?」
一度教室を見渡す。
上がっている手はもうなかった。
「じゃあ、この中から決める、ってことでいいね?」
不満の声は上がらない。
備え付けの時計を見上げる。まだ時間はあるかな。
「5、6分くらい時間をとるので、自分でどれがいいか考えて。周りとしゃべっててもいいから」
パンと手を打つと、ざわつきが一気に押し寄せる。
「ミュージカルってさー、何やるの?」
「なら喫茶店の方が…メイド喫茶やりたい……」
教卓に肘をつけて座りながら、それを眺める。
「はぁ……もうこれホントに面倒くさいよ……」
「そうなの? 私は楽しい、よ?」
右隣を見ると、リエラがどこかから借りてきた椅子に座っていた。
「それは初めてだからでしょ? 僕は去年もやらされたからさー」
はぁ、とまた溜息をつく。
「そっか。でも、がんばって」
「うん。リエラもね」
返事の代わりに、コクリとうなづく。
また時計を見る。頃合いかな。
パンとまた手をたたく。
「じゃあ決を採ります! 1人1つまで手を挙げて! まずは……ミュージカルがいい人!」
ちらほらと手が挙がっていく。
「次! 喫茶店!」
今度は20人ほどの手が挙がる。もう決定といってもいい数だ。
「最後! マジックショー!」
こちらは、提案した葛城以下数人だけだった。
「じゃあ、うちのクラスは喫茶店に決定でいいですね?」
もちろん、異議を唱える者はいない。代わりに、拍手があった。
「それじゃあ、喫茶店の店長を決める前に……どういう喫茶店にする? 普通の休憩コーナーとは違いを出さないと」
またクラスが水を打ったようになる。
「なら、コスプレ喫茶なんかはどうだ?」
「コスプレ喫茶ぁ!?」
提案者は葛城、素っ頓狂な声の主は僕。
「なんだってそんなものを!?」
「いやもう、どう考えてもこれ以外ないっしょ。
「で、でも衣装は」
『安心してください、家庭科部がいますよ』
まさかの女子からの援護射撃。
「み、みんなは!」
「異議なーし」
「さんせーい」
クラスとしての同意が取れてしまっている以上、反対の余地はない。
最後の抵抗として、先生にお伺いを立ててみる。
「先生、うちのクラスはコスプレ喫茶、ということなんですが……」
「教員側としては、内容が不適切でなく、かつ予算内に収まれば問題はない。まあ後は、保健所への届け出や講習とか、法律関係だな。食品を扱うことになるから、メニューについては後で話をしよう」
OKということか。
「じゃあ、調理担当と、お店担当に分けます。調理担当はこっち、お店はそっちで別れてリーダーを決めて下さい」
適当に教室の右と左を手で示すと、半々くらいに分かれた。
数分後、調理担当は葛城、店内は小鳥遊という、テーマパークでバイト経験のある女子がリーダーになった。
その日の帰り道。
「文化祭、楽しみだね」
「僕も楽しみだよ。でもまだ5月に入ったばかりだし、それに中間テストもあるから、企画として動くのはまだまだこれからだけどね」
「テスト、か……なんか心配……」
「リエラならきっと大丈夫だよ」
まあ正直、テストが心配なのは僕の方なんだけれど。
1人同居人が増えたけれど、いつもと変わらない日常。
僕はこの時まで、そう思っていたけれど、ずっと後になって、ごくごく当たり前な事実に気がついた。
「日常」というものが、姿かたちを変えずにそこにあり続けるなんて保証は、誰にも出来やしない。
なぜなら、いともたやすく崩壊してしまうから。
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