Episode 8. Sifflet 汽笛




 今の私にとって、初めての生活が始まってから最初の休日。

 響は部屋にいるみたい。




 響と出会ってから、もうすぐ1ヶ月になる。

 なのに、ずっと、ずっと前から、彼のことを知っていたような気がする。

 どうしてだろうと考えていると、何かに頭をぶつけてしまった。


「いたたた……」


 顔を上げると、部屋のドアが目の前にあった。






 朝ごはんを食べて、部屋で着替える。

 今日は薄い水色のブラウスに、アイボリーのフレアスカート。

 ドレッサーで一度服を確認してから、響の部屋へ。




 2回、ドアをノックする。


「響、いる?」


 返事はない。

 まだ寝てるのかな、と思い、もう1度声をかける。


「響、入るよー。……あれ?」


 ドアを開けて入ってみると、部屋には誰もいなかった。




 リビングへ降りると、響のお母さんがキッチンに立っていた。


「ねぇ、おばさん」

「あら、どうしたの、リエラちゃん?」

 

 食器を洗っていた手を止める。


「響、どこ行ったか知らない?」


「響なら、さっきお友達と遊びに行くって出かけたわ。確か、葛城君、だったかしら」


 思い出すような表情でそういった。


「そう。ありがとう」




 自分の部屋へ戻る。何もすることがないので、机に向かい、棚においてある本を広げる。

(響がいないと、やることないなぁ…)

 少し自分でもだらしないと思うけれど、本を横に置き自分の腕を枕にして机に伏せた。

 そのとき、おばさんからもらったケイタイが鳴った。

 (響、かな…?)

 液晶を見てみると、相手はアスナだった。


「もし、もし。アス、ナ?」

「あ、リエラちゃん? 今、暇?」

「うん。響、いないし」

「そっかー、響いないのかぁ。ねぇ、あのさ、あたしたち2人で、どっか買いものに行かない?」

「買いもの…?」

「うんうん。リエラちゃんも女の子なんだから、アクセサリーとか、欲しいでしょ?」

「うん……」

「あたし、いいお店とかいろいろ知ってるからさ、一緒に行こ?」

「わかった」

「じゃあ決定ね。……ところで、あたし今駅にいるんだけど、家まで迎えに行ったほうがいいかな?」

「ううん、大丈夫。道なら響に前に教えてもらったから」

「そう。じゃあ、待ってるわね」

「はーい」


 電話を切る。

 そして服を整え、前に一緒に買ったバッグを持ち、家を出た。




 家から駅まで私の足で10分くらい。駅前のバス停の近くに、アスナが立っているのが見えた。


「アスナ、お待たせ。そういえば、どうして駅にいたの?」

「んー……。ちょっち、ね」


 アスナの目が一瞬斜め上に泳いだような、そんな気がした。


「とにかく、早く行こう」


 アスナが示したのは駅の中。電車移動だった。




 初めて乗った電車だけど、乗っていたのはたったの5分だけ。

 アスナ曰く、行き先は街の中心地らしい。

 改札を出て、アスナに連れられるまま歩く。




 さらに徒歩8分。

 駅前に広がる、商店街の小さなお店。そこが目的地だった。


「ここだよ」


 アスナに遅れて、店内へ足を踏み入れる。


「うわぁ……!」

 

 ピンク、黄色、水色。

 色とりどりのシュシュ、ヘアピン、ゴム。それにネックレスも。

 ありとあらゆる「かわいい」がそこにあった。

 すぐ目の前に並んでいたのは、いろいろなデザインのネックレスたち。

 最初に目に入った、小さなクリスタルのようなチャームがついているのを、そっと手にとってみる。


 その瞬間、自分の手の中で、ほんのりと暖かく光ったような気がした。


「何か気に入ったのとか、あった?」

「うん。これ」


 アスナにそれを見せる。


「ああ、それ、いいじゃーん。うんうん。似合うよ」

「そう?ありがと」

「そうそう、他のお店とかにもいい物いっぱいあるから、いろいろ見て回ろう」

「うんっ!」




 それから2時間ほどかけて、他のお店を回り、最後に1番最初のペンダントを買って、お店を出た。 


「あれ?ペンダント、つけないの?」

「うん。響だけに、見せてあげたいから」


 心の中で、少しだけはにかむ。


「ほぉー」


 不意にアスナの口調が変わった。


「ねぇ、響のこと、好きなの?」

「えっ!? ……わ、私、す、好き、とか、そそ、そういうの、よくわかんないから……!」


 顔が少し熱を持っているのが自分でも分かった。


「あれぇ〜? 顔赤いぞ〜?」

「べ、別に……! ち、違うからっ!」

「なぁ〜るほどぉ〜。……でもさ、その気持ち、あたしも分かるよ」


 アスナは、また急に口調を変えた。


「…どうして?」

「あたしにも、覚えがあるから」


 そう言ったアスナは、遠い目をしていた。




「ねぇ、そろそろお昼にしない?」

「うん。私、お腹すいたかも」


 一緒に買った腕時計を見ると、もうお昼。


「じゃあ、通りにカフェがあるから、そこでお昼にしよう」

「うん。いいよ」




 人通りの増えた道を2人で歩く。

 交差点を渡ろうとした直前、アスナが通行人とぶつかった。


「ああ、すみませ……」

「いえこちらこ、そ……」


 その相手は……



「って、あれ? 愛奈!? それにリエラまで!? 何してんの?」


 響だった。


「え、ひ、響!? そっちこそ何してるの!?」


 アスナが、なぜか慌てるような口調になっている。


「いや、葛城に遊びに行かないかって誘われて、さ。そっちは?」

「あたしは、リエラちゃんと買い物でもしようかなー、って思って。これからお昼食べに行くとこよ」

「なら、一緒に行かない?僕らもちょうど行く途中だったし。どう?」

「え!? あ、うん……い、いいけど……」


 なぜか頬を染め、あたふたし始めるアスナを尻目に、響が聞いてきた。


「リエラは、どう?」

「うん、いいよ」

「葛城も、いいよね?」

「もちろん」




 4人でレストランに入り、食事を終えた後もそのままくつろぐ。

 みんなのグラスの中身は半分ほどなくなっている。


「それでさ、この後どうしようか? 4人でどっか行くって言っても、微妙だし」


 お店の中の時計が指す時間は2時半過ぎだった。

確かに響の言う通り、これからどこかへまた行くとなると、帰りが遅くなってしまう。


「だったらこのままここに居ようぜ。ドリンクバーあるし」

「そうだね。ところで、愛奈たちは何買ったの?」


 アスナの隣に置いてある小さな袋を見て言った響。

 答えたのはアスナ。


「んー、アクセサリとか、いろいろよ」

「どういうの買ったの?見せてよ見せてよ」


 葛城君も加わる。


「えー、ダーメ」


 いたずらっぽく笑う。


「でも響なら、後でリエラちゃんがみせてくれるかも……よ?」


 響が私の顔を見る。思わず目をそらしてしまう。


「………」


 なんでだろう、顔が熱く感じる。そのまま顔を下に向けた。


「リ、リエラ……? そんなに見せたくないなら、別に見せろなんて言わないよ……?」

「べ、別に……そ、そうは言ってないでしょ!?」


 思わず突き放すような言い方になってしまった。

 とりあえず落ち着こうと、縮こまりながら、ストローをくわえて、目の前のグラスの中身をすすった。





 いろいろな話をしながら、みんなが3回くらいドリンクバーと席を往復し、それぞれのグラスを空にした頃、響が言った。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」


 窓の外を見ると、もう夕焼けが見えた。




 途中でアスナたちと別れ、2人きりになる。


「ところで、リエラは何買ったの?」

「帰ってから見せてあげる」

「そっか。それまで楽しみにしておくよ」




 部屋に戻り、バッグにしまったあのペンダントを取り出し、首にかける。

 そしてまた、響の部屋へ。

 コンコン。


「響?入るよー」

「いいよー」


 驚くことに、すぐ目の前に響が立っていた。

 改めて、首に下げたペンダントを見せる。


「これ、どうかな? 似合う、かな……?」

「うん。よく似合ってるよ」

「本当に?」

「ホントホント。結構可愛い、と思うよ」

「ありがとう」


 自分の中の精一杯の笑顔を見せる。




 部屋のドレッサーで、もう一度自分の姿を見る。

(響、可愛い、って言ってくれた)

 鏡に向かって、やんわりとほほ笑む。

 ペンダントを外し、そっと、引き出しの中にしまった。



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