Episode 5. Voix de la mer 声

 連休明け。


 今日からまた、学校が始まる。


 昨日の夜、リエラが部屋に戻ったときに、彼女の学校のことはどうするつもりなのかと父さんに聞いてみると、大した問題はないから心配しなくていい、と言われたものの、自分では解決できないので、とりあえず棚上げしておくことにした。






 朝の風が、青く澄んだ海のその向こうの光る水平線を目指して進む。

 海岸沿いの道路を歩く制服の集団。暦の上ではまだ春真っ盛りなのだが、すでにちらほらと半袖を着ている男女もいる。


「おハロー!」

「おっはよー。ねえ、昨日のアレ、見た?」

「アレってなに?」

「アレだよアレ、えーっと……なんだったっけ……?」

『またそれか……』


 他愛のない(?)会話をする追い越し、先を行く。


「おーい、響ー」


 声の方へ振り返ると、後ろからスタスタ歩いてくる生徒が見えた。

 見覚えがある。


 というか同じクラスの男子、葛城だった。


「やあ、またか」

「またかとは挨拶だな全く。そういえばお前さ、休み中出かけたりとかした?」


 ギクッ。


 でも馬鹿正直に『海辺で拾った女の子とデートしてました』なんて言ったら面倒ごとになる。


「いや、どこも行ってないよ。家で引きこもってたけど」

「おお、そうかそうか」


 ビシッ!



 すると突然、僕の顔を指さして、


「女の子拾っちまって困ったなこんちくしょう、って顔してるぞ」

「どんな顔なのッ!?」


 ていうか当たってるし!当たってるけども!


「そんなラノベみたいな話があってたまるか!!」

「おかしいな。俺の能力はこんなものなんだろうか?」

「いやおかしいのは君の頭だよ! てか能力って何!? 超能力者か何かなの君は!?」

「いいや違うね。今どきの流行はやりは超能力なんかじゃねえ。異能力だ」

「それ両方同じだと思うんだけど」


 というか、なんなんだコイツは。


 僕よりも少し高い身長、髪は短め。

 そして甘いマスクの虜になった女子生徒は数知れず。

 けど性格はものすごーーーーーーく残念(ここ大事)。

 それが葛城という男のすべて(なのか?)。


「まあそれは置いといて、だ。今日は何かあるぞ、響」

「何が?」

「わからん。でも俺の第六感イマジネーションがそう告げている」

「それ、妄想って言わない?」


 異能力から更にランクダウンしたようだ。

 話半分に聞きながら、校門をくぐる。


 チャイムが鳴り、教室中に散らばっていたクラスメイトがそれぞれの席に着く。


「日直、号令」

「起立、姿勢を正して、礼」


 教壇に立っている男性教師は、担任の有本先生。

 もともとここの卒業生で、要するにOBだ。

 担当は現国。

 なぜかいつもツナギを着ている。今日は青だった。


「今日はみんなに大事な話がある」


 まあ当然の反応だろう、教室がざわめきだした。


「せんせー、お知らせって何ですかー?」


 半分くらい気の抜けた口調は葛城。


「うん。なんと今日な……」

「今日?」

「うちのクラスに、転校生が来るぞ!」


 一瞬だけ、教室に静寂が訪れる。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 クラス全員の大合唱。これは僕も気になる。

 転校生。

 この言葉は魔法の呪文と言っても差し支えないだろう。

 葛城曰く、「新たな出会いを予感させる、甘い言葉」なんだとか。

 その刹那。

 僕の頭を1つのことがよぎった。

 それは、リエラの学校のこと。

 まさか。


「男子、女子!?」


 Alive or Dead、生か死か、みたいな質問に有本先生は、


「女子だ」


 とだけ、短く、淡々と答えた。だが、それで十分。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 再び地鳴り。

 但しこっちは男子だけ。ホントに単純な生き物だね、男って。

 まあ僕も男なんだけど。


「美少女の転校生。なんて素敵な響きなんだ…!」

「いやいやいやいや、美少女なんて誰も言ってないよ?」


 首を振って反論するも、今の葛城には全くもって効果がないようだった。


「バカいえ! この時期の女子の転校生はみんな美少女って昔から憲法で決まってんだよ!」


 すごいな、日本国憲法。




 クラスの(男子の)ボルテージが限界まで上がったところで、


「どうぞ」


 ガラガラガラガラ、とゆっくり音を立てて、教室の扉が開く。

(ゴクリ………!)

 男子がつばを飲み込む音。

 それを白い目で見る女子。

 本当になんなんだ全く。




 教室が再び静寂に包まれる。

 そして現れる、1人の女子生徒。

 恐らくは腰のあたりまで伸びているのだろう、長く、そして美しい髪。

 その色は、銀か白か。

 顔立ちは、なぜか見覚えがあった。

 今、家に居候中のとある少女にそっくり、いや、瓜二つ。

 は少し緊張した面持ちで、有本先生の横に並ぶ。

 そして僕の方を見つめている。

 結論を言ってしまおう。リエラだった。


「じゃあ紹介しよう。今日からこのクラスに転入した、海風うみかぜリエラさんだ。みんな仲良くするように」


 と、定型文を述べた。ついでに、


「しっかしまあ……何でこんな微妙な時期に転校生が来るんだよ……校長先生も何が『君のクラスで頼むよ』だ……」


 という先生の小声のぼやき。この時点で、父さんへの取り調べがほぼ確定した。


「はい、静かにー」


 と言い置いてから、


「じゃあ、海風さん、自己紹介よろしく」

「はい。……海風、リエラです。よろしくお願いします」


 ペコリ、と一礼する。


「うおお!高レベル女子! 我々男子ユトレヒト同盟が望んだ通りではないか!」

 と大歓喜の男子、


「可愛いー」

「お人形さんみたい」


 という女子一同からのコメント。

 まあ、最初の受けファースト・コンタクトはよかったようだ。




「あれ?あの髪って染めてるの?うちダメだったよね?」


 さっそく問題発生。それを聞いた有本先生は、


「あー、彼女はおばあさまが外国人のクォーターで、いわゆる隔世遺伝、とかいうやつらしいから、その辺は大目に見てほしいとの事だ」


 情報元は恐らく(というか間違いなく)、父さんだろう。うまいこと考えたものだ。


「それともう一つある。大事なことだから全員に聞いて欲しい」


 先生がトーンを低くすると一気に教室に静寂が訪れる。


「実は、彼女は記憶喪失らしい」


 うん、よーく知ってる。


「いろいろ困ることも多いだろうから、協力してくれ」


 先生が頭を下げるところにシリアスさを感じた。

 普通の転校生ならともかく、記憶喪失ともなるとその言葉の意味も変わってくる。


「ホームルームは以上だ。日直、号令」

「姿勢を正して、礼」






 教壇から降りたリエラがやってきた。


「これからよろしくね、響」

「う、うん………」

「……ほうほう秋月くん、もう転校生を攻略しにかかるとは……全く隅に置けませんなぁ」


 そういってポンと僕の肩に手を掛ける葛城。


「事実無根であり、全くもって遺憾である。そもそも攻略とか言うな。ギャルゲーじゃあるまいし」

「そっちこそ政治家の答弁かよ。つーかあの娘と知り合いなの、お前?」

「まあ、うん」


 つーか同居してるし、とは言えなかった。


「オイマジかよ……」

「ヤック・デカルチャー……!」

「ありえないだろそんなラノベ的展開!? うらやましすぎるぞオイ?! てかぜってーいつか秋月殺してやる」


 さすがにそこまで大きな衝撃を受けるほどのものだろうか、とは思ったけどこんなことでいちいち殺されるのは困る。




 一方、彼女はクラスメイトに囲まれていた。


「ねえねえ、どこから来たの?」

「ケータイ持ってる? よかったらLINE交換しようよ」


 クラスの女子による質問攻めに遭っていた。

 それに耐えられなかったのか、サッと僕の背中に回り込んで隠れてしまい、僕の肩から顔を出すようにしている。

 そして集まる視線。


「え………?」


 空気が固まる。


「ほうほう、これはこれは……既に相当親交を深めておられたようで……」


 と言ってきた葛城は無表情だった。


「ねぇあのさ、海風さんって、秋月くんと暮らしてるの?」

「うん」


 なんでそんなことを聞いたのだろうと考えた刹那。

 クラスの空気が硬直した。

 直後、


「総員構え。目標、秋月響。装填完了次第発砲を許可する。我らに仇なす異端者を処刑せよ」

「「「「「了解ラジャー」」」」」


 なんで皆揃ってサバゲー用の電動ガンなんて持ってるのかな? それは人の頭にポイントするものじゃないはずだけど?

 そこへ、一時限目の担当の先生が入ってきた。


「あー、君たち。転校生が珍しいのも分かりますが、席に座りなさい。授業を始めますよ」

「チッ。状況終了、撤退するぞ。秋月、今回は見逃してやろう」


 何やら不穏なことを耳元で囁く葛城のことはスルーしておこう。




 そんなこんなで、リエラは僕の隣に座ることになった。ちなみに葛城は僕の左隣。

 授業についてこられるかどうか心配していたけど、かなり集中して授業を受けているあたり、杞憂に終わりそうだ。

 特に何かトラブルが起きることもなく、午前中は終了。




 昼休み。

 いつもは葛城と2人で食べているが、今日からはリエラも加わって3人に。

 机を広げ、おのおのの弁当を広げる。

 ちなみにリエラには母さんがもう1つつくったらしい。そっちもグルだったのか。

 僕の隣にはリエラ、正面に葛城、その隣は空き。


「おー、やっぱり2人とも同じなんだな」

「同じ人が作ってるんだから当たり前だろ」


 その葛城の弁当は、焼き肉に卵焼き、玉ねぎとエノキのバター炒め。ちなみに自作とのこと。つくづくハイスペックな男だ。


 ガラガラガラガラと、教室の扉が開く音。

 誰かが入ってくる。


「ひーびきっ♪」


 僕の名前を呼ぶ。

 声の主は女の子だった。

 僕を名前呼びする人間はそもそも少ないし、しかも女の子ともなれば、リエラ以外で心当たりがあるのはただ1人。




 とりあえず口の中の物をなくしてから、呼びかけに応える。


「やあ、珍しいね、愛奈あすな。どうしたの?」

「ここのクラスに転校生が来た、ってホント?」

「相変わらず愛奈は耳が早いね」

「そりゃどうも。で、誰なの、ウ・ワ・サの転校生は?」


 無言でリエラを見やると、 スタスタと彼女の目の前へ。


「初めまして、響の幼馴染の朝霧愛奈あさぎりあすなです。よろしく」

「海風、リエラ。こちらこそよろしく」


 お互いに握手。


「そういえばさ、海風さんって響と住んでる、って本当なの?」


 どこまで耳が早いんだまったく。


「本当だよ」

「そうなんだ、へぇー」


 そこで言葉を区切り、僕の方を向く。


「まさかとは思って聞くけど、響さ、手ぇ、出してないわよねぇ…?」


 そういう愛奈の顔がめちゃくちゃ怖い。

 だって葛城でさえ生まれたての仔鹿状態なんだもん。

 幼馴染という名の恐怖におびえ、カクカク、と力なく首肯する。


「そう。ならそれでいいわ」


 そして再び表情を変えた。


「あのさ、響。あたしもお昼まだだったから一緒していいかな?」

「別にいいよ」


 台詞を言い終わったか終わらなかったかくらいのタイミングで、葛城の隣に座る。

 というか弁当持ってきてる時点でそれ目当てじゃん。


「いただきまーす」


 愛奈の弁当は、ブリの照り焼きにサラダ、あと卵焼きとシンプル。こちらも手作り。こう言っては母さんに失礼だが、おいしそう。




 4人という、いつもより比較的大人数で昼食というのもいいもんだな、と思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る