Episode 4. Errant mer 彷徨える海
食器を戻し、水を片手に話をする。
「このあと、どうする? どこか行きたいとこあったら言って」
「海、行きたい」
「海?」
「うん」
「そっか……」
すぐ近くにあった時計を見上げると、もうすぐ2時になるところだった。
「じゃあ、夕飯の買い物をしてからにしよう。その前に……」
「……?」
「ここ、少しだけ見て回らない? 僕、ここに来るのは結構久々だからさ」
久々どころか建て替え工事を2、3年前にやっているので、自分が浦島太郎だった。
「うん、いいよ」
彼女と一緒に2階からプールを見学したり、レストランの隣にあったこれまた小さいショップを覗いたりしたのち、家にいったん戻った。
「あのさ、リエラも一緒に買い物行く?」
「うん、行く」
「オッケー」
目的のスーパーは家のすぐ近くなので歩いて行った。
買い物かごを左手に持ち、反対側にいるリエラに話しかける。
「ねぇ、今日の夕食何がいい?」
「うーん……響が作ったのなら、何でもいい」
「そっかぁ……」
作る側からすれば一番返答に困るセリフナンバー1をそのまま言われてしまった。
「どうしようかなぁ……」
流石に通路のど真ん中で頭を抱え座り込む、なんてことはしなかったが、本当にしたくなった。
そのとき、あるものが目に入った。
『本日限りの大特価』
挽き肉のパックだった。
「ねぇ、ハンバーグにしない?」
「はんばーぐ?」
「うん。どうかな?」
「……なら、響と作りたいな」
うつむきながら、か細い声でそう言った。
「いいよ。作り方は僕が教えてあげる」
「……いいの?」
「別にいいよ。いつもだったら一人で作るからやらないけど、今はリエラがいるし」
ということで、今夜の我が家の夕食はハンバーグに決まった。
挽き肉以外にも必要なものを買い込み、また家に戻った。
台所に食材を並べ、下準備をする。
「よし、じゃあ……まずは玉ねぎを切ってもらおうかな。はい、包丁」
「……」
まな板の上に置かれたままのそれを、手に取るでもなく見つめている。
「どうしたの?」
「これ、どうやって使うの?」
と、小首を傾げていった。
「えーっと……もしかして、包丁、使ったこと、ない……?」
彼女は何も言わず、首を縦に振った。
「じゃあ、包丁の使い方、から……」
一通りレクチャーはした(つもり)なので、玉ねぎを切ってもらう。
いつも冷蔵庫で保存しているから、そこまでしみないはず……多分。
「ねぇ、響」
「どうしたの?何かあった?」
「目、いたい……」
リエラの顔を見ると、目がうるうるとしていた。
「じゃあ、そっちは僕が代わりにやるから、こっちやってくれる?」
つなぎのパン粉を水に浸すだけなら何か問題が起きることはまずない。
「わかった」
「ボウルの隣に大さじが置いてあるから、それで2杯いれて」
「はーい」
その間に玉ねぎをみじん切りにした。
それからフライパンを取り出し、油をひいて炒める。
「出来たよ」
「じゃあ、そのボウルに、卵を割って、挽き肉と、それから……塩コショウも入れて、と」
ボウルの半分以上が材料で満たされた。
「これをこねてくれる?こんな風に」
ボウルに手を入れ、材料を混ぜ合わせる。
挽き肉の脂が手にまとわりつく。
「いいかな?」
「うん」
僕の両手とちょうど入れ違いになるように、彼女の手がボウルの中へ。
細く白い指が、赤いハンバーグのたねの中に吸い込まれていく。
何回かこねてもらったところで、その手を止めさせる。
「あ、もうそれでいいよ。あとはラップをして冷蔵庫冷やすから、手を洗ってきて」
「うん」
リエラが出発の準備を済ませる間に、台所の片づけと自分の支度をする。
いつもここで散歩しているから見慣れているはずの光景なのに、今の自分には初めて来た場所のように思える。
砂浜近くの護岸。
先にはいかず、彼女の少し後ろでその背中を見つめている。
聞こえるのはさざなみの音と、カモメの鳴き声。
彼女が振り返り、僕に手招きをしているのが見えた。
近くの階段を下り、リエラのもとへ。
「海って、きれいだね」
「そうだね」
リエラと目が合う。
なんとなく、すぐに目を逸らしてしまう。
「あのさ、響」
僕を見ずに聞いた。
「なに?」
「私、ずっと前に、ここに来た気がする」
「え……? じゃあ、何か思い出したの?」
リエラは首を横に振り、
「ううん。そうじゃなくて、なんとなく、そんな気がする、っていうだけ」
そうなんだ、と僕が言いかけた時、強い風が僕らの後ろから吹いた。
リエラの髪が、大きく風にたなびいている。
しばらくして、風がやんだ。
彼女が再び、僕の方を向いた。
「響?」
「どうしたの?」
「何か、言った?」
「いや、何も言ってないけど、どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
「そっか。あ、そうだ。もうそろそろ帰ろう。父さんたちが帰ってくる頃だろうし、晩御飯の準備しないと」
「そうだね」
彼女の微笑みが少し不自然だった気もしたけど、それには何も言わず、砂浜を後にした。
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