Episode 3. Mer du début 始まりの海


 翌朝。

 今日は3連休の初日。

 いつもより遅く起きた僕は、ベッドから出てからもずっと同じことばかりを考えていた。

(もしかして、昨日のアレは……夢、だったのかな……)

 リエラが夜中に僕のベッドに入ってきて、少し話をした。

 そこまでは覚えている。

 けど本当にそうだったのだろうか、全く分からない。

 誰だって自分の寝床に居候の美少女が潜り込んで来たら、大概は自分が何か夢を見ているんだろう、と思うはずだ。

 パジャマを着替えている間もずっと、そんな状態だった。

 ドアをノックする音が聞こえた。

 誰だろう。母さんかな。


「あいてるよー」


 とりあえず返事をしておくと、ノックの主はリエラだった。

 今日はカーディガンの下に、グレーのワンピースを着ていた。

 髪はゴムで束ねている。


「おはよう、響」

「うん、おはよう。昨夜ゆうべはよく眠れた?」

「響のおかげ。ありがとう」


 ……僕のおかげ? じゃあアレは夢じゃなかったの!?


「……どうしたの、響?」


 固まった僕を不思議そうに見つめている。


「ん? ああ、いや、なんでもないよ。どういたしまして」


 これでいい……の、かな?

 リエラは続ける。


「朝ごはん出来てるから、早く来て、って」

「うん、分かった」


 部屋を出て、二人でリビングへ降りる。


「父さん、母さん、おはよう」

『おはよう』


 両親に挨拶をして、顔を洗い、食卓につく。

 目玉焼きにベーコン、サラダ、味噌汁にご飯。

 我が家の朝食は、後者2つにおかず、といった組み合わせがほとんど。


『いただきます』


 まずは味噌汁。次に目玉焼き。


「母さん、塩とって」

「はい」

「ありがとう」


 僕は塩をかける派。母さんはしょうゆ、父さんはケチャップ。


「リエラちゃん、昨夜はよく眠れたかしら?」

「うん」

「そう。なら良かったわ」


 そこで一旦言葉を切り、僕を見る。


「ところで、響」

「なに?」

「今日1日、暇よね?」

「う、うん。そうだけど……」


 連休初日といっても、今日は平日。学校が開校記念日で休みというだけで、両親は普通に仕事がある。


「リエラちゃんに、町の案内をしてあげてちょうだい。まだしばらくいるだろうから、いろいろ見て回ってもらったほうがいいと思うのよ。リエラちゃんは、どう?」

「うん、いいよ」

「じゃあ響、お願いね。後でお小遣い置いておくから」

「りょーかい」




 玄関で両親を見送り、リビングに戻って家事を一通りこなす。リエラにも少し手伝ってもらった。


「じゃあ、僕らも出かけようか」

「うん」


 部屋に荷物を取りに行き、外に出た。


「どこか行きたいところとか、ある?」

「………」


 少し考えるような表情の後、


「町が、全部見えるところがいい」


 なら、あそこかな。


「オッケー。じゃあ、行こうか」


 彼女の手を取り、町の大きな公園へ向かう。




 家から徒歩で12、3分。

 町を代表するともいわれる、一番大きな公園。動物園や植物園エリアもあって、ファミリー向けだけどデートスポットとしても有名だったりする。そのシンボルといえるのが、高さ50メートルの展望台。小さいころに、両親と何度かここに来た覚えがある。




 展望台までエレベーターで1分ほど。

 快晴のおかげか、今日は一段と遠くの山々が映える。


「見てごらん。今日は天気がすごくいいから、町が全部見渡せるよ。もちろん公園もね」

「ほんとだ……きれい……」


 2人で展望台を一周しながら、町のあれこれについて話をする。


「ねえ、響」

「うん?」

「あそこ、行きたい」


 彼女が指さしたのは、動物広場。


「動物広場かぁ。ウサギとふれあいができるんだって」

「ウサギ?」

「うん。ウサギだよ」

「行こう、響」


 そう言って僕に手を差し出す。

 その手を取り、再びエレベーターへ。




 飼育員に案内され、一通りレクチャーを受けた後、いよいよメインのウサギを順番に抱いていく。

 リエラがおそるおそる膝の上のウサギに手を伸ばすと、ピクリと反応して、鼻先を彼女の指先に近づけた。

 ウサギの意外と俊敏な動きに驚いたのか、手を引っ込めてしまう。


「わわっ、ひゃっ」

「そんなに怖がらなくていいのに」


 ウサギの注意を引きつけるためにニンジンで誘ってみると、案の定首を動かしてくれた。


「背中のほうをなでてごらん」

「う、うん」


 さっきよりもゆっくりとした速度で手を伸ばしていく。

 ウサギの背中と、彼女の手のひらが重なる。

 彼女の手が上下するのに合わせて、白い毛が揺れる。


 2本目のニンジンがウサギの口の中に吸い込まれたところでリエラと交代した。

 ウサギを撫でながらリエラに声をかける。


「口の方に近づけてみて」

「う、うん」

 

 さっきのがまだ尾を引いているのか、声が少し震えている。


 ニンジンの先っぽがウサギの口元に触れると、そのまま口の中へ吸い込まれていく。

 その様子をどこか不思議そうに眺めていた。



 ウサギを飼育員に返し、余ったニンジンを隣のコーナーにいたヤギたちに手分けして配った。そのまま広場を一周して公園の中心にある花壇につくと、正午のチャイムが鳴った。


「じゃあ、お昼にしようか。隣のプールにレストランがあるから、そこで食べよう」

「うん」




 公園を出てすぐ隣の市民プールにある、小さなレストランで食券を2枚買う。

 僕はせいろそば、リエラは天丼。

 理由を聞いてみると、「1番最初に目についたから」そうだ。


『いただきます』


 お箸を不器用に使うのをみて声をかける。


「スプーン貰ってきたら?」

「ううん、大丈夫」

 と言っていたが、すぐに根負けした。

 昨夜は母さんに使い方を教わりながらだったが、まだ難しいみたいだ。

 その間にも僕はそばをすする。

 ふと彼女の方を見ると、唇の右端から少し下のところにご飯つぶがついていた。

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