Episode 6. Ligne horizontale 水平線

 



 放課後。

 部活の練習があるという葛城と別れ、リエラと帰路につく。


「今日、学校どうだった?」

「うん、楽しかった」

「授業とか、ついていけそう?」

「大丈夫。響がいるから」


 そう言って、やわらかな笑みを浮かべた。


「そうは言われても、なぁ……」


 ここ1年の成績は中の上、葛城や愛奈は上の下。ついでに言うと得意教科も2人の方が多い。


「ねぇ、いいでしょ?」

「まあ、うん……」

「ありがとう」


 この彼女の持つ美貌という名の誘惑に勝てる男などいるのだろうか、いやいないだろう、と反語口調で自分を納得させる。

 というか一緒に住んでるんだからそれくらい、とも少しだけ思った。


「ねぇ、響のクラスメイトって、いつもあんな感じなの?」

「うーん……葛城はともかく、まあ親切、だとは思うよ?」

 リエラは転校生だし。ウチの学校自体、スクールカーストとも無縁だし。

「そういえばさ、父さんから、学校の話聞いた?」

「ううん。明日から響と同じ学校に通いなさいって、それだけ」

「そっか」


 これは取り調べをぜひともしなくては。




 帰宅直後、在宅勤務で家にいた父さんを捕まえた。


「ねえ、父さん」

「なんだい、息子よ」

「……リエラがうちのクラスに突然転入してきた件について、少しお話聞かせていただけませんか?」


 刑事ドラマにもあるような、スタンド型の電球を突き付ける勢いで問い詰める。

 すると父さんはワハハと笑って、


「まあそんな怖い顔するな、響。ちょっちコネに頼っただけだ、大丈夫だ、問題ない」


 いたずらっぽく笑っているが、


「堂々と息子に言っていいような話なのソレ……?」


 全くもって呆れるしかない。


「それもそうなんだが、かと言って何もしないよりかは、よほどいいと思うぞ?」

「まあそうだけど……だったら先に言ってくれてもいいじゃん!?」

「朝のホームルームで分かるんだから、別に黙ってても2度手間だし、別にいいかなー、と」

「心の準備とかいろいろあるんだけど!?」

「細かきことは気にするでない、若者よ。この先そんなことはたくさんあるのだから、いい経験になったろう」


 あまりの開き直りに追及する気力を失った。




 今日の夕飯は、昨日の残り物のカレーと、サラダに味噌汁。母さんは、今日は残業で遅くなるというので、新しいものは作らなかった。

 ……サラダは食材整理の関係でいつもより量が少し多いが。





 食事と残っていた家事もろもろを片付け、自分の部屋へ戻る。

 なんとなく、ベランダに出た。

 一軒家だというのに、なぜか置かれているガーデンチェアに座る。前に父さんに聞いたところ、「天体観測用」らしい。

 頭上には晴天に浮かぶ三日月、そしてそれを取り囲む星々。まだ春先の夜風は少し寒い。風呂上がり直後だったら、間違いなく翌日に風邪でも引いただろう。






 しばらく星たちと戯れていると(詩的表現)、隣の出入り口から、パジャマに着替え、カーディガンを羽織ったリエラがやってきた。


「響」

「どうしたの?」

「響こそ、どうしたの?」

「暇だったからさ、星眺めてた」

「そう。隣、座ってもいい?」

「いいよ」


 ホテルの、バルコニー付きの部屋にでもあるような、小さなテーブルを挟んで座る。

「ねぇ、響」

「うん?」

「私って、誰なんだろう」


 恐らくは何の気もなしに呟いたその言葉に僕は思わず不意を突かれた。まだ出会ってから数日、2、3週間も経っていないけど、リエラのクールな性格の裏が見えたような気がした。


「ねぇ、本当に何も覚えてないの?」

「うん。家族のことも、どこに住んでたかも、」


 彼女は言葉を切り、逡巡するような顔をして、


「それと、私の本当の名前も」

「え…?」


 確かに、あの時「リエラ」と名乗っていた。


「リエラ、っていうのは嘘なの。ごめんなさい」


 僕に向かって頭を下げる。


「……ねぇ、顔上げてよ」

「………」


 後ろめたさ、というのか、翳りのある顔をしていた。


「本当の名前がわからなくても、僕にとってはリエラはリエラだよ」

「……ありがとう」


 表情に少し、光が戻る。




「あのさ、響」


 お互いの距離は変わらないのに、リエラの声が近くなった気がした。


「何かお話、して。何でもいいから」

「うーん……何でもいい、って言われてもなぁ……」

「響の、子供の頃のお話とか」

「そっかあ……うーん、じゃあ」


 僕は思い出せる限り、リエラに昔の思い出を語った。

 3歳の時、海外旅行から帰って来るやいなや昏睡状態に陥り、不安になった両親が、慌てて病院に駆け込んだこと。

 遊園地で迷子になって、着ぐるみのキャラクターにあやしてもらったこと。

 いつも両親の帰りが遅く、祖父母の家で夕食を食べることが多かったこと。

 そこでたまに出る祖母の唐揚げがとても美味だったこと。

 そこから料理を始めたこと。




 だんだん祖母の自慢話にシフトしてしまったが、それでも話をちゃんと聞いてくれていた。


「でね、……リエラ?」


 気が付くと、背もたれに身を預け、こっくりこっくりと静かに舟を漕いでいる。


「リエラ、起きてー」


 声をかけても起きないので、肩をつつく。


「ん……」


 とろんとした目。

 完全に寝ぼけまなこだった。


「もうそろそろ、寝ようか」

「うん……」

 よほど眠いのだろうか、フラフラと危なかっしく立ち上がる。

 初登校で大分疲れがたまったんだろうなぁ。


「じゃあ、おやすみ、響」

「うん。おやすみ」


 お互いの部屋へ別れ、窓を閉めた。

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