第14話 アドノータ

 そろり――

 ユウは足音を忍ばせて階段の下から上階を見上げる。カロンはよほど疲れているのか、こちらの気配に気づいた様子もなく、ふらふらとした足取りで自室へと向かったようだ。

 ベッドの軋む音と扉が閉まる音を確認した後、ユウは再び忍び足で工房へと向かう。

 扉を開けると、まだこもっている凄まじい熱気が吹き付け、一気に汗腺から汗が噴き出した。

「暑いなぁ……」

 汗で張り付く服を気持ち悪く思いながら、ユウは工房へと足を踏み入れる。ここへは滅多に入れさせてもらえない。カロンが工房にいて、彼に用事があるときも入口までで、中には入らせてもらえない場合がほとんどだ。

 そのこと自体も不満だが、それ以上に、彼が物を作っているところを決して見せてもらえない。それが非常に不満だ。

 その不満の解消として、今は作り上げたばかりだと思われる魔法剣を見にやって来た。

 最初のうちはカロンも制作物そのものを秘密にしたがっていたが、どうせカエデからばれると思ったのか、魔法剣を作る、ということだけを言葉少なに教えてくれた。そして、彼はその作業を一通り終え、今は疲労困憊。恐らくは眠っているはず。この隙以外に工房へ忍び込んで出来立ての物を見る機会などないだろう。

 幸い、リックも今は外出している。

 工房の中を見回すと、未だに赤く燃えている炭が残る炉の前に金属質の棒が放置してあった。

「これ、だよね……」

 恐る恐る近づいて、少し遠巻きにして眺める。危険はなさそうだ。

 剣を作るとは言っていたが、まだ刃の部分を砥ぎ出してないせいか、鋭利な輝きはない。ただ、桜花刀独特の刃紋は見るだけで心惹き込まれそうなほど美しい。これをカロンが作り上げたということについては、驚嘆のため息しか出てこない。

 曇りない鏡面のようなその刃にそっと息を吹きかけると、その部分から波紋のように五色の波が広がり、細やかな魔法陣が浮かび上がった。

 その反応が面白く、何度も位置を変えて息を吹きかける。その度に虹のような色彩が広がり、違う魔法陣が浮かび上がる。

 それへ夢中になっていて、胸元からペンダントが零れ落ちそうになっているのに気が付かなかった。

 しばらく反応を楽しんだ後、ふっと身を引くと、辛うじて引っ掛かっていたペンダントが襟から落ち、鎖に引かれて振り子のように揺れ落ちる。

 なでしこのレリーフが刻まれたペンダントは一直線に刀の刀身へと向かいながら、中から光を漏らす。そして、刃に触れた途端、


 リン――


 と、涼やかで耳の奥に響く音が奏でられる。

 だが、起こったことはそれだけではなかった。ペンダントから漏れ出た光は刀身へと降り注ぎながら、そこに刻まれた数多の魔法陣を照らし出し、そして、吸収を始めたのだ。

「な、なにこれっ!?」

 次々と魔法陣が浮かび上がり、それを精霊石の光がなぞって転写する。その動きが刀身全てをなぞり終えると、今度は吸収した魔法陣を宙にいくつも浮かび上がらせ、そして、何らかの法則に従ってまとめていく。

 その動きはとてつもなく素早く、目で追うのは不可能であった。

 まとめ終わった魔法陣は再び精霊石の中へと吸収され、その作業がすべて終了すると、ようやく辺りは元に戻った。

「今のって……魔法陣の登録(アドノータ)?」

 『登録』。それは精霊石の独自の能力で、まさしく精霊石に魔法陣を登録するというもの。一度登録された魔法陣は精霊石の契約者によって任意の展開が可能で、しかも、局所的な陣の書き換えも可能という。

 それを精霊石が生きている証左だという魔法使いもいるが、それは定かではない。そもそも、精霊石の成り立ちすら、完全にはわかっていないのだ。わかっているのは、それが精霊に由来するものだ、ということだけ。

 ちなみに、他の媒介は『登録』という能力は備えていないため、魔法陣を描いた紙片や金属板を用いて魔法を行使する。

 先日の魔封武技の相手だったポラックも衣服の中に忍ばせるなりして、魔法陣を所有していたのであろう。一方、カロンは精霊石の所持者だったため、それから直接展開して魔法を使っていた。

「…………」

 それにしても、今現在ユウの所有している精霊石、四煌宝珠には魔法剣に込められていたものと同じ魔法陣が登録されたことになる。

 効果など知る由もないそれらは、所有していても宝の持ち腐れのような気もするが、かといって、このことを相談すれば勝手に工房へ忍び込んで、魔法剣に触れたことがわかってしまう。

 結局、そのままにしておく意外に選択肢は見つからず、ユウは行き以上に細心の注意を払いながら工房を後にした。

 魔法陣の効果については、後日カエデにでも尋ねればわかるだろう。そういう、楽観的な思考もあった。

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