第15話 試し切り

 カロンは魔法剣のほとんどを仕上げ、爆睡してから更に数日後、工房で自分の仕事を満足げに見つめていた。

 柄や鞘も含めてすべてを作り上げ、そして、満足いく砥ぎ上がり。

 白鞘から抜き出せば、刃紋の形も美しい白刃が工房のそう強くはない明りを受けて鋭利に煌めく。

 実をいうと刃紋の形は古代魔法の魔法陣を利用した特殊なものだ。さすがに、桜花刀独自の反りは切れ味を重視したもので、魔法的な意味は持たせていないが、それ以外の拵えについては随所に魔法の技術を散りばめてある。

 カロンは完成品を持って家を出る。目指したのはツキノのいる教官詰所だ。

 先日はユウが一緒にいたためにゆっくりとした道行きだったが、今日は全力で駆けても問題ない。

 靴に仕込んだ魔法陣に魔素を供給し、加速の魔法を行使する。そのようにして、教官詰所までを風のような速さで駆け抜けた。

「月乃、いるよな?」

「……いるのが当然のような呼びかけしないでよね、まったく」

 扉を叩いて呼びかけると、程なくして均整の取れた体つきをしたツキノが高く結った髪を揺らしながら姿を現した。

「で、今日は何の用? 返してもらった精霊石に問題でもあった?」

「いや、あれに問題はなさそうだ。今日はちょっとこいつの試し斬りに付き合って欲しくてな」

 掲げた刀に当初気のない視線を向けたツキノだったが、数瞬もしない内に顔色を変えた。

「もしかして、最近姿を見かけないし、ユウが不機嫌そうだったのって、それのせい?」

「ああ。依頼があってね。腕慣らしに一つ」

「腕慣らしに作るようなものじゃなさそうだけど……わかったわ。私もそれには興味が出てきたから」

「ああ、頼む」

 ツキノは一度機嫌良さそうに奥へと引っ込み、そして、藁束を幾つか抱えて戻ってきた。

「最初はこういうので試した方がいいでしょ?」

「そうだな。自分の腕を疑いたくはないが、死にたくはないしな」

「あれ? 死人を出したくないの間違いじゃないのかしら?」

「いや、こいつは桜花出身のお前の方がうまく扱えるだろ。だから、月乃が使ってみてくれ」

「ふーん……まあ、いいわ」

 まずます楽しそうな笑みを浮かべ、藁束を軽々と競技場へと運び込み、地面に突き立てる。

「じゃあ、ちょっと預からせてもらうわよ」

 カロンが刀を差しだすと、少し神妙な顔をして受け取り、そして腰の物入れから懐紙を取り出して咥える。

「そこまでしないでもいいんだがな」

 懐紙を咥えるのは、桜花刀の刀身を拝見するときの作法だと以前ツキノは言っていた。彼女はそれを忠実に守っているわけだ。大雑把なようでいて、こういう作法については結構細かい。

「…………」

 息を止め、目の前に掲げた刀を鞘から抜く。力まず、反りに沿って完全に抜き放つと、しげしげと刀身を眺めた。

 しばし眺めた後、鞘をカロンに預け、正眼に構える。

 構えの状態で静止。数秒してから構えを解いて、刀を鞘に納めた。

「見事、ね」

 懐紙を口から外し、ツキノは驚嘆を露わにする。

「魔法剣としての出来は知らないけど、刀そのものとしては申し分ないわ。早速試させてもらうわよ」

 今度は懐紙を咥えずに刀をすっと抜き放つ。その無駄のない動作は、カロンから見ても美しいと感じた。

 地面に突き立てた藁束に向かって再び正眼の構えを取る。

 静寂。凛とした佇まい。

 そして、彼女は動く。

 地面を擦るような、重心移動を使った移動法で藁束との距離を詰め、そして、同時に振り上げられた刀は右上から左下へのぶれのない軌道を描く。

 ツキノは残身を解くと、藁束を見て首を傾げた。

「斬れた……わよね?」

「その筈だが」

 預かっていた鞘で藁束の上部を小突くと、その部分が落ち、斜めに走った切断面を露わにした。

「何というか……斬れすぎ?」

 ツキノの口調は苦笑混じりだ。

「抵抗がなかったわよ、これ」

「ああ、多分常時発動の切断魔法のせいだろう。刀そのものの切断力もそれなりにある筈だが、そればかりに頼ると長く持たないからな」

「まあ、それもそうね」

 納得の色を見せ、それからもう一本の藁束に向かい合う。

「鞘を貸してくれる? 居抜きをやってみたいわ」

「借りた刀でやるのか? 随分と豪胆だな」

 居抜きは鞘から引き抜きざまに斬撃を放つものだ。その性質上、鞘と刃を激しくこすって、刃を潰す可能性がある。

「そんなこと言っといて、ちゃんと対策してるんでしょ?」

 していて当たり前、という顔をされ、カロンも頷かざるを得ない。

「ならいいでしょ。それに、刃を潰したりなんかしないわよ。私の技量を舐めないでくれる?」

 不敵に笑い、受け取った鞘に刀を収める。その際も鞘と刃が擦れることはない。

「さっきの切れ味だと、どこまでいけるか試したくもなるわね……」

 呟き、そして、カロンが危機を察知して強く後ろに下がったと同時、ツキノの腕が迅雷のごとき動きを見せた。

 いや、実際に目に捉えることは不可能だった。

 風が巻き起こり、高く結った髪が激しく揺れる。

「――ふぅ」

 ツキノの残身は刀を鞘に納める直前のもの。

 そのまま静かに刀を収める。金属同士がぶつかり合う、キンという音が鳴ると同時、藁束はおろか、それを地面に突き刺すための心材である木材までもが数センチ刻みで地面に転がった。

「おいおい、無茶しすぎじゃないのか?」

 カロンの問いかけには答えず、ツキノは転がった木材へと手を伸ばす。一つを拾い上げ、詳しく見分した後、それをカロンの方へと突き出した。

「何だ?」

「断面を見て」

 言われ、詳しく見るまでもなく、そこには小さな木の芽があった。

「木の芽だな」

「そうね。そして、それがあるのは切断面よ」

「……相生の力のせい、だとは思うがな」

 ため息と共に告げると、ツキノは木材を放り出して肩を竦めた。

「今の言葉でだいたい理解したけど、これは桜花の魔法方式である陰陽五行に基づいた魔法剣なのね?」

「そうだ。相生と相克を扱えるように、術式を組み込んである。そして、材質は五行の属性に応じた五種の鉱物を用いて、属性の付加を行った」

「五行すべて、ね。無茶苦茶よ、まったく」

 声の成分は九割方呆れだったが、残りはまさしく『面白い』という感情が込められていた。

「無茶でも何でも、依頼であるからには遂行するのが私の矜持だからな」

 面白くもなさそうに告げるカロン。やってくれと言われて、はいと答えたからにはやる。それだけのことで、実際には矜持以前の問題だ。

「私が口を挟むことじゃないのかもしれないけど……」

「ん?」

「危険と思った依頼は受けないようにしなさいよ」

「わかってるさ。でも、それは元凄腕の傭兵としても言葉かな?」

 軽い口調にツキノは拳でカロンの頭を小突き、

「それもあるけど、普通に年上からの忠告ってやつよ。年長者の言葉は素直に聞いときなさい」

「あんまり年上って気がしないんだよな、ツキノって」

「褒められてるのか微妙ね、それ」

 再び小突かれそうになった頭を腕で庇い、カロンは笑みを浮かべる。

「まあ、亀の甲より年の功って言葉もあるらしいしな」

「カロンって、ときどき桜花の物言いをするわよね。ところで、その言葉って、こっちではなんて言うんだっけ?」

「フロイスも広いから色々言い回しはあるが、大木は金の斧では切れない、という言葉があるな。もっとも、物質的な特性から見て、黄金で刃物を作るなんて、見栄以外の何物でもないがな」

「あんたってやつは……でも、そうか。年を重ねて大きくなった木は、輝く金属でも切れない、か。言い得て妙ね」

 前半で呆れを、後半で納得を浮かべ、しきりに頷く。

「文化の違いってやつよね」

「ユウが聞いたら喜びそうな話題だ」

「ふふっ……あんたもなにかというとユウの話題が出るようになってきたわね」

「意識はしてないが。しかし、そうかも知れないな。普段から気には掛けている」

「まったく、素直なときもあれば、そうじゃないときもある。どっちなのかしらね?」

「至って素直な方だと思うが?」

「まあ、そうね。歯に衣着せぬ物言いは確かにそうよ。そういう意味では素直ね」

 ツキノはカロンに刀を返し、伸びをする。

「さて、試し斬りも終わったし、私はちょっと休憩しようかな。ここのところ、机にかじりつきっぱなしで肩が凝ってたから、ちょうどいい運動になった。礼を言っとくわ」

「どうも」

 背中をばしばし叩いてくるのを身を捩りながら避け、カロンはツキノと距離を取る。

「じゃあ、私は術式の最終調整をするから工房に戻るよ。月乃も似合わない事務仕事で机壊すなよ」

「大きなお世話!」

 鋭く振られた腕をすんでのところで避け、カロンはその勢いのまま走り出す。

「ユウによろしく言っといて」

「わかったよ」

 背中にかけられた声に、片手を挙げて応える。

 そして、加速術式に魔素を供給し、工房への道を駆け抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る