第13話 刀
カロンは工房で作業を開始した。リックやユウには立ち入りを禁じ、カエデのための刀を作る。
炉に熱を持った石炭をくべ、鞴(ふいご)で空気を送る。石炭にあった種火が空気を得て強
く熱され、石炭を赤く染める。それを目的の温度になるまで繰り返す。
その作業が終わったころには工房の温度はこれ以上ないくらいまで上がり、中にいたカロンの額に汗がにじむ。
しばらく炉の様子を確かめ、火勢が弱まることがないのを確認すると、五つの箱を足元に置く。
中には鉱石が収められているが、これのひと箱でもきちんとした筋で売却すればひと月分の生活費は優にまかなえるだろう。
すべての箱の蓋を開く。そこには箱ごとに五色の鉱石がある。それは桜花に伝わる魔法属性である五行の各属性に対応する魔素を内包するもので、そのなかでもとりわけ純度の高い物を厳選して集めた。金で買ったものもあれば、採掘地で自ら掘り出したものもある。苦労しただけの価値はあり、市場にはめったに出回らない純度のものまで手に入った。
木属性の褐繊鋼(ブルンネス・フィブラ)。
火属性の緋賢石(コチナム・サピエン)。
土属性の黄粘石(フラバス・ルートゥム)。
金属性の金硬晶(アールム・ディフィシル)。
水属性の蒼麗鋼(ヒアシント・パリーダ)。
カロンは五行の相生と相克を利用した魔素構造体破壊用の術式を作っていた。作用物体中では相生による強度増強などを含めた機能強化を行い、そして、相克の力でもって魔素の構造を破壊する。ただし、これは破壊する対象が属性を持っていた場合の話。
もしも、属性の偏りのない存在だった場合、刀を突き刺した時点で強制的に属性の偏りが発生するように仕向ける。
内容としてはえげつないかも知れないが、こうしたのには理由があった。
任意属性の付加は破壊しない場合でも有用であるからだ。つまり、水を加熱したい場合、その水に予め火の属性を与えておけば容易になる。そういうことだ。
そして、この刀自体が五行のすべてを司るため、それぞれの属性を余すところなく使える。相生と相克を基本とする桜花の魔法において、すべての属性を使えるというのは非常に有利だ。
カロンはそれぞれの金属を加熱し、刀の制作過程に則って小割や折り返し鍛錬をしていく。
その途中で、カロン自身の指環に予め覚えさせておいた相生と相克の術式を微細な単位で繰り返し刻み込んでいく。
これらの過程は以前に蛟を作った時と同じであるから迷いはないが、刻み込む術式の数と素材の複雑さによる難易度は当然ある。
結局、ほとんど飲まず食わずで、途中をリックに手伝ってもらいながらも満足のいく刀を作り終えたのは三日後。だが、まだ砥ぎも終えていないし、鞘もない。銘を刻む気はなかったが、それでも最低限の拵えをしてからわたすべきと判断した。
三日ぶりに工房の外に出ると、ユウがむすっとした顔をしていたが、カロンの顔を見るなり満面の笑みを浮かべ、皿を突き出してくる。
皿の上には黒いもので包まれた白米の塊がごろごろと載っていた。形は不恰好で、見た目も不思議なものだったが、手を布巾で拭ってから一つを手に取って口に運ぶと、存外に美味しかった。
「これは?」
一つをあっという間に平らげ、もう一つに手を伸ばしながら問うと、彼女は自慢げに胸を反らし、
「おにぎり、って言うらしいよ。桜花の料理なんだって。この間作り方聞いて、今日試に作ってみたの」
「そうか。この、外に巻いてあるのは?」
「ノリ、って言ってたかな。なんでも、海藻を平たく集めて焼いたものらしくて。でも、海の香りがして、あたしは好きだな」
「そうだな。香ばしい」
塩を振っただけの白米の塊に海の香りがするノリという食材のシンプルな料理だが、空腹もあり、五個あったおにぎりはあっという間にカロンのお腹に収まった。
「ご馳走様。美味しかったぞ。今度、カエデにも礼を言っといてくれ」
「うん、言っとく」
朗らかな笑みを浮かべ、皿を洗いに居間へと走り去っていくユウ。
カロンはその背中を見送り、それから背筋を思い切り伸ばす。背骨が音を立てる。
「眠い、な……」
仕上げは明日以降に回して、今日は休んだ方がいいかもしれない。食事をして腹が満ちたせいか、今度は睡魔が襲ってきた。
カロンは少々ふらつく体を奮い立たせ、階段を上って二階の自室にたどり着くと、汚れた作業着のまま、ベッドに飛び込み、そのまま意識を失った。
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