第28話
「それにしても、この音声ナビってのはなかなかのもんだな」
ジェイドの看板が見えてきたところで、剛が言った。剛と凌介は歩いてジェイドへ向かっていた。四年前は病院から小林社長の車で移動したが、歩けない距離では無かった。ただ、場所がわからないため、今朝小林社長から貰った通信装置を剛に渡し、この装置の音声ナビゲーション機能を使ってジェイドまで辿り着いたのであった。
「これならお前一人でも外を歩けるんじゃないか」
「馬鹿な。車に
二人は店内に入った。
「営業中のようだが、閑散としているぜ。誰もいねぇ。ちょっと時間が早かったのかもな」
剛がそう言うと、店の奥の方から女性の声がした。
「いらっしゃいませ。悪いけど、この時間はまだメニューが少ないのよ……あら、あなた達はどちらの兵隊さん? どう見てもマリオン人じゃないわね」
「日本です」
女性の質問に剛が答えた。
「そうなの。この辺には日本人はいないわよ」
「いえ、ここには日本人を探しに来たのではないんです。メイサさんはいらっしゃいませんか」
凌介が女性に尋ねた。
「メイサですって? メイサはもう亡くなったわ。あなた達、メイサを知っているの!?」
女性は日本人からメイサの名前が出たことに驚いた様子であったが、凌介も驚きの声を上げた。
「亡くなったんですか!? 信じられない……彼女とは、一度だけお会いしたことがあるんです。ここで食事したときに。実は、俺達が探しているのは彼女の妹のマチルダさんで、ここに来ればわかるんじゃないかと思っていたのですが……」
「えっ? マチルダは私よ。私に何の用かしら?」
凌介は再びの驚きに一瞬言葉を失った。
「……失礼しました。俺は全盲であなたの顔がわからなくて……名前は早瀬凌介といいます。あなたにもお会いしたことがあるのですが」
「リョースケ!? たしかにあなたはリョースケだわ」
マチルダも凌介を思い出したようであった。
「覚えておられるんですね?」
「忘れるわけがないわ。あなたが病院にひどい状態で搬送されてきたとき、私は毎日あなたの看護をしていたのよ。でも、あなたは昏睡状態のまま、日本に帰ってしまった。それからずっと気になっていたのよ。回復したのね……よかった」
凌介が剛に誘導されて近くの座席に腰を掛けると、マチルダもその正面に座った。
「回復はしたのですが、脳の損傷で視力を失いました」
「そうだったの……その可能性はイルハン博士もおっしゃっていたわね。残念だけれど」
「俺の担当医はイルハン博士だったのですね?」
「ええ、そうよ」
「イルハン博士は……他には何かおっしゃっていませんでしたか? その……頭に何か装置が入っているとか」
「何ですって? そんな話は聞いたことが無いわ。ただ、あなたの頭の手術については、どこで行われたのかが、よくわからなかったの」
「どういうことです?」
「最初、テロの直後に、ゴダリアの病院から、収容できないからそちらで治療をしてほしい、という要請があったの。ところが、実際に搬送されてきたのは、その三日後だったのよ。手術が終わった状態で。でも、後でゴダリアの病院に聞いても、テロの日に搬送しているはずだって言うのよね。あのときのゴダリアは混乱していて、間違った情報も多かったわ。イルハン博士が、手術には問題ないとおっしゃっていたので、それ以上は聞かなかったのだけれど」
——やはり、何かおかしい。イルハンはなぜ、装置のことを何も言わなかったのだろうか。
「イルハン博士は俺の脳について、他に何かおっしゃっていませんでしたか?」
「いえ……他には何も」
「そうですか。では、イルハン博士がどこに行かれたのかはご存知ありませんか」
「ゴダリア軍の病院施設に行くと聞いたわ。でも、四年前の話よ」
「ゴダリア軍?」
「ええ。国際先端医療センターはゴダリアからも出資を受けていたのよ。患者さんにもゴダリア軍の方がいたから、お付き合いはあったみたいね。でもイルハン博士がいなくなっちゃったから、脳神経外科も無くなってしまったわ」
「あなたが病院を辞められたのもそれが原因ですか?」
「いえ、それは関係無いわ。私が辞めたのは姉が亡くなったからよ。NESに襲われてね」
「そうだったんですか……」
「あんな悲劇が起きるなんて……姉の一家はほとんど殺されたのよ。娘達まで。一番下のメリッサだけが助かったのだけれど、彼女も右足を切断されていたわ。まだ幼い子供だったのに……」
マチルダは涙声で語っていたが、声を詰まらせ、しばらくしゃべれなくなった。その間にコツ、コツという足音が凌介達のいるテーブルに近付いて来た。
「パンを持って来たわ」
そう言うと、彼女はパンをテーブルに置き、厨房の方へ戻ろうとした。
「……メリッサ」
マチルダはメリッサを抱きしめて言った。
「私は姉の代わりにこの子を育てることにしたの。看護師を辞めて、このお店を引き継いだわ」
メリッサという名前には凌介も聞き覚えがあった。四年前にこのお店で一人で無邪気に遊んでいた子だ。まさか、あんな小さな子供の足を切断するとは——
「メリッサ、君の義足を少し見せてくれないか。俺は義足の専門家なんだ。俺も義足なんだよ」
そう言って凌介は両足を少し前につき出した。メリッサは義足をしばらく眺めて言った。
「何だか、長靴みたいだわ。私の義足の方がオシャレね」
今度はメリッサが右足を前につき出した。凌介はその音を頼りに義足に触れた。義足の形状を指先で確認した後、メリッサにまっすぐ立つように言い、再び指先で義足の角度やメリッサの身体のバランスを確認した。
——体の成長に義足が合っていない。
「メリッサ、義足で歩くときに痛みは無いのかい?」
「あるけど、もう慣れたわ」
「マチルダさん、この義足は、もうメリッサには合わなくなっているんじゃないですか」
「そうね……でも、細かく作り直すお金も無くて」
凌介はプラスチック樹脂製と思われるメリッサの義足に触れながら考えた。
——俺が「考える足」プロジェクトで作った義足は、この子の役に立つのだろうか。速く走れること、高く跳べることはこの子には必要ない。成長する義足。安価な義足。本当に必要なものはそういうものではないのだろうか。
「メリッサ、いつか……いつか、俺が君に合った義足を贈るよ」
「本当に?」
「ああ。痛くないやつだ」
「でも、そんな長靴はいやよ。オシャレなのにしてね」
「ハハッ。わかったよ」
「おい。お前、そんな適当な約束しちまっていいのか」
たまらず、剛が日本語で尋ねてきた。
「ああ。プロジェクトの次のステップは義足を必要な人にちゃんと届けることだからな……おや、他のお客も来たようだ。そろそろ、料理を頂こうぜ」
マチルダは客を迎え入れた後、厨房に戻り、メリッサも接客を手伝った。凌介達が食事を済ませた後、別れ際に森田のことも尋ねてみたが、マチルダは、森田については何も知らないと答えた。凌介達はマチルダに礼を言い、国際先端医療センターへと向かった。
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