第29話
国際先端医療センターの地下駐車場では、各自が聞き込みで得た情報の報告会が行われていた。剛は森田と親しかったイルハンがゴダリア軍の病院に移ったということを報告したが、他の班員からも病院の職員がゴダリアに移住したという話がすでに報告されており、班長は「ご苦労」と言っただけで特に関心は示さなかった。剛に続いて報告を行った班員は、鉱山病院の元職員から聞いた話を紹介した。
「この職員の話によりますと、森田准教授は、テロの前、定期的に鉱山病院を訪れていたようであります。そして、訪れる際、いつもイルハンという医療センターの医師とゴダリア軍の人間を連れていたということでした」
「何だ、またゴダリア軍が出てきたな」
班長は多少の関心を示したが、この班員の話も古い情報ということで特に取り上げられなかった。
だが、凌介にはイルハンとゴダリア軍との関わりに引っかかるものがあった。
——マチルダはイルハン博士とゴダリア軍につながりがあったと言っていた。一緒に鉱山病院に行っていたとなると、森田さんも同様だったと考えるのが自然だ。だが、森田さんが俺にゴダリア軍の話をしたことは無い。森田さんは何をしていたのだろうか……
そんな風に凌介が思案している間に全班員の報告が終わった。結局、継続して調査が必要と判断された案件は無く、ここでの捜索は終了となったため、半身不随で入院していた日本人一名を乗せて、凌介達はマリオンの軍事基地へ戻った。
軍事基地へ戻ると、今後の捜索に向けた計画を練るため、剛はマリオン軍から提供されたデータベースを使って日本人に関する情報を収集するように指示を受けた。
「ついでにイルハン博士の居場所も探してみてくれよ」
そう凌介に頼まれて、剛はゴダリアにある軍事基地の場所を調査した。マリオン軍のデータベースからはゴダリアの情報も参照することができた。
「軍事基地内に病院のあるところは、海岸沿い、マリオン国境、ザベル市内の三箇所だな」
剛の報告を聞き、凌介はかつて見たゴダリアの地図を頭に思い浮かべていた。
——たしか、永井君の話では、幻覚の映像はザベル西部のものだったはずだ。
「ザベル市内の軍事基地はどこにあるんだ?」
凌介は剛に尋ねた。
「ザベルの中心地からは、やや南西に下がったところだ。空港が近い」
「南西か……イルハン博士がいるかはわからないが、そこに行ってみないか」
「ゴダリア軍の基地にか? 他国の軍は入れてもらえないぜ。実は、さっき、ここで親しくなったゴダリア軍兵士に聞いたみたんだけどよ、病院の医者に会うことも難しいだろうって言ってたぜ。班長に提案してもこりゃ却下だな」
「そうか……困ったな」
「先生の捜索はこれで一旦終了かもしれねぇな。また明後日調べてみるさ」
「そんなのんびりしてていいのか?」
「ああ。班長は明後日は土木工事の手伝いになるかもって言ってた。俺達はそれは免除してやるから、一日かけて計画を練れってさ。ちなみに明日はオフだぜ」
「そういや、休みもちゃんともらえるんだったな。じゃあ、ちょうどいいじゃないか。明日行ってみようぜ。基地に入れなくてもいいんだ。ちょっと、確かめたいことがある」
「おい、いくらオフでも、何でもしていいってわけじゃないぜ。他国の基地に行くなんて、そんなややこしいこと、やめてくれよ」
「でも、班長を説得して行くのは無理なんだろ。プライベートでゴダリアに行っちゃダメという規則があるのか?」
「それは無い」
「じゃあ、いいじゃないか。オフなら親父の言ってた公私混同にも当たらない。お願いだ。近くに行って、風景を確認してほしいんだ」
「ったく、しょうがねぇやつだな」
翌日二人はゴダリアへ向かうことになった。ゴダリア軍の中には、このオフで帰国する者がおり、剛が親しくなったゴダリア軍兵士もちょうど帰国予定であったことから、彼にゴダリアのザベル国際空港まで送ってもらうことができた。空港では料金を凌介が持つという条件で剛がレンタカーを借りた。剛が借りた車は日本ではもうほとんど見かけない旧型の車種であったが、マリオンの衛星通信網に対応したカーナビを搭載しており、迷うことなくザベル市内の軍事基地に辿り着くことができた。
「ゲートが見えたぜ。さあ、どうする?」
「そうだな。まず、車をどこかに停められないか」
軍事基地のゲートの前には、「エムズ・ストア」という名前の雑貨屋があった。
「軍人御用達のコンビニがあるようだ。あそこの駐車場に停めよう」
そして車から降りるなり、凌介が剛に尋ねた。
「剛、ザベル・タワーは見えるか?」
「ああ。それならさっきからずっと見えているぜ」
「鷲の顔も見えるんじゃないか? どっちを向いている?」
「右だ」
凌介の想像通りであった。
「他には……他には何か見えないか?」
凌介は頭の中で自分が見た風景を思い出そうとしていた。
「他、って言われてもな。小さいビルは見えるがね。基地の中は塀で見えねぇよ」
剛がそう言って辺りを見回していると、遠くの方でバラバラバラ……という音が聞こえてきた。その音は次第に近付いて来る。
「ヘリコプターだ……」
そのとき、凌介には思い出したことがあった。
「ああ。まぁ、軍事基地だからな。ヘリコプターが飛んでくるぐらい珍しくねぇよ」
「いや、違う。幻覚の話だ。俺が見た幻覚にも黒いヘリコプターが映っていたんだ。それもかなりの至近距離で……そうだ、あれは軍用ヘリコプターだった。なぜ気が付かなかったんだ……」
——間違いない。幻覚で見たのは、この基地からの風景だ。幻覚に天井ばかり映っていたのは、幻覚の主が一日中寝ている病人だからだ。
凌介は確信した。
「何やら合点がいったようだが、もういいのか?」
「いや……どうにか病院に入れないかな」
「そう言うと思ったぜ。ちょっと聞いてくるから、車で期待せずに待ってろ」
剛はそう言い残して基地のゲートに向かった。そして数分後、ペットボトルを二本脇に抱えて剛が車に戻ってきた。
「ダメだ、全く話にならねぇよ。ゲートで、イルハン博士はいないか、って聞いたんだけどよ、答えられないの一点張りだ」
「そうか……残念だが、しょうがないな」
「手ぶらで帰るのも何だからそこの店で水を買ってきたんだ。のどが渇いたろ?」
剛はペットボトルの一本を凌介に渡すと、自分も水を一口飲んでから話を続けた。
「そこの店主に聞いた話なんだけどよ、先月、ここの前の通りで、店を出た客が車に
「ほう」
「ただ、そういう緊急事態でもない限り、一般人は利用できないんだとさ」
「なるほど。逆に言えば、緊急事態なら、入れてもらえるってことか……」
「そういうことだが、さすがに、車に
「そりゃ、そうだ」
——病人のふりをしてゲート前で倒れてみるとか……わざとらしいな、怪しまれるだけだ。何か、急病人や怪我人と思わせるような方法がないものか。
しばらく黙って考えていた凌介は、ふと大学で行った実験のことを思い出した。
「なあ剛、高校の文化祭で映画を撮ったとき、たしかお前は主役だったよな」
「はぁ? 何だ、いきなり……それがどうしたんだよ?」
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