第23話
十月も後半にさしかかった頃、凌介と永井は、スーツを着込んで防衛省を訪れた。公式な訪問目的は、凌介の親友である
——お前、マジで言ってんのか? 親父さんも了解したのかよ。
電話で話をしたとき、剛はなかなか説得に応じてくれなかったが、
——ったく、しょうがねぇやつだな。何とか上を説得してみるよ。
最終的には、凌介のために便宜を図るように返事をくれたのであった。
凌介達は会議室に案内され、そこに剛が上官を連れて現れた。凌介は、自分のノートパソコンと剛の義手を手探りで接続した後、義手から取得したデータがパソコンから読み上げられるのを聞き、現在の義手の状況と、今回のメンテナンスの概要について説明を行った。
「前回のメンテナンスから一年が経過していますが、関節の動きもセンサーの精度も特に問題はありません。ただ、今回の派遣では、戦闘の可能性もある、ということですので、ハードもソフトも最新のものに置き換えた方がよいと思います。これらはいずれも実績はあるもので、今回のソフトを使えば、義手で射撃を行うことも可能になります。ただ、調整に一日ぐらいはお時間を頂きたい、と考えております」
凌介の説明に、永井が続けた。
「さすがに、実際に銃を使った実績はありません。信頼性には疑問をお持ちでしょうが、一日あれば、高い精度まで仕上げることができると考えています。その後で採用をご判断ください」
「わかりました。あまり時間が無いのですが、その調整はいつから可能ですか?」
剛の上官が尋ねた。
「本日、準備はしてきておりますので、交換は今すぐにでも可能です。銃の件に関しては、そちらのご都合に合わせます」
「それは助かりますね。銃の件は、明日、射撃場を使ってやろうと思いますが、大丈夫ですか?」
「問題ありません」
メンテナンスの件はすぐに片付きそうだ、と凌介が思ったとき、誰かが会議室に入って来るのが聞こえた。その人物が椅子を引いて座ったと思われる頃、先程の上官が再び口を開いた。
「ところで、技術者同行の件ですが、永井さんではなく、早瀬さんということでよろしいのでしょうか? 失礼ながら、視力に障害のある方が同行されたというケースは前例がありません」
「はい、メンテナンスにつきましては、先程ご覧頂いた通り、私一人でも問題なく行えます。また、私は派遣先に行った経験もありますし……」
凌介がそこまで言ったとき、後から入ってきたと思われる人物が、突然口を挟んだ。
「本当に問題ないと言えるのか? お前のせいで命を落とす人間が出るかもしれないんだぞ!」
凌介の父親——信彦の声であった。
凌介は、父親の信彦には、技術者として剛に同行する、という話をまだしていなかった。剛と電話で話をした際、民間企業の技術者も装備の修理のために同行するという話を聞き、自分もゴダリア、マリオンに行きたいという気持ちを抑えられなくなった凌介は、義手の技術者として同行できるように話を進めていたのであった。
「それは……」
凌介が言葉に詰まると、剛が代わりに答えた。
「彼より義手に詳しい人間はいません。それに、自分にとって、彼は最高のパートナーです。彼がいれば、自分も安心して任務を遂行できると考えております」
「濱田君、君の気持ちはわかったが、友達同士で旅行に行くんじゃないんだ。二人とも死んだらどうするんだ!」
信彦は両手を机に叩きつけた。
「親父……親父は、俺が障害者だから役に立たないと思っているのか? 義手の調整については問題ないんだ。それに、今回の派遣で捜査対象となっている森田先生、救出対象の小林社長、この二人とも俺は面識がある。適任だとは思わないのか?」
「……」
信彦はしばらく黙って考えていた。
——やはり、父親には最初に打ち明けるべきだったか。
凌介は後悔したが、自分が病院で意識を取り戻したとき、泣いて喜んだ両親に、再び内戦の続くマリオンに行くとは言い出せずにいたのであった。
「……わかった。二人とも、覚悟は決まっているようだな。いいだろう。だが、お前達はあくまでも日本の代表として行くんだ。自分達のために行くんじゃないってことを忘れるなよ」
信彦はそれだけ言うと、部屋を出て行った。そして、信彦のこの一言で凌介は剛とともにゴダリア、マリオンに行くことが決まった。
そして、防衛省を訪れる前、凌介は、東都工科大学で深川にもこの件の相談をしていた。深川は、いつものように
「こんな話は前例がないが……まぁ、出張ということで、何とか話を付けてみよう。ただし、条件が二点だ。まずは、君がいなくてもプロジェクトが回るように、体制を整えてから行くこと。そして、もう一点は、我々の最高の義手と義足がどれだけ役に立つのかを現場で確認すること。報告書は帰国後で結構だが、問題が発生した場合は、すぐに連絡してきてほしい。データもちゃんと取って来るんだ。それから……これは君の努力だけではどうにもならんとは思うが、森田君を連れて帰ってくれると、嬉しいんだがね」
凌介は、最悪の場合、大学を辞めることになるかもしれない、と覚悟して相談したが、深川は快く凌介の考えを受け入れてくれたのであった。
こうして、凌介と剛は、十一月の初め、海外派遣部隊の一員として自衛隊機に乗り込み、内戦の続くマリオンに向かって出発した。
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