第22話
凌介が帰宅してから程なくして父親の信彦も帰って来た。
「ただいま。帰りに駅前のスーパーに寄ったらさ、いい匂いがしてたんで、つい買って来ちまったよ」
たちまちリビングに焼き鳥の匂いが広がった。
「あら、まだ、おかずの準備はしていなかったから、ちょうど良かったわ。じゃ、それにお汁とお野菜付けましょうかね。ちょっと庭のおネギを取って来るわね」
そう言って真理は勝手口から庭に出た。伸彦は上着を脱ぎ、洗面所で手洗いをすませると、冷蔵庫からビールを取り出した。
「凌介、お前もたまには一杯どうだ?」
「いいね」
凌介は、障害を負ってからは飲酒を控えるようになっていたが、久しぶりに父親と飲むことにした。信彦はビールを注いだグラスを凌介に渡すと、それに自分のグラスを軽く合わせ、乾杯をした。
「とりあえず、お前の正面の皿に、右から、つくね、鶏皮、ねぎまを置いたからな。串に気を付けて食べろよ」
「ありがとう。ビールに焼き鳥なんて、久しぶりだ」
そう言って、凌介は手探りで三本の串を確認し、つくねから食べ始めた。
——飲んでいるときの方がいいかもしれない。
父親が酔うと
「ちょっと、昔のことなんだけどさ」
「ん? 何だ?」
「俺が防衛省の病院にいたとき、病院の先生は、俺の頭のこと、何て言ってた?」
「あぁ、あのときの話か。そうだなぁ、必要な手術はゴダリアで行われた、って言ってたぞ」
「脳についての話は覚えてない?」
「ええっと、そうだ……後頭葉が傷ついたので、それで見えなくなったんじゃないかって話だ」
「他には?」
「他には……うーん、悪いが、覚えとらんなぁ」
「CTは取ったんだろう? その画像は見なかった?」
「それは……見た、見たな」
「変なものが映っていなかった?」
「何だ、変なものって?」
「何か機械みたいなもんだよ」
「……」
しばらく沈黙が続いた。父親が思い出そうとしているのか、何か考えているのか、凌介にはわからなかった。
「何でそんなことを聞くんだ?」
「実は……どうやら、俺の頭の中には無線機が入っているようなんだ」
それから凌介は、ここ数日幻覚を見ていること、その幻覚が現れるタイミングと、パソコンに残っていた通信ログのタイミングが一致していること、凌介がいる時間だけ通信経路が増えていることを話した。
「その通信ログってのはよくわからんが、その学生も大した想像力だな」
「単なる想像じゃないさ。彼はデータを基にして仮説を立てたんだよ」
「お前がよく言う科学的アプローチってやつだな。そうかぁ、わかるもんなんだなぁ……」
「で、どうなんだよ」
「……お前の頭の中だが、たしかに機械のようなものがあったよ」
——やはり!
予想していた通りの答えであったが、実際に父親の口から放たれた言葉を聞いて、凌介は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
「それは……それについては、病院の先生は何て言ってたんだ?」
「先生もわからんと言ってた。マリオンの病院にも聞いたんだが、そこでも知らんという返事だった。どうやらコイツはゴダリアで入れられたようなんだが、テロ後の混乱で、どこで処置したのかが、もうわからんそうだ。それで、先生と母さんと相談した結果、もう回復したんだから、余計な心配はかけないように、言わないことに決めたんだ」
「そうだったのか。ちなみに、これを取り外せるかどうかって聞いてない?」
「それは聞いたが、間違って入ったようなものじゃないらしいぞ。お前が生きているのはその装置のおかげかもしれんそうだ。お前の頭からそれを取り出せば、いろいろ調べられるかもしれんが、そのときは、お前はもう生きてはおらん」
「そうか……この装置が止まると、俺は死ぬかもしれないってことか」
「いや、そうと決まったわけじゃない。あくまでも想像だ。仮説だよ」
凌介は、両親が秘密にしていた理由がわかった気がした。正体不明の装置が頭に入っていると聞いて、いい気はしない。装置が壊れたらどうなるのかと考えると、不安になってくる。凌介は話題を変えて、もう一つ気になっていることを聞いた。
「わかったよ……ところでさ」
「何だ?」
「剛はいつマリオンに行くんだ?」
「来月だよ。それが何だ……お前、何を考えているんだ?」
「実は、マリオンで探してほしい人がいるんだ。イルハンっていうお医者さんなんだけど、その人なら、この装置のことを知っているかもしれないんだ。森田先生とも関わりがあるんだよ。先生の捜索も今回の任務なんだろう?」
「それはそうだが……お前も今のマリオンの状況は知ってるだろ? ついでだからって、自由に動き回れる場所じゃねぇぞ。それに、公私混同は許されん」
「……そうだよね」
凌介は、あきらめきれない思いを抑え、つくねの串を再び口にした。信彦は腕組みをして、しばらく凌介の様子を眺めていたが、
「すっかり焼き鳥も冷めちまったな。ちょっと温めてくるぞ」
そう言うと、凌介の前にある皿を持って、台所に向かった。
「まぁ、聞き込みの対象が一人増えたところで、大して変わらんかもしれんな。とりあえず、連絡を取ってみたらどうだ」
去り際に信彦が言った。
「ありがとう、そうするよ」
凌介はそう言うと、グラスに残っていたビールを飲み干した。少し酔いが回って来た凌介の頭の中に、新たな決意が生まれようとしていた。
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