第21話
幻覚の正体に関する永井の仮説を聞いた日、凌介は研究に身が入らなかった。
——本当に俺の体には通信機器が埋め込まれているのだろうか。俺自身が脳の画像を見ることはできないが、これまでにも画像診断は受けたはずだ。だが、通信機器が見えるなんて話は聞いたことが無い。永井君の話は筋が通っているようには思われるが、ちょっと飛躍し過ぎではないだろうか。幻覚は、やはり俺の脳が作りだしたものではないだろうか。
永井の仮説から浮かんでくる疑問に対して、凌介は一日中思考を巡らしていたが、いくら考えても進展は無かった。その日に見えた幻覚は、いつもの天井が映っているだけで、新たな情報は何も無かった。ただ、脳に映像を送るという研究に関して、凌介は以前読んだ論文を再び見つけることができた。人間があるものを見ている際の脳波と血流を記録しておき、外部からこれらを再現させるような刺激を与えると、過去に見たものを再び見たように感じる、という内容であった。その論文の著者には、「イルハン・ダバラ」の名前があった。
——そうだ、俺はイルハンからこの話を聞いたんだ。
凌介はイルハンに連絡を取ろうとした。イルハンとは、四年前にマリオンで会って以来、連絡を取っていない。連絡先もわからず、マリオンの国際先端医療センターの医師紹介欄を調べてみたが、そこにはイルハンの名前は無かった。また、最近は学会で発表するなどの活動も行っていないようであった。
——もう引退されたのかもしれない。
返事は期待できないと思いながら、凌介は、森田から教えてもらったイルハンのメールアドレスに、脳に映像を送る研究についてどこまで進んでいるのか教えてほしい、といった主旨のメールを送った。
その日の晩、凌介は母親の真理が運転する車で自宅に向かう途中も幻覚について考えていた。
「どうしたの? 今日は随分無口なのね」
真理が心配そうに凌介に尋ねた。
「あぁ、昨日泊まり込みでほとんど徹夜だったからさ、ちょっと眠たくて」
「そう。じゃあ、寝たらどう? 着いたら起こしてあげるわよ」
凌介は真理に幻覚のことを話してはいなかった。
——母さんは何か知っているのだろうか。
自分の頭に通信装置が埋め込まれているのであれば、画像診断で通信装置の存在も明らかになっていると思われた。だが、凌介はそんな話を医師からも両親からも聞いたことが無かった。
——帰ったら、父さんに聞いてみよう。
頭痛がすると言うだけでひどく心配をする母親に対しては下手な質問はしない方がいい、と凌介は考え、家まで眠ることにした。だが、父親にどう話せばよいものかと考え出すと、やはり眠れないのであった。
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