第12話
メディカル・ウェルネス・テック初日。会場は一万人近い参加者で賑わっていた。バイオラ社のカリスマCEOであるサミュエル氏によるオープニング・キーノートは大いに盛り上がり、幾度となく拍手や歓声が起きていた。最後にバイオラ社の新製品が参加者に配布されることが発表され、会場が興奮に包まれる中、キーノートは終了した。
「いやあ、あんなに盛り上がるとは思っていませんでした。アデルが言っていた通り、ゴダリア人はやっぱりノリがいいですね」
今回初めて参加した凌介もやや興奮しているように見えた。
「たしかに去年のヨーロッパの会場とは雰囲気が違ったわね」
この展示会に毎年参加している森田が答えた。
「そう言えば、森田さんはこの後ディスカッションに呼ばれているんですよね?」
「ええ、昨日の前夜祭で聞いた感じだと、なかなか面白そうなメンバーが集まりそうよ。出てみようと思っているわ」
「そうですか。ええと、たしか第二会場で開催されるんですよね。あそこの通路から出ればいいのかな」
第二会場へはメイン会場の二階にある出口から連絡通路を通って移動するのが近道であった。凌介も出口まで森田に付いて行った。
「じゃあ、ランチタイムに合流しましょう。後で連絡するわ」
そう言うと、森田は凌介の方を振り返って手を振り、第二会場へ向かって歩いて行った——それが、凌介が見た最後の森田の姿となった。
森田と別れた凌介は、本日開催されるフォーラムのスケジュールをスマホでチェックしながら、メイン会場二階の通路を歩いていた。参加予定のフォーラムまでは一時間程度の空きがある。凌介は、小林精機が一階奥で展示を行っていると言っていた小林の言葉を思い出し、次のフォーラムまで一階の展示コーナーを回ることにした。
二階から下りのエスカレーターに乗ると、一階の入り口付近にテレビクルーがいるのが見えた。今日もテレビクルーの中央に白いスーツを来たブロンドの女性が立っている。
——ミス・ゴダリアか。後でアデルに昨日のことを聞いてみよう。
凌介がそんなことを考えていたとき、会場にガラスの破砕音が響き渡った。
ガシャン!ガシャン!
一斉に悲鳴が上がった。そして、銃声——
バリバリバリバリ!ダダダダダッ!
左手の通路側を見ると黒い服装の男達がマシンガンを連射していた。
——マシンガン?
それは、現実とは思えない光景だった。さっきまでキーノートで歓声を上げていた人達が、マシンガンで撃たれ、血しぶきを上げて次々と倒れていく。皆が奥の方に逃げようとするが、マシンガンは容赦なくその背中を撃ち抜いた。
入り口付近にいたテレビクルーも全員倒れていた。ミス・ゴダリアの美しかった顔も額に穴が開き、白いスーツは赤黒く染まっていた。
凌介はしばらく呆然と立ちつくしていたが、前方から悲鳴を上げて近づいて来る人の流れで、ようやくエスカレーターを逆行して二階に戻る必要があることに気が付いた。凌介がエスカレーターを駆け上がっている間も後方の銃声と悲鳴が途切れることは無かった。二階まで戻った凌介は、連絡通路の方へ移動しようとしたが、そこからも銃声が聞こえてきた。連絡通路へ逃げようとしている人々が前方から撃たれ、次々と倒れていく。銃声がする方を見ると、マシンガンを連射しているのはまだあどけない少年のように見えた。少年は無表情のまま、目の前で命乞いをする人々を撃ち殺していた。
カシャン。
すぐ傍でガラスが割れるような音がした。音がした方を見ると火の手が上がっており、近くにいた人の服に燃え移っていた。慌てて服を脱ごうとしているが、火の回りが早く、悲鳴を上げながらどこかに行ってしまった。火は床のカーペットに燃え移り、さらに燃え広がろうとしている。
——俺も燃えてしまう。逃げなければ。
どうしてよいかわからず、凌介は近くのホールに逃げ込んだ。ホールの中には既に多くの人が身を隠していた。壁際に座り込んで涙を流している人、祈りを捧げている人、座席の下に隠れるように寝そべったまま動かない人——凌介も彼らに交じって壁際に座り、どうすればよいかを考えた。だが、よい考えは何も浮かばず、ただ、死の恐怖に怯えていた。扉の近くにいた男が机を移動して扉を塞ごうとしたが、別の男がそれを制止し、言い合いになっていた。
しばらくすると、ホールの入り口から煙が入り込み、ホールにも煙が充満し始めた。扉を塞ごうとした男も煙を見ると、諦めたように机を蹴飛ばした。凌介の周囲も徐々に視界が悪くなってきた。
——通路はもっと視界が悪いのではないだろうか。ひょっとすると煙に紛れて逃げることができるかもしれない。
銃声はいつの間にか聞こえなくなっていた。ホールの連絡通路に近い側の出口からは何人かが出て行った。凌介と同じことを考えたのかもしれない。凌介も彼らに続いて通路に出た。
思った通り、通路は視界が悪く、すぐ近くにいる人の姿しか見えなかった。遠くで銃声が聞こえたが、もう考えている暇は無い——凌介は身をかがめた姿勢で連絡通路に向かって走り出した。しばらく走ると、連絡通路への出口が見えた。出口を通過すると、煙の無い眩しい青空が視界に飛び込んで来た。
——よかった。助かった。逃げ切った。
連絡通路へ出た瞬間に撃たれることも想像していたのだが、連絡通路には黒い服装の男達の姿は無かった。凌介と一緒にホールから出た人々も無事逃げられたようだ。安心して走るのを止めたとき、後方で乾いた音がした。
カラン。
音がした方を見ると、握りこぶしぐらいの大きさをした、球状の鉛の玉が転がっていた。
——これは……手投げ弾だ!
慌てて走り出したが、もう遅かった。爆発音とともに凌介の体は吹っ飛ばされた。両足に激痛を感じる中、血まみれの人が倒れている地面が見えた。それが凌介が最後に見た景色となった。
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