第11話
「何とか間に合いましたね、森田さん」
「まぁ、遅れて来ても問題なかったんですけどね。でもザベル・タワーからの夕日が見れなくてちょっと残念ね。砂漠の砂で光が拡散して、なかなか幻想的なのよ」
「それは明日以降のお楽しみ、ですね」
凌介と森田はターランでの会議が終わった後、ナヘル国際空港で小林と別れ、飛行機とタクシーを乗り継ぎ、ザベル・タワーの展望台で行われる前夜祭の会場を訪れていた。前夜祭はビュッフェ・スタイルの立食パーティーであった。展望台の中央には特設のステージが設けられており、ゴダリアのミュージシャンのライブや司会を務める地元有名コメディアンの軽妙なトークによって、会場は盛り上がっていた。
凌介は森田に連れられ、企業の役員や学者に挨拶して回ったが、ほとんどが初対面で、とても顔と名前を覚えられなかった。挨拶回りに疲れた凌介が一人でビールを飲んでいると、後ろから声をかけられた。
「ヘーイ、早瀬サン、どうしました? 少しお疲れのようですね」
振り向くと、昼間とは違う高級ブランドのスーツに身を固めたアデルがシャンパングラスを片手に笑顔でこちらを見ていた。軽く酔っぱらっているらしい。顔は少し火照っていたが、ちょっと技術者にしておくにはもったいないようなイケメンだ、と凌介は思った。
「やあ、アデル。今日は移動ばかりで、さすがに疲れたかな」
「無事に帰って来れて良かったですね。心配しましたよ」
「いやあ、本当に。最初はいつ襲われるかとビクビクしてたんだけれどね、普通にいろんな人が生活している場所だった」
「そうやって油断していると背中から襲われるんですよ。突然、ダダダダッてね」
そう言ってアデルは機関銃を撃つ真似をした。
「やめろよ、悪い冗談だ」
「ハハッ……おや、ミス・ゴダリアの登場ですよ」
アデルの視線の先には艶やかなパーティードレスで着飾った女性がいた。ライン状に散りばめられたスパンコールがダウンライトに照らされて
「さすがに美人でしょう? 彼女、地元テレビのキャスターをやっているんですよ。今日も会場に来ていたんじゃないかな」
「そういえば、今日、テレビクルーに囲まれた白いスーツの女性を見たよ」
「それは多分、彼女でしょうね。ちょっと挨拶に行ってきます」
そう言って、アデルは行ってしまった。アデルならミス・ゴダリアと並んでも見劣りはしないかも、と凌介は思ったが、彼女は
展望台から見るゴダリアの夜景は息をのむ程に美しかった。眼下に広がるゴダリアの街は、
——俺達がこの天国に一番近い場所のパーティーで浮かれている間に、マリオンではどこかの村が襲われているかもしれないのか。
凌介は暗い顔でしばらく景色を眺めた後、ビールを飲み干した。
振り返ってパーティーの参加者を眺めると、誰もが楽しそうな顔をしているように思われた。NESの襲撃はマリオンのごく一部で起きている悲劇でしかない。
対岸の火事、だよな——凌介もマリオンのことは忘れようと、グラスを持って森田がいる場所へと歩き始めた。
だが、対岸の火事と言えたのはこの日までのことであった。
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