第10話
ジェイドでイルハン達と別れた後、凌介達は小林の車で首都ターランに来ていた。午後三時から共和党の国会議員サイードと会う予定になっている。ターランには高層ビルや外資系の著名なチェーン店も見られたが、古い建物も多く、ザベルに比べるとまだまだ発展途上の都市という印象を受けた。サイードとはオフィス街に近いホテルの会議室で会う予定になっていた。
ホテルの会議室に到着し、受付で森田が名前を告げると、白髪混じりの
「森田先生、わざわざマリオンまでお越し頂き、大変感謝しております」
「こちらこそお呼び頂いて光栄ですわ。今回は深川が参加できず、申し訳ありません」
サイードは深い
「いやいや、深川教授もお忙しい方だから。今日の会議は私の発案でしてね。あなたのような有識者の意見が聞けるのを楽しみにしておりました」
「有識者と言えば……こちらに小林社長もいらっしゃいますわ。ここまで私達を案内してくださったんです」
そう言って森田が小林の方を振り向くと、小林に気付いたサイードが、大げさに両手を上げて驚いたポーズをしてみせた。
「おお、小林社長。お忙しいところ、どうもありがとうございます」
「こちらこそ。うちのような小さい会社に声をかけて頂いて、ありがとうございます。今日はちょっと試作品もご用意してきたんですよ。後でお見せしますが」
「それは楽しみですな」
サイードは小林と握手を交すと、奥にいる凌介に気が付いた。
「おや、失礼、こちらの方は初めてお会いする方ですかな?」
サイードが森田に尋ねた。
「ええ、私の共同研究者で、早瀬と言います」
「早瀬です。はじめまして、お会いできて光栄です」
森田に紹介され、凌介も挨拶をした。
「サイードです。私もお会いできて光栄です。ええっと……あなたも会議に参加予定でしたかな」
「いえ、俺はちょっと……あまりお役に立てそうにないので、市内をブラブラと観光でもしようかと思っています」
通信技術に関しては、凌介は特別詳しいわけでもなく、有識者が大勢いる中で自分が役に立てるとは思えなかった。どうせ発言もできないなら、その時間を使って香織に買って帰るお土産でも探そう、と参加を辞退していたのであった。
「おや、そうですか。でも会議は二時間はかかると思いますよ。それにお一人だと危険な目に合われるかもしれない。お邪魔でなければ、うちのボディーガードをお連れになってはどうです?」
凌介は最初は一人で自由に行動するつもりであったが、昼間のNESの話を聞いて、少し心細くなっていた。
「ありがとうございます。実は、ちょっと不安だったんです。申し訳ありませんが、一緒に来ていただけると心強いです」
凌介がそう言うと、サイードはボディガードの一人に声をかけた。
「シャリフ、お前は早瀬さんに市内をご案内するんだ。年齢も近いだろう」
「了解です」
凌介よりも一回り体の大きいボディガードが凌介に歩み寄った。
「早瀬さん、彼はこの付近には詳しいから、観光でもショッピングでも、行きたいところをおっしゃっていただければ、どこでもご案内しますよ。どうぞ遠慮なくお申し付けください」
そうして、凌介は森田達とは会議室の前で別れ、サイードとともにホテルを出て、土産物を探しに出かけた。シャリフの話では、ホテルの近くには中世の時代に造られた
職業柄なのか、シャリフは無表情な男であった。短髪と胸板の厚いがっしりとした体格からは威圧感を感じるが、近くで見ると凌介よりも年下のように思われた。シャリフの横顔を見ると、こめかみには爪で肉をえぐられたような傷跡があった。この傷ができたのはボディガードという仕事によるものだろうか——凌介がシャリフの横顔を眺めていると、シャリフの方から話しかけてきた。
「早瀬サン、マリオンでは他にどこへ行きましたか?」
「今朝着いたばかりで、ゴダリア経由だったからあまり時間も無くて……ただ、国際先端医療センターには行きました」
「そこは、いつも森田先生が訪問される場所ですね」
「ええ。サイードさんと森田さんが出会ったのもあそこだと聞きました。そう言えば、政府からも資金援助が行われているんでしょう?」
「私には詳しい事情はわかりませんが、正確にはマリオン政府とゴダリア政府の共同出資です。両政府ともに最先端医療というものに熱心ですから。あなた達も明日のメディカル・ウェルネス・テックには行かれるんでしょう? あれもゴダリア政府が援助しているのはご存知ですか?」
詳しい事情はわからないと言うものの、このボディガードはなかなか政治に詳しいように思われた。
「ええ、それは知っています。でも、なぜそんなに最先端医療に熱心なんだろう」
「いくつか理由があると思いますが、昔はマリオンもゴダリアも疫病で毎年大勢の人が亡なっていたんです。今では原因不明の病気に感染した患者は、まず国際先端医療センターに搬送され、様々な検査を受けます。あそこには優秀な医師と設備が揃っていますから。どこでどんな病気が流行っていて、どう対処すればよいかという情報が国際先端医療センターに集約され、そこから地方の病院に展開されることになっています。また、抗ウィルス剤のような新薬の開発にも投資が行われるようになって、疫病による死者の数が劇的に減ったんです」
「なるほど」
「それと、ビジネスですよ。先進国には健康のために大金を支払う人がたくさんいます。日本は違いますか?」
「そうだなぁ、日本も高齢化が進んで医療費が膨らんでいますね。高額なサプリメントやフィットネス関係の広告もよく見かけるし、自分の健康に投資している人は多いかもしれない」
「日本の医療のことは実はよく知らないのですが、マリオンでは先進国でもやらないような最先端医療をやっていると思いますよ」
「ほう、どんな?」
「詳しいことは分かっていませんが、国際先端医療センターや鉱山病院では、特殊な治療を行っているようです。人体実験と呼んでいる人もいるようですが」
無表情なシャリフが一瞬顔を強張らせたように見えた。
「人体実験とは……恐ろしい言葉ですね」
「言い方次第かもしれません。あなた達の作った義手はどうです? 患者の体を使って実験をしていませんか?」
想像していなかった質問に、凌介は一瞬言葉を失った。
「……たしかにそういう側面はあるかもしれない。ただ、何よりも大切なのは患者さんが不自由なく過ごせることで、研究もそのために続けているんです」
「失礼しました。あなたは違うようですが、医者の中にも患者を第一に考えない人がいますからね」
そう言った後、シャリフは遠くに見える店の一つを指差した。
「あそこに見える黒壁のお店が、この付近では一番品揃えが豊富です。あなたの彼女が気に入るものがあればいいですね」
凌介達は店内に入り、一緒にお土産を物色した。店内には民族衣装や楽器、置物、お酒など、いろいろな種類のお土産が並んでいた。香織から拒否された木彫りの民芸品もあった。マリオンは物価が安く、お土産も安価なものが多かったが、ダイヤ等の宝石類は例外であった。凌介はさんざん悩んだあげく、日本でパワーストーンと呼ばれているような天然石を使ったブレスレットを購入して店を出た。その後、シャリフは近くの
「王が死んだときは、多数の
王の墓石の前でシャリフが凌介に言った。
「当時はそれが忠誠の証だったんですかね。今ではちょっと考えられないな」
「そうですね。でも当時はそうせざるを得ない事情があったのでしょう。生前も王の盾と呼ばれていた護衛隊がいたそうですよ。私のようなボディガードですね」
凌介は、シャリフ自身のことを尋ねてみた。
「シャリフ、君はいつからサイードさんのボディガードをやっているんですか?」
「サイードさんに雇われたのは一年ぐらい前ですね」
「へえ、それまでは何を?」
「いろいろです。親が死んでからいろんな仕事をやりましたが、どれも続かなくて。仕事が無くて犯罪に走りそうになった俺を救ってくれたのがサイードさんです」
「えっ?」
親が死んだ、犯罪に走ろうとした、と聞いて凌介は驚いた。シャリフの生い立ちには複雑な事情がありそうだ……突っ込んで聞いてよいものか凌介が逡巡していると、サイードが言った。
「サイードさんは、素晴らしい人ですよ。そのうちこの国を引っ張っていく人になる。この国を変えてくれる。私はそう信じています」
臆面もなくそう言い切ったシャリフの目には嘘も迷いも見られず、彼なら身を盾にしてサイードを守るだろう、と凌介は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます