第8話
地下の駐車場は満車に近い状態であったが、小林のワゴンはすぐに見つかった。車に近付くと、小林がノートパソコンを開き、電話をしている姿が見えた。休みで暇と言っていたが今日も仕事で忙しいのではないだろうか——そう思って凌介が立ち止まって見ていると、電話を終えた小林が凌介に気付き、声をかけてきた。
「おや、もう終わったんです? 森田先生はどうされました?」
「森田さんは病院の先生とまだ面談中です。私だけ先に抜けてきたんですが……お仕事中でしたか」
凌介がノートパソコンを見て尋ねた。
「いやあ、さっき、ちょっとテックに行っている連中から電話がかかってきましてね、最終チェックしてくれ、というもんだから仕方なく見ておったんですわ」
「そうだったんですか。本当にお忙しいところ、申し訳ありません」
凌介は頭を下げた。
「いやいや、そんなにかしこまらんでくださいな。そうだ、ちょっとお兄さんにも見てもらおうかと思っていたものがあるんですわ」
そう言うと、小林は運転席から出てワゴンの後方に回った。凌介も小林の続き、荷室のドアが開かれたときに目に入ってきたものは、一瞬、切断された人間の手足のように見えるものであった。
「これは……随分と精巧な義手と義足ですね。
「なかなかのもんでしょう? どうぞ触ってみてください」
言われた通りに凌介は義手を手に取ってみた。さすがに体温は感じられないが、触感も人の肌に近いものがあった。
「小林さんの会社ではこういったものの製造もされているんですか?」
「いえ、うちは電子機器がメインですけど、関連会社で素材の研究をやっているところもあるんですわ。こう言っちゃなんですが、アポロンさんのハイテク義手は見た目がロボットっぽいでしょう? 身に付けるには抵抗がある人もいると思いましてね」
「なるほど、こういった加工をすればその抵抗も無くなるでしょうね。ただ、カメラの配置や装置の小型化とか、今の構成だと厳しいかなぁ……」
「そういう課題を一緒に考えていけたら、と思っとります。デザインも人間の手足に近付ければいいというものでもないと思うんですよね。それ以上に美しいデザインというものもあるのではないかと。パソコンの中にも、ちょっとお見せしたいものがありますんで、助手席に回って頂けますか」
凌介は言われた通りに助手席に乗り込むと、小林からパソコンの動画を使って小林精機の工場や製品を紹介された。また、小林はマリオンの製造業が置かれている状況についても凌介に説明した。ここ数年、ゴダリアの企業が生産拠点としてマリオンを選び、新たに工場を建てたり、既存の工場を買収するといったケースが増えてきていたのだが、最近の政情不安によって企業のマリオン離れが進んできているという話であった。
「武装組織なんて、ホンマ勘弁してほしいですわ」
小林の話によれば、マリオンにはかつてダヌークという独裁者がおり、マリオン独立戦争の英雄として長年政権を掌握していたが、一部の部族に対する弾圧を始めたことから反政府運動が広まって失脚し、ゴダリアに亡命した。ただ、国民の中には現在でもダヌークを崇拝している連中がおり、彼らが結成したのがNESと呼ばれる武装組織ということであった。
「この辺りはマリオンの中でも裕福な人達が住んでいる場所ですが、貧しい地域には今の政府に不満も持っている人も多いんですわ。そういう人達がNESに参加しているんです。NESの方が給料がいいから、という理由で参加している連中もおるらしいですわ」
「そんな理由で武装組織に?」
「日本では想像できないかもしれませんが、マリオンでは、それだけ食うに困った人間がおるということです。麻薬の販売や強盗に手を染める者もおります。NESはそういった犯罪も組織的に行っておるんです」
そのとき、後部座席のドアが開いた。
「ごめんなさい、小林社長。すっかりお待たせしちゃったわ」
後部座席に座った森田が申し訳なさそうに小林に頭を下げた。
「いやいや、早瀬さんが年寄りの話相手になってくださったおかげで、あっという間でしたわ」
「小林社長からマリオンのことをいろいろ教えて頂いたんです。イルハン博士はどうされました?」
「マチルダとジェイドに向かったわ。小林社長、ジェイドでランチすることになったんですけど、よろしかったかしら?」
「ええ、何となく予想はしておりました。いつものコースですな」
小林はそう言ってパソコンを閉じ、シートベルトを締めて車を発進させた。
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