アフリカへ

第4話

 「ゴダリア? 聞いた事ないわね」

 少しがっかりしたような表情で言った後、宮國みやぐに香織かおりは食後のコーヒーを一口すすった。向かいに座っている凌介は頬杖をつき、唖然あぜんとして香織の顔を眺めていた。二人が週末のデートでよく利用するイタリア料理屋は、多くのカップルや女性客で賑わっていた。

 「俺も正確な場所はわかんないんだけど、アフリカの東側らしいよ。面積は小さいんだけど、お金持ちが沢山いるっていう……ほら、最近イタリアのサッカーチームを買収したって話があったじゃない? あのオーナーもゴダリアのセレブだよ」

 「知らなーい。私、サッカー興味ないし」

 右手で髪をいじりながら香織が答えた。

 「そうだった……じゃ、ほら、ザベル・タワーは? わしの顔の付いた超高層タワーなんだけど、それも知らない?」

 「それなら知ってるわ。あの砂漠の塔があるところなのね。でも、そんなところで大きな展示会をやるなんて意外だわ。てっきりヨーロッパでやるもんだと思ってた」

 OLの香織は、旅行会社のチラシを見つけては、ヨーロッパ旅行に行く、という計画を凌介に話していたが、休みが取れない、旅行資金を買い物に使ってしまった、などの理由でいつも計画倒れに終わっていた。凌介が海外の展示会に行くと聞いたときも、香織はヨーロッパに行くことを想像したらしく、第一声は「うらやましぃ―! 私も連れて行きなさいよ!」であった。

 「去年まではヨーロッパでの開催だったんだけど、主催の企業がゴダリアの企業に買収されたんだよね。それと、生体工学関係のベンチャー企業がゴダリアに増えてきたってのもあって、ゴダリア開催になったらしいよ」

 「へーえ、でもヨーロッパから参加する人も多いんでしょ。そんなところまで行くだけでも大変ね。大学もよく凌介の分までお金を出してくれたわね」

 「元々は深川先生と森田先生が行く予定だったんだ。でも深川先生がどうしても行けなくて、俺はその代理というわけ」

 「あのオネエ先生と二人で行くわけね」

 「その言い方はやめろって。俺一人じゃ不安だけど、森田先生は何度もゴダリアに行ってるから、今回もすごく頼りにしているんだ」

 「なるほど、相思相愛なのね」

 「やめろって」

 「冗談よ。四日間滞在するって言ったわね。そんなに何日も展示会を見るの?」

 「初日はまだ展示会は始まっていなくて、隣のマリオンって国に行くんだ。そこへも森田先生は何度か行ったことがあって、今回も知り合いの国会議員の人と会うんだって。二日目と三日目は展示会を見たり、講演を聞いたりって感じかな。四日目はもう帰るだけ」

 「マリオン? そこも聞いたことが無いわね」

 「俺もあまり知らないんだ。治安があまり良くないって聞いてるんだけど……」

 「ちょっと調べてみるわ」

 香織はスマホを取り出し、「マリオン」をインターネット上で検索し始めた。

 「……そこもずいぶん小さい国ね。ダイヤとか翡翠ひすいとか鉱物資源が豊富らしいわよ。言語は英語なんだって。意外ね」

 「そういえば、ゴダリアも英語なんだ。英語ならまぁ何とか話せるし、俺でも大丈夫かなって」

 「そう……でも元々はいくつかの原住民がいて、場所によっては英語は通じないらしいわよ。お土産にもナントカ族に伝わるとかいう木彫りの像や仮面が紹介されているわ」

 「じゃあ、お土産はそれにしよう」

 「お断りするわ。やっぱりダイヤかしらね」

 「ご冗談を」

 「フフン、楽しみに待ってるわ……あら、何か物騒なことが書いてあるわよ」

 インターネットのニュースサイトを見ていた香織の表情が曇った。

 「武装組織によるテロが活発化、ですって。NESっていう武装組織がいるらしいわよ。New Evolved Societyの略なんだって。何だか怖いわね。凌介、本当にこんなところに行くの?」

 「俺もそのニュースは気になったんだ。森田先生の話では、危険な地域はごく一部らしいんだけどね」

 「目的はゴダリアの展示会なんでしょう? なぜわざわざ危険なところに行くのかしら……断れないの?」

 香織はスマホから目を離し、大きな瞳で凌介を見つめた。

 「心配ないさ、現地の人が案内してくれるそうだし、一日だけだから」

 凌介もマリオンに行くことには気が進まなかったのだが、森田から、現地に詳しい人間がいるから心配ない、凌介にとってもマリオンのような場所を訪問することは貴重な経験になるから、と言って説得されていたのであった。

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