第3話
「凌介の姿が見えたわ。上野さんに誘導してもらっているみたい」
「ほう。あの子が研究室の紅一点か。随分と
後部座席にいた信彦が運転席の横から顔を出してきた。信彦は防衛省に努めており、普段は送迎に付き合うことは無いが、仕事が休みの日には、真理の代わりを務めたり、真理と一緒に凌介を迎えに来ることがあった。
「ええ。工科大学にはあまり見かけないタイプでしょ」
そう言いながら真理は運転席のドアを開き、凌介を迎えに行った。
「こんばんは。上野さん、いつもありがとうね。駅まで送っていきましょうか?」
「いえ、今日は自転車で来ているので結構です。ありがとうございます」
夕日に赤く染まった笑顔でアイが答えた。
「それじゃ、私はここで失礼します。運転に気を付けてお帰りください。」
会釈をしたアイの方に凌介が振り向いて挨拶を返した。
「ありがとうね。じゃあ、また来週。お疲れ様!」
アイと別れて凌介を助手席に誘導した後、真理も運転席に戻り、車を出発させた。
「お疲れ様。義手に感動してこの大学に入ってきたというのはあの子の事か?」
信彦が凌介に尋ねた。
「わっ、何だ、親父も来てたのかよ。そうだよ」
「今日は休みでね。母さんと買い物がてら、迎えに来たんだ。あの子が入学する前はそんなに義手の研究も有名じゃなかったんだろう? 女子高生が興味を持つとは珍しいな」
「女子高生じゃなくても珍しいよ。彼女が興味を持ったのは理由があって、あの子のお祖母さんが事故で右腕を切断することになった時に、主治医の先生が深川先生の知り合いだった関係で、うちの研究室の義手を提供することになったんだ。俺が届けに行ったときにあの子もいたらしいんだけど、義手の指先で自由に物を掴んだりできるのが不思議で、なぜこんな事ができるのか、と関心を持ったらしいよ」
「その時の凌介はマジシャンみたいだった、って言ってたわよ」
真理も会話に加わった。
「それに、うちの研究室ではお祖母さんのような人を助けるために研究を続けているんだ、ということを熱く語っていたらしいわよ。それに感動したんですって」
少々からかい気味に真理が言った。
「そんな事まで聞いていたのか。当時は義手を見た人の反応を見てちょっと得意になっていたところもあったかな……今になって聞かされると、青臭いというか……ちょっと恥ずかしい」
「まあ、いいじゃないか。そのおかげで優秀な後輩が入ってくれだんだろう?」
「たしかに、あの子が入ってくれて、かなり助かっているよ」
「考える足」プロジェクトは、東都工科大学の中でも有名なプロジェクトであり、参加希望の学生も多かった。上野アイや永井健は優秀な成績を収めており、研究への関心も人並み以上に高かったことから深川研究室のメンバーに選抜されていた。
「お前は当時の事を覚えていないのか?」
「お祖母さんの事は
「そういや、防衛省の方にも提供してもらったことがあったな」
「
「そうだ。あの時もお前は熱く語っていたぞ。濱田君は必ず普通の人間以上に働けるようになるってな。実際、彼は何の問題もなく働いているわけだが」
凌介は剛に義手を届けたときの顔を思い出していた。アイツは泣いていた。長い付き合いだが、泣き顔を見たのはあの時だけだ。嗚咽するように、ありがとう、と言ったときの顔は今でも脳裏に浮かべる事ができた。
「そういや、アイツとは最近会ってないな……」
「そうなのか。濱田君の部隊は近々海外に行くから、その前に会っておいたらどうだ。行き先はゴダリアとマリオンだぞ」
「えっ!?」
「任務の中には森田准教授の捜索もあるんだ。」
ゴダリア、マリオン——凌介は一度訪れただけだが、それによって人生は大きく変わってしまった。そこにさえ行かなければ、と何度悔やんだ事か。森田は四年も行方不明のままだ。今回の捜索でも見つかるとはとても思えなかった。あの事件の時、森田さんのいた場所では何が起きていたのだろうか……凌介は四年前の事を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます