Eighteen Cats 世界で一番大切なもの

 



 荒野の墓所に少女たちの鎮魂歌が響き渡る。歌声は急な斜面となった墓所を駆け抜け、地面に刺さったケルト十字の墓標をゆらしていく。

 海鳴りが、歌声のメロディになる。海猫が少女たちの可憐な歌声に合わせ、小さく鳴く。

 海猫が飛ぶ空は桜色に染まり、日が西へと傾いていることを終えてくれる。海は仄かな紅色に染まり、その果てにそびえる巨大な壁は赤朽葉色をしていた。

 さざ波が壁にあたるたび、小さな海鳴りが生まれる。その海鳴が鎮魂歌のメロディとなって、少女たちの歌声を彩っていく。

 チャコとハルが弔いの歌をうたいはじめてから、だいぶ時間がたっている。それでも2人は見つめ合い、歌うことをやめない。

 この歌は、チャコにとって謝罪の歌だった。

 ハルに会わせるという約束を果たせなかった、リズへの鎮魂の歌。リズの話を聞いたハルはたくさん泣いて、リズのために歌いたいと願い出てくれた。

 ――ごめんなさい。

 彼女は何度もチャコに謝った。ハイのように。

 そっとチャコは横にいるハイへと顔を向ける。ソウタと手を繋いだハイはぎゅっと涙をこらえ、ネコミミをたらしていた。

 ハイが自分のもとに戻ってきてくれたあと、たくさんの事があった。

 ハルに出会えず泣きそうになっていたチャコを見て、ソウタが立ち直ったこと。ケットシーを差別する鎮魂祭の観客が、ハルが歌うことを邪魔しようとしたこと。

 ――歌えば、いいと思う……。

 ハルを庇い観客と言い争うソウタに助け舟を出したのは、ハイのこの台詞だった。観客たちに怯え声を発せられなかったチャコの手を握り、ハイはチャコに言ったのだ。

 ――元気が、1番……。

 その声に励まされて、チャコは声を発することができた。鎮魂祭はみんなのものだと。みんなが歌っていい場所なのだと。

 結局、ハイが何を隠しているのかチャコには分からずじまいだ。でも、今はそれでいいと思っている。

 いつか、チャコはその秘密を知ることになる。自分は、きっとその秘密からハイを守ろうとするだろう。

 大切な弟が2度と悲しい思いをしないように。

 歌声がやむ。

 チャコとハルはお互いに微笑み合いながら、前を向いた。正面にあるケルト十字の墓標に向かい、2人は祈りを捧げる。

 西に傾いた夕陽が、ケルト十字に寂しげな陰影を与えていた。ふぅっとこみ上げてくる涙をこらえ、チャコはじっとケルト十字を見つめる。

 そのときだ。小さな子供たちの歌声が聞こえた。

「えっ?」

 思わずチャコは声を発し、周囲に視線を巡らせる。かすかだった歌声はだんだんと大きくなり、鐘の音とともに墓所に木霊していく。

 歌声は、マブの館がある島の西側から響いてくる。

「チビたち……」

 ハイの声がした。チャコは組んでいた手をほどき、後方へと体を向ける。ネコミミをピンとたて、ハイがじっと空を見上げていた。

 チャコたちの弟妹が鎮魂歌を歌っている。カリヨンの旋律に乗って、その幼い歌声はチャコのネコミミに染み渡っていくのだ。

 歌声を聴きながら、チャコはゆったりとハイのもとへと歩んでいた。ハイもまた、チャコのもとへと近づいてくる。

 側にやって来た弟を、チャコは力いっぱい抱きしめていた。

「姉ちゃん……」

 涙に濡れた三白眼がチャコに向けられる。

「ほら、ハイ。泣いてばっかちゃだめだよ……」

 こみ上げてくる涙をこらえ、チャコはハイに笑ってみせる。そっと唇を開いて、チャコは言葉を口にしていた。

「元気が、1番」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る