Twelve Cats ghosthunt
「うぅ……。眠い……眠い……」
「会いにいくって約束したでしょっ! 破るつもり」
「うぅ……」
ぐずるハイの手を引きながら、チャコは厳しい言葉をハイにかける。ハイは眠たげな三白眼を擦り、チャコを不機嫌そうに見つめてきた。
マブの施設が集まる港から、円卓公園へと続く道をチャコとハイは歩いていた。顔をあげ、チャコは道の右手に顔を向ける。
黒猫の看板を扉の上に掲げた漆喰の建物が眼に留まる。チャコは歩みを止め、その建物を見つめていた。黒猫の看板を見つめていると、数日前、ここで出会った少年のことを思い出してしまう。
――何が悲しいの?
そう尋ねてきた少年の、寂しげな蒼い眼をチャコは忘れることができない。
チャコは建物を眺める。
2つの高窓がついた漆喰塗りの建物は、ネコミミを生やした壁画の少女を想わせる。サクラママの歌声を持つ彼女は、何を思い少年とともにいるのだろうか。
「どうして、会いに来てくれないのかな?」
ぽつりとチャコは呟いていた。
猫妖精の森にいた女性は、少年が苛められていたことが原因だと教えてくれた。そのため、自分と同い年の子を見ると逃げてしまうのだそうだ。
でも、白猫とそっくりな歌声の女の子は、チャコとハイに会いたがっている。彼女が奏でてくれる歌がそれを教えてくれる。
それなのに、2人は会いに来ない。
「恐いんだよ……。一緒にいることが……」
ハイが小さな声で答える。チャコは、後方の弟へと振り返っていた。
「一緒にいたい……。でも……裏切られるんじゃいかって不安になる。傷つけるんじゃないかって……遠ざけちゃう。不器用な野良猫ってそんな感じだよね……」
しゅんとネコミミをたらし、ハイは建物の屋根を見つめていた。ハイと同じようにしゅんとネコミミをたらした鯖トラが寂しげにこちらを見つめている。
「うぅ……」
「うぅー」
元気のない鯖トラの鳴き声をハイは真似してみせる。ぱっと鯖トラは眼を輝かせ、優美な動作で屋根を降りてきた。くるくるっと喉を鳴らしながら、鯖トラはハイの足元にすりよってくる。ハイは鯖トラを抱き上げ、尋ねていた。
「お前……独りなの?」
「うなぅー」
小さな鯖トラは悲しげに鳴いてみせる。チャコはその猫が数日前に見た鯖トラだと気がつき、口を挟んでいた。
「その子、独りじゃないよ。茶トラと仲良さそうに一緒にいたのに……」
「どこいっちゃたんだ……茶トラ……」
「うなぁー!!」
突然、鯖トラがハイの手の中で暴れだす。ハイは鯖トラの体から手を離した。鯖トラは優雅に地面に着地すると、一目散に駆け去っていく。鯖トラが駆けてく方向には、ぐったりと地面に横たわる茶トラがいた。
間違いない、あのときの茶トラだ。
「うなぁー。うなぁー」
横たわる茶トラの周りを鯖トラは騒がしくうろついてみせる。それでも、茶トラはぴくりとも動かない。
「死んじゃったのかな……?」
じっと三白眼で猫たちを見つめながら、ハイは呟く。チャコは眼を見開き、ハイを凝視していた。
ハイは動じることなく、凪いだ眼で2匹の猫を見つめるだけだ。
――こんなボクを見ないで、チャコ……。
そう言ってハイが泣きじゃくっていた夜の出来事が、いまだに信じられない。
リズのところで一晩過ごしたあと、チャコは部屋へと戻った。
朝が苦手なはずなのに、ハイはきちんと起きて顔も洗っていたのだ。
そして一言、チャコに告げた。
――ごめんなさい……。
震える声で謝り、ハイはチャコに抱きついてきたのだ。小さく嗚咽を繰り返す弟を、チャコは優しく抱きしめることしかできなかった。
もう殺したくない。
悪夢にうなされていたハイはそう叫んでいた。1度だってハイは、そんなことをしたことなんてないのに。
あれはきっと悪夢にハイが唸されていただけだ。そう、チャコは思うことにした。
でも、妙に引っかかるものがある。
「あ……生きてた」
ハイの言葉に、チャコは我に返る。茶トラはむくりと上半身を起こし、鯖トラを器用に舐めているではないか。
「なんだ、寝てただけじゃん」
「そうじゃなきゃ……困るよ……」
苦笑するチャコに、ハイが重い口調で応える。チャコは思わずハイを省みていた。
ハイはすっと眼を伏せ、力なく俯いている。
「死んだら……終わりだもん……」
「ハイ?」
「姉ちゃん……ボクたちの塔が見えるよ……」
顔をあげ、ハイは坂の下に広がるマブの施設を指差してみせる。ひときわ高いチェンジリングたちの塔が、朝陽を受けて逆光を浴びている。影によって暗がりを与えられた塔は、不気味な生き物のようだ。
「あの塔って……お墓みたいだね」
眼を伏せ、ハイは言葉を紡ぐ。そっと彼は視線を塔から逸らした。
ハイは島の東に広がる墓所のことを考えているのだろう。そこでは13人の子供たちの墓石が風にゆられ、寂しげな音をいつも奏でているのだ。
からから。
からから。
その音がありありと思い出され、チャコはネコミミを伏せていた。
「本当に……お墓みたい……」
ぽつりと呟くハイの声が、ネコミミに響き渡る。じっと塔を眺めるハイの眼は、寂しげに塔を映し込んでいる。
「ぎゅー……」
「おうっ!」
そんなハイをチャコは後方から抱きしめていた。ハイは声をあげ、チャコに顔を向けてくる。
「ボク……寂しげに見えた?」
「うん」
「ごめん……」
「私たちの塔を、お墓だなんて言わないでよ。気味悪いじゃん」
「ごめん……」
「もう、ハイらしくないよ。ごめんばっかり言って。これから、会いにいく人たちがいるのに」
眼を怒らせ、チャコはハイに告げる。ハイはしゅんとネコミミをたらし、言葉を続けた。
「あって、くれるかな……。だって、円卓公園にいっても……誰もいないよ……」
「会えるまで通う。だって、約束したもの。会いにいくよって、サクラママの声の子に。だから、ハイとも約束」
そっとハイを放し、チャコは小指をハイに差し出す。
「約束……?」
「ずっと、私たちも一緒だよ。だから、ハイは寂しくなんかないの。恐いがあっても、お姉ちゃんが守ってあげる」
「姉ちゃんがボクを守るの……」
チャコの言葉に、ハイは眉間に皺を寄せてみた。
「何か、不満?」
「弱っちそう……」
「でこぴんっ!」
「うぅ!」
ハイの額に、チャコはデコピンをお見舞いしてやる。ハイは呻き、両手で赤くなった額をさする。
「痛い……」
「自業自得! 私、弱っちくなんてないし」
「うぅ……いじわる……」
「強いって言ってくれないかな? だから、一緒にいても恐くないよ」
ハイの顔を覗き込み、チャコはにっと八重歯を見せつけてやった。ハイは驚いたように眼を見開いて、チャコに抱きついてくる。
「ちょ、ハイっ!」
「姉ちゃんは……死んだりしないよね……?」
「何言ってるのよ。死ぬなんて、簡単にできないってっ」
「そうだよね……。姉ちゃんが死ぬはずない……」
顔をあげ、ハイはチャコに微笑んでみせる。苦笑を滲ませたハイの顔を見て、チャコは思わず笑っていた。ハイもまた、声をあげて笑い始める。
「行こう、私たちの友達に会いに」
「うん」
ひとしきり笑ったあと、2人は手をつなぎ円卓公園への道を歩んでいった。
「やっぱり、誰もいない……」
しゅんとした、ハイの言葉がチャコのネコミミに突き刺さる。わさわさと梢の鳴る音ばかりが公園には響き渡る。ハイを見ると、彼は残念そうにネコミミをたらしていた。
チャコとハイは円卓公園の入口にいる。
入口には、チャコの大きさの2倍ほどある猫の像が対になって置かれていた。その像の間に、チャコとハイは手を繋いでちょこんと立っているのだ。
「うー……」
寂しげに唸り、ハイはチャコを見つめてくる。
ハイの悲しげな三白眼が自分を責めているようで辛い。チャコはハイから顔を逸らし、無駄に明るい声を張り上げてみせた。
「ドンマイ。ドンマイ。まーだ、どっかにいるかもしんないもん。探してみようっ!」
「うぅ!」
ハイの手を無理やり引っ張り、チャコは円卓公園の中央にある桜へと向かう。桜の前にくると、チャコは円形の公園を一望した。
公園の端には12の桜が植えられている。この桜は、13人の子供たちを追悼して植えられたものだ。
中央にある1回り小さな桜が、灰猫の桜。それを取り巻くように植えられているのが、他の子供たちの桜だ。
公園を一通り眺めたチャコは、はぁと溜息をつく。ざっと見渡しても、自分たち以外の人間がここにいる気配はない。
「姉ちゃん……上……」
そのとき、ハイがぼそっとチャコに告げた。
「えっ」
「しー……。上……」
人差し指を口に充てたまま、ハイはネコミミで灰猫の桜を指し示す。りんとかすかに鈴の音がして、チャコは思わず桜を見上げていた。
大量の梢に隠れて分かりにくいが、二股に分かれた幹の上に何かがいる。眼を凝らしてみると、灰色と白色のネコミミを認めることができた。
「じっと、見ない……」
つんつんとチャコの肩をハイがネコミミで叩いてくる。チャコは視線をハイに戻し、言葉を続けた。
「どうしよう……話しかけても平気かな……」?
サクラママの歌声の少女は、自分たちに会いたがっているはずだ。
でも――
灰ネコミミの少年の悲しげな眼を思い出し、チャコは眼を伏せてしまう。
――何が、悲しいの……?
そう問いかけ、彼はチャコの前から逃げるようにいなくなってしまった。友達になって欲しいと猫妖精の森の女主人――彼女は、少年のお義姉さんらしい――には言われたけれど、彼はチャコを避けている。
「ちょっと……お芝居してみようか……」
そんなチャコに、ハイが小声で話しかけてくる。
「お芝居?」
「流した幽霊の噂……使えるかも……」
きらんと三白眼を得意げに光らせ、ハイは言った。チャコが少年に会った翌日から、ハイは妙な噂を弟や妹たちを通じて島中に流し始めたのだ。
13人の子供たちの幽霊が円卓公園に現れ、歌の練習をしていると。噂を流した理由をハイに聞いたところ、彼らに興味を持つ人間を増やすことが目的らしい。
噂に興味を持って円卓公園に確かめに行った人々から、何か情報を得られるかもしれない。もしかしたら、自分たち以外の人間が彼らに接触を図ることも考えられる。
そして最大の目的は、彼らが他の人間と会う接点を増やすことだそうだ。
サクラママの歌声の少女は、チャコとハイを始めとする他者に興味を持っている。だから、人と会う機会を少しでも増やしてあげれば、彼女が何かしらの反応を見せるかもしれない。そう考え、ハイは噂を流したという。
その噂をネタにお芝居をすることで、彼らの様子を探ろうとハイは言っているのだ。
「じゃあ……姉ちゃんから……アクション……スタート」
ひゅっとハイがネコミミをたらし、チャコに芝居の開始を告げる。
「え……あ……。ねぇ、ハイ。また、なんにもいないよ。やっぱり、幽霊なんだよ!!」
戸惑いながらも、チャコは大声を張り上げ、手をわざとらしく広げて見せた。
「姉ちゃん、煩い……」
「あうっ!」
そんなチャコの胸をハイが容赦なく手刀で叩いてくる。
「ちょと、ハイ……痛いよ……」
「我慢して……これは……お芝居だから……」
すまなそうに眉根を寄せ、ハイは謝ってくる。だが、チャコは見逃さなかった。ハイの口角が嬉しそうに吊り上がっているのを。
かすかに動いた頭上のネコミミを認め、チャコは怒りを押し殺す。顔に精一杯の笑みを浮かべ、チャコはお芝居を続けようと誓った。
桜の前に眼をやると、白いレース柄のシートの上に、ティーセットが一式広げられている。ティーカップの1つから爽やかな花の香りがする。その香りが気になって、チャコはティーカップに近づいていた。
「わぁ」
ティーカップの中身を見て、思わずチャコは声をあげていた。カップの中には、爽やかな香りを放つストレートフラッシュのダージリンが注がれていたのだ。
少年が逃げた後に、猫妖精の森の女主人が淹れてくれた紅茶もダージリンだった。弟がすまないことをしたと、彼女は自分のお気に入りの紅茶をチャコにご馳走してくれたのだ。
それと同じ紅茶が、ここにある。
たぶん、紅茶を持ってきたのは少年の方だろう。少女を喜ばせたくて、お義姉さんに紅茶を分けてもらったのかもしれない。
この紅茶にチャコが興味を示したら、2人は反応を見せてくれるかも知れない。
「ハイ、この紅茶美味しそうだよ」
チャコはしゃがみ込み、紅茶の入ったカップを手に取る。ダージリンの香りが心地よい。チャコはカップの縁に口をつけ、ちらっと桜の上を見つめてみた。
梢に隠れる灰ネコミミが激しくゆれている。眼を凝らしてみると、こちらを睨みつけている蒼い眼に気がつくことができた。
少年が怒っている。
「飲むなって……」
うろたえるチャコの頭を、ハイが思いっきり叩いた。チャコはカップを落としてしまう。中に入っていたダージリンがシーツにぶちまかれる。その惨状を目の当たりにして、チャコは思わず叫んでいた。
「痛い! 酷いよ、ハイ!」
「よしよし……。痛いの、飛んでげ……」
きっとチャコはハイを睨みつける。ハイはそんなチャコを気にすることなく、頭を撫でてきた。
「ふざけてるの……? ハイ」
「うえ……見て……」
小声でハイに語りかけると、ハイはひゅっとネコミミで桜の上を指し示した。そっとチャコは少年の様子を窺う。
彼はネコミミの毛を逆立て、今にも噛みつかんばかりに牙を剥き出しにしていた。
「刺激……しすぎた……。お芝居続けて……いったん引こう……」
「うん……」
怒りを露にする少年を見て、チャコは頷くことしかできない。チャコはごろごろとわざとらしく喉を鳴らし、ネコミミを気持ちよさげにたらしてみせた。
妙な視線をチャコは感じ桜の木を見上げてみる。少年に横抱きにされた少女のネコミミ、が寂しげにたれさがっていた。
眼を凝らすと、彼女は悲しげにこちらを見つめているではないか。
「姉ちゃん……そろそろ……」
「ハイ……」
「やっぱり……会っていかない?」
「うぅ!!」
チャコの言葉を聞いて、ハイがネコミミをぴーんとたてる。
「だって……」
「うぅー……ダメ……」
ハイは眉間に皺をよせ、チャコの手を引っ張ってくる。チャコは抵抗するように、その手を振り払おうとする。
「ほら、遅れちゃうからいくよ……」
ハイは気づかれないようにここから立ち去りたいみたいだ。困って、チャコは桜を仰いでいた。桜色に煌く少女の眼がチャコを寂しげに映し込んでいる。その眼を見て、チャコは思わず叫んでいた。
「やだー! 幽霊探すの!」
少女に会いたいという気持ちを伝えたい。その気持ちが、言葉になる。チャコの言葉に反応したのか、がかりと梢をゆらし少女が身を乗り出した。
「てぃっ」
「ぐふっ!」
そんなチャコの腹部にハイが思いっきり手刀を叩き込んでくる。激痛が腹部に走り、チャコは地面に膝をついていた。
ぐったりとしたチャコを、小柄なハイが背中に担ぐ。ずるずるとチャコの足を引きずりながら、ハイは灰猫の桜から遠ざかっていく。
「ちょっと、ハイ……」
「あとで謝るから……今は、黙って……」
「でも――」
「桜の……上」
不満を言おうとしたチャコの言葉を、ハイは遮る。チャコはそっと灰猫の桜へと顔を向けていた。
桜の上を見つめると、こちらを睨みつける蒼い眼が視界に飛び込んでくる。ひっと息を殺しながら、チャコは桜から顔を背けていた。
「あんなのに……会いたい?」
ちらりと、ハイが眼を眇めチャコを見つめてくる。チャコは小さく首を振っていた。
少年の恐ろしい眼が、頭から離れてくれない。それでもチャコは、円卓公園を後にすることに強い罪悪感を覚えていた。
少女の寂しそうな銀の眼が、忘れられなかったから。
ちりん
去っていくチャコのネコミミに、寂しげな鈴の音が鳴り響く。それでもチャコは、灰猫の桜を振り返ることができなかった。
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