第29話
その日の啓には妙な確信があった。
初花は、『秘密基地にいる』という確信だ。
だから、一目散に秘密基地に向かい、啓は走った。
商店街を抜けた辺りで、雨が更に強くなった。「本降りか」と啓は呟いて、更に足に力を込めた。
全力疾走を開始した。
数分後、神社に着いた啓は、懐かしい人物に会った。
「はあはあはあ……って、あれ、きみ、……ん、はあっ……こ、こんな夜中に危ないじゃないか!」
息も荒く啓が言う先には、いつかの幼女。
彼女は嵐の中、神社の賽銭箱の上に、ちょこんと座っていた。
やはり、前と同じ、赤い着物を着ている。
「ふふふ。おぬし、あの少女を探しているだろ?」
幼女はニヤッと笑った。
「はあ、はあ……って、なんでそれを!」
「見ればわかる。いや見なくてもわかるわい……。彼女は、おぬしの想像通りの場所におるぞ」
「っ! て、きみもちゃんと家に帰りなさい! 雨だし、寒いし、こんな夜中じゃ危ないぞ!
「……くすくす」
幼女はとても面白いといった感じで笑った。
なぜか、今の幼女の笑みは、ゾッとする凄みがあった。でも、啓は今それどころでないので、その事には気付かなかった。
「まあ、とにかくっ! 俺が初花を探したあと、きみもうちに返すから! ちゃんとそこにいなさいっ!」
「……その必要はないぞ」
「いいからっ!」
啓はそう言うと、更に秘密基地への道を走った。
走り去る啓の後ろ姿を幼女は見送った。
「若いもんはいいの。――どれ、わしもちょっとだけ力を貸してやろうか」
と幼女は呟いて消えた。
といっても、神社の裏山の、足下の悪い道を、だったので、思ったより辿り着くまでに時間が掛かった。
秘密基地を目前に、更に啓は困ったことになった。
土砂崩れ、である。
それを見た瞬間、啓はある気持を胸に抱いた。それは――足下から崩れ落ちるような絶望だった。
「初花ぁあああああああああ!」
啓は嵐の中を叫んだ。
しかし返答は聞こえない。
聞こえてくるのは雨の乱暴に降り注ぐ音だけだ。
「はつはなあああああああああああああああ!」
啓は何度も叫んだ。
しかし、何一つ聞こえてこない。
その時、啓は、自分の身を危険にさらしてもいいと、初めて思った。
そして、土砂崩れの場所を、突っ切って秘密基地の方へ行こうと思った。
足を踏み出した。
ずぶっと足が折れた木々と土砂の中に沈む。
啓は自分の足下をもう一度確認して、それでももう一歩踏み出そうとした。
その時。
「――飛べ」
不思議な声が頭に響いた。
そういえば、先程会った幼女の声に似ていると啓が思うより先に、身体が動いた。
後ろに下がって、助走をつけて。
ジャンプ。
その瞬間、啓の身体はフワッと浮いて、信じられないことに、土砂崩れの場所を飛び越えて、向こう側へ辿り着いていた。
「うええええええええええええ」
啓は自分の足が地に着いてから、つい叫んでいた。
驚きの余りの事である。
「――行け」
また不思議な声が頭に響く。必死な啓には、あの幼女の声だとは気付かなかった。
その声に導かれるように、ああ行かねば、とすんなり思って、啓はまた走り出した。
数分後、決死の思いをして秘密基地に着いた啓が乱暴にビニールを捲ると、やはり、そこには初花が居た。
真っ暗なテントの中に、一人で体育座りをしている。
「初花」
カッパの雨露を払いながら啓が声を掛ける。
その声に驚いて、びくっと震えた初花が啓を見た。
「け、けい……」
初花の顔を見てホッとした顔で啓はカッパを脱いだ。
「心配したぞ……こんな真っ暗で、危ないだろう。おまけに初花、外見てないだろ。すごい嵐だ。土砂崩れもしてたんだぞ。知ってるか?」
言いながら啓はランタンを点けた。ぼうっと辺りが明るくなる。
初花は啓の言葉に力なく、首を振った。
無言の初花を見遣って、啓はバックパックの中から、おにぎりと水筒を出した。
「ほら」
初花に渡す。
初花は一瞬、困ったような顔をしてから、受け取った。
「食べろ。どうせ、晩飯食ってないんだろ?」
「…………う。うん」
「俺が作ったんだから、有り難く食え」
「わかった……」
初花はおにぎりの包みを開き、もしゃもしゃと食べ始めた。
啓は初花の隣に座ると、水筒にお茶を入れ、手渡した。
「ありがと」
初花は受け取って、飲んだ。
「ちょっと熱いけど、ちょうどいいだろ。女の子が冷えるのはいけないんだって、死んだじいちゃんが言ってたぞ」
「そうか……」
お茶をまた一口飲んで、初花が言った。
「なんでここが分かった?」
じっと初花は啓を見詰める。
呆れたように啓は言った。
「お前に他に行く場所があると思えないだろ」
「……そうか」
初花は俯いた。
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