第28話
しかし、得てして、そういう時に嵐はやって来るものだ。
突然、啓の家電話が、けたたましく鳴った。
滅多に鳴らない電話の音に、吃驚して、啓は階段を駆け下りると、受話器を取った。
「もしもし」
「夜分遅くすみません、そちらは清和さんのお宅でしょうか?」
「はい」
「わたくし、松風あやめと申します」
「はい」
そう答えて啓は首を傾げた。そんな名前は記憶に無かったからだ。
「どちらさまでしょう?」
「ああ、やっぱり」
電話越しに嘆息が伝わってくる。
「何もお聞きでいらっしゃらなかったのですね。わたくし、涼教授の、あっ、いえ、初花さんのお父様の下で働いておりまして……この度、結婚することになり……、ええと、そうですわ、簡単に言いますと、初花さんの義理の母でございます」
「ああ、そうですか。……って、えええええええ!」
啓は、驚きの余り受話器を落とした。
そして我に返って、受話器を拾い直して、耳を当てた。
「驚かれるのも、無理はない事ですわね。涼さんったらほんと、なあんにも話していなかったなんて、わたくしも驚きましたものって、あら、話がそれましたわね。こちらの連絡先は、涼さん経由で知りました。なんでも、初花さんと一番仲が良いお友達という話でしたから……でも、まさか男の方だったなんて……あらやだ、わたくし、また話が逸れましたわね。ええと、そちらに初花さんは伺っては?」
「いいえ。初花はいませんよ。夕方、家まで送りましたが、ひょっとして、その後出掛けて、まだ帰っていないのですか?」
「ええ。そうなんです……。どうやら一旦夕方帰った後、涼さんが初花さんと話をしたそうなのですが、交渉が決裂したそうで、家を飛び出した、とか。……そうですか、そちらにもいないのであれば、また別の所を探すことにしますね。では、失礼致します」
そう、あやめが電話を切ろうとしたのを察した啓が、
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
と大声で止めた。
「……はい」
ほんの少しだけ驚いた声が受話器越しに聞こえた。
「初花が、いないんですよね?」
「ええ」
「ところで、初花が、いなくなった理由って何ですか?」
先程まで歯切れ良くペラペラ喋っていたあやめが言葉に詰まった。
そして、長めの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「…………多分、わたくしの事だと思います」
「あなたのことって?」
「わたくしは涼さんから、初花さんの話は良く聞いていたので、涼さんも話しているのかと思ったのですが――何も話していなかったみたいで……」
「ええと、何をですか?」
「ですから、わたくしが涼さんと結婚するということです。後妻に入るってことですわ」
「――ああ」
「涼さんはちっとも話していなかったそうで。きっと青天の霹靂だったのでしょう」
「そうでしたか……」
啓は深く肯いた。母親が亡くなってから、どうにも初花はファザコン気味であるように思えたので、その父がいきなり新しい女性と結婚、なんて事になるのは、彼女にとって大変なダメージだったという想像は容易かった。
「でも、それなら、自分が探した方がいいかもしれません」
啓は提案した。初花の事が心配だったし、何より、今動かなかったら、きっと後悔する、と感じたからだ。
「心当たりもありますし、とにかく初花の事は俺に任せてくれませんか?」
「でも……」
「初花は俺の大切な友達です! 俺なら探せるかもしれないから!」
電話越しについ叫んでしまい啓は、ハッとする。
「ですけれど、こんな夜分に、他所様のお子さんを一人でなんて……それに、失礼ですが、天気を確認しましたか?」
「え?」
「外を見て下さいな。嵐、なんですよ」
「え!」
啓は慌てて受話器を手にしたまま、カーテンを開けた。
外は土砂降りの雨だった。
「なんてことだ……」
そう呆然と呟いてから、しかし、キッと前を見据えた。
そして、電話に話し掛ける。
「そこをどうか! どうか俺に初花を探させてください! 初花には、多分俺が一番近いんです! 俺だって初花が心配で、電話を仮に切ったとしても、不安で眠れないし……いえっ! 反対されても俺は初花を探しますよ! きっと! 絶対!」
一気に捲し立てた啓の熱意が伝わったのか、
「……わかりました。そこまで仰るのならば、お願い致します」
と、あやめが答えた。
「でも、わたくしからも一つだけ条件があります。まだ未成年ですし、天気も悪いです。からら、危ないところには絶対に行かないこと。それから、あまり遅くなりすぎないうちに帰宅するという事、帰宅した旨の連絡をする事、以上三点だけは必ず守って下さいね。こちらの連絡先は……」
あやめの言葉に啓は慌てて電話台の抽斗を開けた。抽斗の一番上にはメモ帳がセットしてあるのだ。あやめの告げる連絡先を手早くメモして、
「わかりました。遅くとも十二時までには連絡して、それまでに見付からなかった場合は、俺は家に帰りますので!」
と言って電話を切り、啓は時計を見た。
現在、ちょうど八時。
タイムリミットは四時間。
啓は頭の中でシミュレーションをして、必要な準備を済ませて啓はバックパックを背負ってカッパ姿で走り出した。
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