第26話
――数日後。
秘密基地に先に着いた啓が、いつものように、ゆったりとした午後を過ごしていると、大きな足音と共に、乱暴にビニールを捲る音がして、血相を変えた初花が入ってきた。
「啓! おのれ私を謀ったなっ!」
「え、ちょ、何、何ですか?」
事態が飲み込めず、思わず丁寧語になる啓。
「これはグラビア写真集と言うんだろ! エロ本じゃ無いじゃないか! 嘘つき!」
初花は仁王立ちで、その手に写真集を摘まんでいた。
「なっ! どこでそんな知識を!」
初花の性格的にも交友関係的にも絶対にバレないだろうと思っていた啓は、それゆえ、初花の言葉に衝撃を受けた。
「さっきそこの中学生が話しているのを目撃したぞ! 私が読んでいるような本を持った子に、『だっせぇな~男なら、もっと大人なこっち、エロ本だぜ』と、もっと過激な本を見せ合っていたぞ!」
鼻息も荒く、初花は語る。
「え、ちょ、ま……」
「許せん! 貴様、腹を切れぇぇえええ!」
物凄い剣幕で初花は啓に詰め寄る。
「わー! ご、ごごごめんなさいいい!」
啓は手で頭をガードしながら、しゃがみ込んだ。
「いーや! 本物のエロ本を持ってくるまで赦さんっ!」
「ええ~!」
そんなやりとりをしているうちに、初花が閃いたという顔をして、食指を振った。
「おお、良いことを考えついたぞ! 今から啓のうちに行く!」
「? 俺んちに? なんで?」
初花は、にやあ、と目を細め、邪悪な笑みを浮かべた。
「――エロ本を探すんだよ」
その言葉に、一瞬、啓の思考はフリーズした。
「……。……! だめっ! だめだっ!」
部屋にある、各種のもっとヤバい本や危険な物を思い出して啓は首をぶんぶん振った。
「煩い! 黙れ! この痴れ者がぁ!」
「ああ~! ほんっと、ごめんなさい! それだけは勘弁して~!」
「無理っ! どうせ以前も行った事がある部屋だ! 男なら潔く諦めろ!」
爽やかな笑顔で初花は笑って、
「さあ、一緒に行こうか」
と啓の手を握った。
道中ブツブツと何やら言っている啓を無視して、初花はずんずん歩いた。
まるで婦警さんと、それに連行される犯人のような二人。
時は無情にも過ぎ去り、啓は初花に連れて行かれるままに家に着いてしまった。写真館は相変わらず、誰も居ない。
「鍵を開けろ!」
初花の命令に腹を括った啓は「ははぁ!」と応えると、鍵を取り出し、ドアを開け、電気を点けて部屋に入った。
階段を上がり自室に案内すると、部屋に入った瞬間に初花は大声を出した。
「さあ! エロ本を出せぃ!」
初花の言葉に、色々悟った啓は「……はいはい」と観念したように呟いて、
「――わかりましたよ」
と、カモフラージュ用のグラビア写真集を、ベッドの下に片付けてある箱から取り出した。
「はいっ!」
啓は箱を初花に進呈する。
「おお、ものわかりのいいやつよ。最初から素直にしていればよいのだ。フハハハハ」
悪代官のようなセリフで上機嫌の初花は、その箱から写真集を取り出し読み出した。
「……違う! これもグラビアじゃないか!」
「だから、うちにはそれしかないって」
「嘘を吐け! 男の部屋にはエロ本の一冊や二冊あるってお父様も言ってたぞ!」
「なんでそこで父親が出てくるんだよ!」
「昨日たまたま電話が掛かってきたので、聞いたのだ!」
「そんな恥ずかしいこと父親に聞くなあああ!」
「えーい! もう勝手に探させて貰う!」
売り言葉に買い言葉。
だが、しかし、啓は、ほくそ笑んでいた。
きっと探し出せないという、自信が、あった。
初花は手始めに、啓の机を漁り始めた。
全ての引き出しを開け、引き出しの奥や裏を確認し、何もないことを理解すると、次はベッドの周辺を探索した。しかし、そこにも目的の物は、なかった。
「うーん。見つからん」
初花は、そう言いながら、部屋を見渡した。まだ探していないのは、クローゼットだけ。
「クローゼット、か」
ふむ、と呟いた初花は、『クローゼット』という単語を自分が発した際に、ちょっとだけ啓の顔色が変わるのを初花は見逃さなかった。
(ここだな!)初花は閃いて、がばっとクローゼットを開けた。
啓は少しだけ警戒しながら、後ろで成り行きを見守っていた。
初花は中に掛けてある服を移動したり、奥を探ったりと、ゴソゴソと動いている。
そうして、ついにクローゼットの衣装ケースに手を伸ばした初花は、ケースの引き出しを引いては、中に入っている物を、外にポンポンと景気よく投げている。
辺りに、啓のトランクスや、シャツ、靴下などが、どんどん散乱してゆく。
そして。
「見付けた!」
初花が嬉しそうに声を上げた。
啓は、「あちゃーっ」小さく唸って、と頭を抱えた。
初花は発見したこと自体がとても満足なのか本を抱えて、ごろごろ転がった。
――そう、散乱する衣類の上で。
喜びから、我に返った初花の目の前には、丁度、啓のトランクスが鎮座していた。
「きゃあっ!」
初花は小さく悲鳴を上げた。
「自分で触っておいて……その反応ひでぇな、おい……」
はぁ、と溜息を一つ落として、啓は苦笑いしながら、手を差し出した。
その手を素直に握って、初花は体を起こしてもらう。
「ありがとう。えーっと、こほん」
初花は気を取り直すように咳払いをした。
「私は、ついに、封印されしエロ本を発見した! 隠し場所は、クローゼットの衣装ケースの中の衣類の下だ! 上に物を置いて隠すなんて基本的な事をするとは、啓も、まだまだ甘いな!」
そう初花は続けて、発掘した本を三冊広げた。
「ふっふっふっふ」
初花は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「エロ本とは、ズバリ、これだな!」
ドヤアと、手に持ったエロ本を啓に見せびらかした。
「……あー、もう、そうだよ! そうですよ!」
啓は、そう言って、また深い溜息を吐いた。
「ふふふふふ。これからじっくり読ませて貰おう」
そう宣言した初花は、一冊のページをめくり始めた。
「……!」
そして、ぼんっと爆発する音が聞こえるような感じで、初花の顔が急に赤くなった。
「だから、言っただろ……」
啓は呆れたように呟いて、初花から本を取り上げようとした。
しかし、初花は掴んで離さなかった。
「こっ、ここここここっ、これは没収だ!」
そういって、啓の手から本をひったくるようにして、抱きかかえた。
「えっ!」
予想外の言葉に、啓は目を丸くした。
啓の動きが固まっている隙に、手早く初花はエロ本を三冊とも鞄に入れた。
「じゃあ、明日学校で!」
一方的に挨拶して、真っ赤な顔の初花はダッシュで帰宅してしまった。
啓は、初花の素早い動きに、ただ見送るしかできなかった。
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