第22話

 初花が、いい加減説教を聞き疲れた頃、啓自身も説教疲れを感じ、なりゆきで二人は御飯を一緒に食べることになった。

 啓はササッとベーコンをカリカリに焼き、スクランブルエッグを作り、レタスとトマトを盛りつけ、パンを焼き、果物を切りブレンダーに入れ、ジュースを作った。

 初花は何か手伝おうか訊いたものの、「とりあえず座ってろ」と言われたので、大人しく座って、啓の料理を見ていた。

 全てを机に配膳し終えた啓が椅子に座った。

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 啓が食べ始めたのを見て、初花も食べ始める。

 少し食べてから、初花が手を止めて啓を見た。

「啓は料理も出来るんだな」

「ん。あー、そうだな。うち、両親が仕事で殆ど家に居ないから、自然と自分で作るようにはなったって感じかな……ま、そんなに凝ったのは作らないけど」

「すごいな。でも、これ美味しいぞ」

「そっかー? ま、ありがとな」

 啓は笑って答えた。

「初花は、料理するの?」

「うむ……まあ一通りは、母に仕込まれた」

「へー。得意料理は?」

「豚汁……」

 なんだか少しだけ恥ずかしそうに初花は言葉した。

「おー豚汁かー。うまいもんな」

「うん! 母様の直伝なんだ」

「そかそか、それはいつか食べてみたいな」

「うむ! 今度披露してやろう!」

 そういうと、初花は又もぐもぐと食べ始めた。その様子を見てから、啓も食べるのを再開した。


「ごちそうさまでした」

 二人で言い合って、啓は立ち上がった。

「初花、洗っとくから、食器渡してくれ」

「わかった」

 啓は食器を洗い始め、そこへ初花が食器を持ってゆく連係プレーで片付けた。最後の皿を水切り籠に入れて、啓はタオルで手を拭きながら言った。

「んじゃ、そろそろ出掛けるから初花も準備しろ」

 啓の言葉に初花は慌てて短く叫んだ。

「待て!」

「?」

「と、友達の家だろ! ここ」

「? いや、俺の家だけど?」

「だから、私の友達の家!」

「ああー」

 納得したように啓は頷いていった。

「そだな」

 その言葉に初花は激しく頷いてから口を開いた。

「だろう! だから、お前の部屋でアルバムとか見せろ!」

「・・・・・・え?」

「だ~か~ら~アルバム!」

「ええ? なんで?」

 啓が素っ頓狂な声をナチュラルに漏らした。

「だって! 友達の家って行ったことないもん! 憧れなんだ! そういうのしたいの!」

「は、はぁ?」

「なので、やろう! 今すぐやろう!」

「秘密基地は?」

「終わってから!」

「それでいいの?」

「だって、せっかく家に来たんだ、やらないといけない!」

 初花の鼻息が荒い。それに、なんだか妙にギラついた目をしている。

「・・・・・・わかった。いいよ」

 啓は凄く複雑な表情で承認した。短い付き合いだが初花がこう言ったら引かないのを知っているからだ。

「おお! ありがとう!!!! さすが魂の友!」

 初花の上機嫌を見られた事で、啓はモヤッとした気持を納得させた。

 部屋で寛ぐ初花に、(自分の部屋かよ!)とツッコミを入れながら啓はアルバムを引き出した。

「はい」

「ありがとう」

 ニコニコ笑う初花はページを捲る。

「あ! これか!」

 中学のアルバム写真の、三年二組のクラス集合写真の啓を指して初花はニコっとした。

「そうそう。ってか恥ずかしいからあんまり見ないで……」

 啓は顔を逸らした。

「ふーん」

「あ、そだ、昨日会ったのは、この時のクラスメイト」

 ほら、と啓が指した場所には昨日の山田。

「ほんとだ。クラスメイトだったのか」

「しかし恥ずかしいな。俺の写真なんて」

「へぇぇ~」

 初花はそう言って、ニヤニヤページを捲る。

 数ページ進んで、そして、凄く腑に落ちない顔をして初花は口を開いた。

「啓の写真、集合写真と、個別の写真以外ないけど、なんで?」

「あーそれは、いっつも撮る側だったからじゃない? 俺ずっとカメラ係よ?  あと写真に撮られるの俺、嫌いなの。だから、俺の写真、家族写真だって俺は映ってないよ」

「それは妙だな……啓は自分が撮るのは良くても、被写体になりたくないの?」

「そそ。そういうこと」

「うーん」

 初花は腕を組んで下を向いて唸った。

 そして、急に顔を上げた。

「なんで?」

「なんでって?」

「なんで啓は写真撮るのは好きなのに撮られるのがイヤなんだ?」

「そりゃ自分を映したくないから」

「でも、写真のジャンルにはポートレイトとかあるぞ?」

「ヒトはいいの。でも自分はイヤなの」

「うーん。それって距離があるぞ?」

「距離?」

 啓は少しだけギクっとした。そういえば以前、赤い着物の幼女にも同じ事を言われた気がする。

 頭の中に幼女の言葉がリフレインする。

「そうだな……啓はヒトを内面にいれないのか?」

「内面って?」

「ほら、誤魔化した。啓は他社と壁を作るタイプだってことだ。お前“見かけ”はフレンドリーだから皆騙されると思ったのか?」

 初花の声が鋭い。

「あー」

「啓は、傍観者に成りたいのか?」

 傍観者、という言葉が啓に刺さる。初花は更に続ける。

「お前はカメラで他社とセカイを切り離しているのか?」

 啓は黙り込んでいる。

「いや、違うな」

 初花は言葉を切った。

 じっと啓の目を見据えて重々しく口を開いた。

「お前は、他人が怖いんだな。わざとカメラを理由に傍観者でいるんだろ?」

「……」

 啓はグッと声に詰まって、喉が非道ひどく乾いて、なんだか眩暈のように目の前が白くなってきた。

「啓には、やっぱり友達がいないんだな」

 妙に初花はキッパリと断言した。

 啓は、言葉を失った。

「最初、わたしとお前は似ていると思った。でも、それは気のせいだったんだな」

 ちょっとだけ初花は残念そうに溢した。

「――なあ、啓? わたしはお前の何だろうか?」

 初花の言葉を全部聞いてから、啓はトイレに駆け込んだ。


 トイレから戻ってきた啓は、少しだけ取り繕った。

「初花。秘密基地作りに行かないか?」

 きちんと正座して啓を待っていた初花は啓を見上げて言った。

「おう!」

 そう言って、ニコニコと自分の持ってきた鞄を手に立ち上がった。

 お互いに先程の話の続きをする気はなかった。

 暗黙の了解のように、それは二人の中で“なかったこと”のようにされていた。


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