第19話

「そして、啓の罰は、ここで買い物したものを持って帰って、秘密基地製作をするときに持ってくる事だ!」

 ふははははは、と初花は高らかに笑い、対照的に啓は、しょんぼりとした。

 (そうか……罰って……デートって……現実はこんなもんだよな……)。

 啓はしんみり、心で思った。

「さ、入るぞ! 今度作る基地の材料買うぞ~! あ、お金の心配はしなくていい! お父様から軍資金を貰ったから!」

 ニコニコ笑う初花は財布から五千円札を取り出して、自慢気に見せびらかした。

 啓は、それを見て、「はあ」と、あからさまに溜め息を吐いた。

「な! なんだ! その反抗的な態度は! 罰なのに、私がお金払ってあげるのに! もっと、喜べ!」

「あー。はいはい。すごいです。素晴らしいですね」

 感情の籠もらない声で啓は答えた。

 初花は啓の様子を見て、「うーん」と考え込んだ。

 そして、

「……なんかいつもと違うけど、啓、ひょっとして、お前、熱でもあるのか?」

 心配そうに啓の顔を覗き込んだ。

 いきなり至近距離に女性の顔が近付いたものだから、啓はビックリするやらドキドキするやらで、体は金縛りのように動かず、しかし、顔だけは真っ赤に成った。

 そのため、初花の疑惑は確信に変わった。

「なんだ、お前、やっぱりそうなのか! 道理で今日、変だったわけだ。病人なら病人と言ってくれれば、休ませたのに! この予定だって延期できるものだし……」

 初花が心配して、どんどん話を間違った方向に進めていくので啓は慌てて叫んだ。

「違う! 別に熱でも何でも無いし、体調はすこぶる良いから気にするな!」

「そうかーそんな風には見えないぞ……」

「いいから!」

 啓は押し切るように大きな声で言って、初花の手を強引に掴んでホームセンターに入っていった。

 初花は急に啓に手を握られて真っ赤に成った。

 しばらく手を引かれるままに初花は啓と歩いた。

 啓は頭に血が上っていたため無言で歩いていたが、歩いているうちに、ふと、初花と手を握って歩いているということを再認識して、真っ青になった。

「あ、ご、ごめん!」

 パッと初花の手を離した。

「……? あ。いや、気にするな」

 初花も、ちょっと赤い顔で答えると、なんだか、もじもじと、言葉を継げなくなった。

「……………………」

「……………………」

 なんとなく二人で見合った状態――初花は下を向いていたが、体勢はは向かい合ったままだった――まま、時間が過ぎた。

 これではいけないと、啓が口火を切った。

「……えっと、初花は何を探しているの?」

 ぱっと顔を上げた初花が、

「ビニールシート!」

 と言った。

「ビニールシート?」

 疑問に答えるかのように、初花は鞄から、バッと啓の走り書きした秘密基地の設計図を書いた紙を出した。

「ああ、これの……わかった」

 啓は頷いて必要な道具を選んで、取ってきたカゴに入れる。

 園芸用品売り場を抜けて別の売り場に移動しようと思い通路を歩いていたら、不意に声が降った。

「あれー? 啓?」

 振り向いた啓は、そこに中学の同級生の顔を見付けた。

「ああ! 山田!」

「やっぱり啓だ! 久し振り! 元気してたか?」

「……おう、元気だったぜ。お前も元気そうで何よりだ」

「っていうか、どうしたんだ? こんなとこで」

 会話している二人の所へ、後ろから初花が合流した。

「啓! あったぞ。って……」

 語尾がフェードアウトする初花を見て、山田は一瞬驚いてから、にやっと笑った。

「なんだよ~デートかよ! いいなーリア充は!」

「いやー、そんなんじゃないよ……ちょっと、色々あってさ、部活の買い出しっての?」

 山田は啓の荷物を見た。籠の中にはビニールシートを筆頭とした、とてもデートするカップルの買い求める品ではないものばかりが入っていた。

「ああ、そっか、ははっ。わりぃわりぃ! 買い出しの荷物持ち、頑張ってな!」

「ありがと、じゃあ、またな」

 啓は強引に会話を切り、「初花、着いて来て」と、その場を後にした。

 程なく、初花が訊いた。

「今の、誰だ?」

「中学の頃のクラスメイト……。ごめんな、変なヤツに絡まれて」

 苦笑いして啓が答える。

「友達なのに、もっと会話しなくていいのか?」

「……いや、友達じゃないよ。単なるクラスメイト。俺に友達いないし」

 言い切る啓に初花は傷付いたような顔をした。

「初花は……友達じゃ……ないのか?」

 それは本当に小さな声で、啓には届かなかった。だから、啓は聞き返した。しかし、

「もういい!」

 と初花は答えて、勝手にズンズンと歩き出してしまった。啓は慌てて初花の後を追った。


「さて、と。これで全部かな」

「うむ」

「じゃ、会計するか」

 啓と初花はレジに並ぶ。順番が来て、会計が終わり、ビニール袋に荷物を詰め終わった啓は、提案した。

「初花、この後、時間ある?」

「むむ? あるが……なぜ?」

「いや、ちょっと疲れたし、お茶でもどうかなって思って」

 啓の言葉に初花は少しだけ考え込んでから言った。

「……お茶! いいな。そうしよう!」

「じゃあ、ここから近くて雰囲気良さそうなところに入ろうか」

「うむ!」

 啓は上機嫌な初花を見て、心の中でガッツポーズをしていた。

 カフェでお茶という、ナイスな自分の計画が上手くいって、自然と笑みが溢れた。啓は心の中の興奮が隠せなかった。

 実は彼にとって、こういう気持は珍しくて初めてのものであり、傍観者を決め込んでいる自分以外の自分を初花に引き出されているということに、啓は未だ気が付いていなかった。

 そんな啓の様子を見て、対する初花は嬉しくなった。

 しかし、彼女の観点は著しくズレていた。

 (と、友達っぽい! 充実してるぞ!)と初花は心の中で思い、更にニコニコした。

 昨日調べたカフェのうちの一軒に入り、運良く席に座れた啓と初花は、とりとめのない話を楽しそうに言い合っては、ちょっとした事で笑っていた。




「じゃあ、明日から基地作り、一緒に頑張ろう!」

 嬉しそうな初花を家まで送ると、ぶんぶんと初花は手を振った。

 手を振り返し、初花が玄関に入ったのを確認してから、ゆっくりと啓は手を下ろした。

「……明日から基地作りかー忙しくなるなあ」

 と独り言して、空を見上げた。

 夕焼けは、いつもより何だか、清々しかった。

「さー、帰るか」

 啓は買い物袋を提げたまま、歩き出した。

 女の子に荷物を基地まで運ばせるなんてことは出来ないので、明日の基地作りに必要な道具は啓が持ってゆくことになったからだ。

「しかし、恰好つけたはいいが、これ……結構重いな」

 啓は苦笑いしながら、家路を急いだ。


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