第18話

 神帰駅は混雑していた。観光客と思しきバックパッカーと学生達で、ごった返していた。

 人の通行の邪魔にならずに、且つ、必ず初花を見付けられる位置を啓は探して、移動した。隅とは言え、改札の前なので、ここなら初花も見付けられるだろうと、駅を行き交う人を観察しながら啓は待った。

「……あと、十五分か」

 啓は時計を見ながら、つい呟く。

 そこへ、初花が現れた。

 きょろきょろと、いかにも人を探していますといった風情で辺りを見回している。

 啓は、初花の方へ動いた。

 目が合った。

「お。啓。ちゃんと来たな! 殊勝な心掛けだ」

 初花は、にっと笑った。

「初花も、早いな」

「うむ、我が家は十五分前行動を基準にしているのでな」

 ふふん、と初花は答えた。

 そんな初花は、半袖のパフスリーブの可愛らしい水色のミニワンピースに、黒のホットパンツ。白いショートブーツに茶色のショルダーバックを肩に掛けていた。

 ミニワンピースはスカートの部分がギャザーを寄せていて甘すぎないけれど、女の子らしい愛らしさに溢れていた。

 初花の今日の姿を見て、啓は心の中でガッツポーズをしていた。

 何故なら、初花のショルダーバックの掛け方が俗に言う『パイスラッシュ』だったからだ。

 啓は(うおお! パイスラ!)と胸中で熱く叫んでいた。

「さて、啓にも合流したし、電車に乗ろう」

 初花の声に、我に返った啓は、取り繕うように咳払いをした。

「……オッケー。でも、行き先はどこなんだ?」

三冬さんとう駅だ」

「やっぱり、三冬駅か」

「なんだ、気付いていたのか」

 驚いたように初花が言った。

「そりゃそうだよ」

 啓がそう答えたのには理由がある。

 三冬駅は、最寄り駅の中で一番、栄えているからだ。

 大学や高校も多く、商業施設や、映画館、お洒落なカフェも多いため、この付近の人達は、ちょっとしたものを買いに行く時やデートは、そこに行くことが多いのだ。

 そのため、更に啓はニンマリとした。

 つまり、初花はデートに自分を誘い、きっと映画館に行くつもりだ、と勝手に確信したのだ。

 (もう、初花は素直じゃないな~)なんて考えて、ニマニマ笑う啓を見て、初花は変な顔をした。

 啓の心の中の想いは、顔にダダ漏れていた。

 そして、タチの悪い事に、啓はそれに気付いていなかった。


 切符を買って、ちょうど来た電車に揺られること三十分。

 啓と初花は目的地、三冬駅に着いた。

「着いたな。こっちだ」

「はいはい」

 初花の案内するまま、啓は着いて行く。

 改札を出て、隣を歩く初花の手元にばかり啓は目が行く。

 (手、繋いでもいいかな)と、チラチラ初花を見る。

 当の初花は、そんな視線には気付かず、ずんずんと歩いて行く。

 女性にしては早足な歩き方に、啓は歩く速度を速める。

「初花~、どこ行くんだ?」

 一応、啓は確認のために声を掛ける。

「ふん! 罰だから教えてやらん!」

 初花は目線だけ啓を見て、口元に意地の悪い微笑みを浮かべた。

「ふーん。わかった」

 啓は口先で答えつつ、(あ、さっきの初花、流し目だった)などと余り関係のないことを考えていた。

 しかし、啓の考えは、数分で砕かれた。


 映画館のある商業施設をスルーした初花を見ても、まだ余裕だった啓は、その後、二軒の映画館も涼しい顔をして通り過ぎた初花を見て、さすがに嫌な予感を感じた。

「ね~初花ちゃん、どこに向かってるの?」

 啓がご機嫌を伺うように問う。

 一瞬眉を顰めてから「ちゃん付けとか気持ち悪いな。教えない」と初花は目も合わせずに答え、さらに歩く速度を速めた。

「もうそろそろ店もなくなってきたよ」

 啓が辺りを見回しながら告げる。実際、駅の近くのお店が密集している場所から離れたため、ビルやマンションが多くなってきた。

「もう少しで着くから、黙って着いてこい!」

「ええ~」

「男に二言は無いはずだ!」

「う、うーん……」

 初花に返す言葉の無くなった啓は語尾を濁らせた。

 そうこうしているうちに、啓の目の前に大きなホームセンターが飛び込んできた。

「ホームセンター?」

 啓は、ホームセンターの入り口に向かう初花に声を掛けた。

 入り口前で足を止めた初花は、華麗に振り返って、仁王立ちした。

「ふふふ! そうだ! 今日の目的は、ここで買い物をする事だ!」

 と、宣言した初花は、更に付け加えた。

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