第15話

「ああ。これ? 俺の持ち込んだエロ本だよ!」

 そう大きな声で、にこやかに答えた。

 ――そう、啓のテンションは破壊されていたのである。

 秘密基地に久し振りに来て、自分の作った頃と変わらぬままの姿に感動した啓は暴走していた。

 普段なら女の子に対して、そんな事、絶対に、何があっても、あっさり言わないはずなのに、つい、ついつい口が滑ったのだ。

 しかし、啓はそれを大事だと、その時は考えていなかった。

 自分の持ち込んだエロ本の確認で、頭がいっぱいだったのである。

 啓とは対照的に、初花は暫く何やら考え込んだ。脳漿でエコーするエロ本という単語……。

 そして、顔を上げると啓の方を見て言った。

「秘密基地にはこういうものを置くのが普通なのか?」

 神妙に聞かれて、啓はハッとした。

「あー……えーっと、……あー、うん。そ、そうだな。まあ、俺が秘密基地作ってたときは、置いてたな……みんなで持ち寄ったりして……」

「だから、本が増えているのか?」

 いつの間にか他のエロ本を手にした初花が、啓に質問した。

「あー。えーと、多分、ソウミタイデスネ……」

 啓は、とんでもない地雷を踏んだ事に、やっと気付いた。

「ということは、今でも、ここを誰かが利用しているんだな?」

 初花は確認するように更に尋ねた。

「ソウミタイデスネ……あ、そっか――秘密基地って、誰かに使われてたら、もう駄目だもんな。俺らは新しく作ろう」

 ちょっとだけ話題が逸れた気がした啓が、更に話題を逸らそうと提案した。

「勿論、そうだな。新しく私達の秘密基地を作るのだ。ここを元にするのもいいな」

「そうだね。じゃあ案でも考えようか。とりあえずここは、子供達に見つかる前に出よう」

 そそくさと啓はエロ本を元の状態に戻し、外に出た。初花は、その後ろをついてきた。

「さ、今日はもう遅いし、各自家で秘密基地の構想でもしようか!」

 わざとらしい明るい声で啓は宣言し、初花の方を見た。

 そこには思案顔の初花が居た。

「ん、あれー? 初花? 聞いてる? もしもし? おーい!」

 啓が何度か声を掛けるが、初花はずっと沈黙していた。

 どうしようか考えて、「初花ー?」と、ちょんちょんと肩を叩いた。

 ――しかし、反応がない。

 (もしかして、この子は考え出すとこうなるのか?)と啓が思い、さあ、どうしようかと考えていると、初花が、ポン、と自分の手を叩いた。

「よし分かった! 私達の基地にも置こう!」

 にっこりと初花が啓を見て笑った。

 啓は、訳が分からない。

「え、何を?」

 と初花に訊いた。

 すると、初花は、輝く笑顔で、凄まじい事を宣った。

「エロ本だよ。エロ本を私達の秘密基地に置くんだ! 選定は啓に任せた! 良い物を頼むぞ!」

 今度は初花が啓の肩をポンポンと叩いた。

 それはまるで「頑張ってくれ。君の働きに期待する」と部長が新入社員を激励するような動きだった。

 そして、この初花の発言のせいで、というか、元を辿れば自分の失言のせいで、その夜、懊悩する啓の姿があった。


 翌日。啓は真っ青を通り越して真っ白な顔で登校した。

 徹夜でエロ本を選んでいたのだ。おまけにそれを幼馴染みの小春に知られ、生暖かい眼差しで見られた。

 小春に見られたと言うことは、その家族にも筒抜けて、そしてそれは自分の父母にも筒抜けになるという三段論法のような――、否、単なる条理だった。

 最終的に啓は、そんな家族にバレるよりも彼の中で大事の、同級生の美少女に対してエロ本を選ぶという命題を、『エロ本=ソフトなポルノグラフィ』、寧ろ『芸術』に近い物として解釈して、選んだ。どのみち初花は『そういうコト』に疎いので、誤魔化しても解るまいと思ったのだ。

 という訳で、啓の秘蔵の写真集……ではなく、啓の父親のコレクションから拝借した。

 ソフィスティケイトされた少女達と、ソフトフォーカスなエロチシズム、アートなポルノグラフィ。

 ――つまり、デヴィッド・ハミルトンの写真集をエロ本として献上する事にしたのだった。

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