第13話

 次の日の朝。

 啓はいつもより早く目が覚めた。

 なんだか妙に、そわそわとしてしまい、身支度を済ませると、登校した。体育館のステージ下の秘密基地に行くより、何故か教室に足が向かった。

「早く来すぎちゃったかなあ。まあ、いっか」

 啓は独りごちて、窓を開けると、自分の机を確認して、座った。

 朝の柔らかな光と気持ちの良い風が頬を撫でた。

 啓は窓の外を眺めて、それから、自分の鞄を開けた。そして、写真集を出した――アンリ・カルティエ=ブレッソンの『Image à la sauvette』である。

 ブレッソンの金字塔と呼ばれるこの本を祖父はとても大切にしていた。そして、啓は亡くなった祖父から、この本譲り受けたので遺品、でもある。アンリ・マティスのカット・アウトの表紙カバーがセンス良く、一目では写真集だとは判りにくいが、しかし、お洒落で人目を惹く装丁をしている。

 初めてブレッソンの写真を見た時、啓は衝撃を受けた。

 この人を超えたい。そう念った。


 ――それは、自分の進む道はここにあるという天啓だった。


 それ以来、啓の最も尊敬する写真家はブレッソンであるし、その影響でスナップ写真を撮り始めた。


 ブレッソンのような『時代を撮り、人間を撮る』。これが啓の目標である。


 啓は写真集を開いた。

 ページを捲る手が一々止まる。その度、「はあ~」とウットリした吐息が漏れる。

それと共に、「なんでこんなの撮れるんだろ……さすが神業、だよなあ」、「どうしたらこうやって撮れるんだろう。決定的瞬間の匂い、写真でなければ表現できない世界、写真を撮るという行為の究極目的か……」等々、ブツブツと感想が口から溢れる。

 写真集の世界に没頭していた啓であったが、初花の席だけはチラチラと目を遣ってはチェックしていた。昨日あれだけ話したにも関わらず、初花はショートホームルームの始まる五分前に学校に来て、啓にも挨拶をせず、自分の席に着席した。

 そんな様子だったので、啓も気にしてはいたが、なんだか声を掛けづらくなり、お互い一言も話さず放課後になった。

 仕方がないので、啓は目の前の初花の様子を伺いながら荷物を片付けていた。

 すると、先に荷物を片付け終わった初花が、カツカツと啓の方へ遣って来た。

 啓が、ちょっとビックリして、目を丸くしていると、むんずと初花は啓の手首を掴んだ。そして、グイグイ引いて、教室の外へ連れ出そうとする。

 (クラスの皆の視線が痛い……)啓は苦笑いしながら、鞄ごと初花に引っ張られるままに教室を後にした。

 

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