第10話


 生徒会室は一階の下駄箱近くにある部屋で、初花や啓の通う教室の半分くらいの広さだった。

「失礼します」

 啓はそう言って中に入った。初花も後から着いて来た。

 狭い部屋の中に棚や机がひしめき合っている。

 そんな生徒会室の室内は、なんだか凄く圧迫感があった。

「ご用件は?」

 と、正面に居た、黒髪ぱっつんでロングヘアーの少女が声を掛けた。その少女は眼鏡を掛けているが、それが彼女の整った顔立ちを更に強調しているのだった。

「部活の入部届けを持って来ました」

 啓が言うと、少女は頷いた。

「ああ。では、私に提出してください」

 啓は少女に入部届けを手渡した。

 よく見ると、少女は見たことをある顔をしていた。

 啓は彼女の顔を見ながら少し考えて、彼女が入学式に新入生歓迎の挨拶をしていた生徒会長――龍潜りゅうせんゆきだと気付いたのだった。

 雪は書類に目を走らせてから、顔を上げた。

「はい。写真同好会ですね。これで受理しておきます」

「ありがとうございます」

「あと三人集めると部活に戻せますので、頑張って下さい。写真部は由緒正しく有名な部活なので、同好会のままでは勿体ないと思いますよ」

 雪が微笑んだ。

「……ありがとうございます。努力します」 

 啓も営業スマイルを顔に貼り付けて返した。

 そこへ、初花が口を開いた。

「そこの女性! 秘密基地同好会を作るにはどうしたら良いのか教えてくれ」

 啓が「あちゃー」と溢してから、初花を往なした。

「『そこの女性』じゃなくて、『生徒会長』様だバカ! おまけに、なんだか喧嘩売ってるみたいに聞こえるぞ!」

 そんな風に、ヤイノヤイノワイワイやっている初花と啓の遣り取りがコントのように思えて、雪は口元を緩めた。

 ややあって、雪は口を開いた。

「ええと。質問にお答えしますね。先ず、同好会には最低二人の生徒と、顧問の先生が必要です。それを用意できた暁に、ここにいらしてください」

 意外ににこやかに雪が対応した為、啓は安堵の吐息を深~く漏らした。

 初花は何で自分が啓に怒られているのか微妙に腑に落ちていなかったが、少なくとも雪が柔らかい雰囲気だったので、犬が懐くみたいに釣られて微笑んだ。

「わかった。じゃあ、用意して今度ここに来る」

「お待ちしております」

 雪の言葉に初花は上機嫌になった。

 そのまま何となく下駄箱まで二人は一緒に歩いた。

 その時に、初花は、

「啓、不埒なことってなんだ?」

 と爆弾を落とした。

 啓は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから、困ったように言った。

「あーだから、そのっ……ふ、不埒なことなんだよ!」

「だから、それがわからないんだ」

「もー。女の子にこんなこと言っていいのかなあ……」

 啓は小声で、ぼやいた。

 耳聡い初花は聞き逃さず、追撃した。

「言って良いぞ」

「……っ!」

「だから言って良いって」

「――もう、そんなに言うなら、聞いてから、何か変な反応すんなよ?」

「うむ! 約束しよう」

「……じゃあ言うけど…………その……、……えっちなことだ」

 啓の語尾は見事にフェードアウトした。

「…………えっちなことか」

 初花はそう言って、沈黙した。

 啓はその様子を見て、話題を転換しようと提案した。

「えっと、とりあえず、帰宅しないか?」

「ああ。そうだ」

 初花が閃いたように言った。

「そういえば、啓、一緒に帰らないか?」

 それは、とても自然なことのように啓に錯覚させた。何より、さりげなく呼び捨てにされても啓は、もう悪い気はしなかった。

「初花の家はどこ?」

「うんと……、大通りをまっすぐ行って……じゃなくて、そうだ、侍町にあるぞ」

「へー、あの辺かー随分いいところに住んでいるんだなー! あそこは武家屋敷が建ち並んで圧巻、だもんな。俺、たまに写真撮りに行くよ」

「そうか! うむ、うむ。武家町は良いところだぞ~」

 嬉しそうに笑う初花を見て、啓の心は、ほっこりした。

「それじゃ、帰ろうか」

「うむっ!」

 上機嫌の初花は鼻歌を歌いながら、学校を後にした。

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