第7話
おきまりの自己紹介から始まる退屈な授業。
と思いきや、クラスに例の女生徒が居たのだ。
啓は決まりが悪くて目を逸らしていたが、逆に女生徒は、啓の自己紹介の間、じっと啓を見詰めて来た。
自己紹介が終わってからは、――名簿順の席の並びの都合で――ちょうど窓際の一番後ろの席になったのをこれ幸いと、啓は周囲を見渡してみた。
小春は一番前の廊下側の席に座っており、例の少女は斜め前の席に座っていた。
そして、彼女の名前は、
啓は(アイドルみたいな名前だな)と、ノートにその名前を書き留めて、放課後どうしようか、悩んでいた。授業は殆ど耳に入らなかった。
オリエンテーションがメインの授業が終わり、放課後になった。
啓は意を決して、鞄に荷物を片付け、移動した。初花はもう教室に居なかった。彼女は真っ先に教室を出たからだ。
「あー。胃が痛い」
呟きながら歩いて、体育館裏の例の場所へ。
空気孔を潜り抜けると、既に、初花が座っていた。
「待っていたぞ。清和啓君!」
無駄に強調された「せいわけいくん」という自分の名前、そして、言葉の端々から刺々しい雰囲気を感じ取って、啓は一瞬、回れ右をして帰りたくなったが、自分のせいなので甘んじて受けて、ステージ下の秘密基地に向かい合って座った。
初花の座り方が正座だと気付いた啓は、即座に自分も正座した。
律儀な性格である。
改まった空気の流れた場に、初花が、こほん、と咳払いをして口火を切った。
そして、
「お前、これを見たな」
ズイッとノートを突き出された。
「これを見たと言うことは、お前はもう仲間だ」
重々しく初花が告げる。
啓は、目が点になった。よくよく言われた言葉を無言で吟味してから、口を開いた。
「……ええと、仲間って?」
「決まっている! 秘密基地仲間だ!」
「なんですか、それ?」
「だ~か~ら~! 秘密基地仲間だ!」
わかってないな~という雰囲気丸出しで、初花が繰り返した。
啓は、再度きょとんとしてから、唾を飲み込んだ。そして、質問した。
「ええと、具体的には何をするんですか?」
「一緒に秘密基地を作るんだ!」
初花は得意げに宣言した。
「あと、これだ!」
鞄を漁って初花は別のノートを取り出した。新品だった。
そして、そこに同じように鞄から取り出したマジックで、大きく『交換日記』と書いた。
「はい!」
初花に笑顔で渡されたそれを、勢いで啓は受け取った。
「これは?」
「見ての通り、交換日記だ! 仲間だからな!」
えっへんと、初花は胸を反らした。
そうされると、やや大きい胸が余計に強調されるため、啓は初花の胸にしか目が行かなかった。
「お前! どこ見てる!」
視線に気付いた初花が赤くなってから啓を睨んだ。
胸を押さえながら会話を続ける初花だが、どことなく視線が厳しいのは、啓の勘違いではなかった。
「ともかく、今日からお前は日記を書くのだ。あ、そうだ、私たちはもう仲間だから呼び捨てだな。啓! わかったか!」
「……わかった」
啓が頷いたのを確認して、初花はニッコリ笑った。
それを見て(この子、笑うと少し幼くも見えて凄く可愛いなー)と、啓は思った。
「あと、活動は秘密基地を作ることだ。明日の放課後までに秘密基地の構想を持って、またここに来い!」
「秘密基地、って……ここでいいんじゃ……」
「だめだ! ここはあくまで学校用の拠点! 高校生になったし、本格的な秘密基地をもっと作るのが目標だからな。……そして、優しい私は啓に参考文献を渡そう」
「参考文献?」
「こ・れ・だ!」
初花はジャ~ンと鞄から本を出した。
受け取った啓はタイトルを読み上げる。
「『秘密基地製作術』著者
啓は声を漏らした。呆れが音に表れている。
「なにぃ! この本の、著者の、ご子息だと!」
初花は尊敬の眼差しで啓を見た。瞳はキラキラとして――しっぽがあるのならば、嬉しくてぶんぶん振っている状態だ。初花の様子は啓にはそんな風に映った。
「……うん。これウチの母親だけど、今は取材に行ってるから、いないよ。いつか帰ってきたらサインでも書かせようか?」
「サイン! 是非!」
どこまでも輝く瞳で初花は見詰め返した。
「わかった。帰ってきたら連絡するわ。そうだ、連絡先教えて」
「いいぞ!」
「んっと、俺は……」
啓は自分の携帯電話の番号とメールアドレスを手短に初花に教え、同じように初花は自分の番号とアドレスを教えた。二人とも簡潔なアドレスだった為、すぐに連絡先の交換は終わった。
「おお~! やったぁ! 卯花先生のご子息と友達になったぞ! 初めてのアドレス交換がこれとは幸先がいいな!」
「え、お前、他に友達いないの?」
「うっ! …………………………………………今まで一人遊びが得意だったものでな! 他の人間は必要なかったのだ!」
一瞬言葉に詰まった初花は、そう反論した。
啓は、なんとなく察して、無言になった。
「……そんな憐れんだ目で見ないでくれたまへ……」
しょんぼりと、顔を俯ける初花。
完全に言葉を間違えたと言うか、もっとうまい良い方とか婉曲表現とか――とにかく、やらかしてしまった事に啓は焦った。
「いや……その、……なんだ、あれだ! 一人でも大丈夫ってのは凄いことだと思うぞ! 俺は! 女は皆群れるものだという印象が間違いであったという素晴らしい発見をだな!」
フォローしようと啓は捲し立てた。すると、どこか初花の口調に似てしまったのだった。
「……………………話題を変えないか……」
「…………そうだな」
二人の間に、また、沈黙が流れた。
「そういえば、夢見……さん、なんで秘密基地にそんなに思い入れが?」
その瞬間、初花はムッとして、口を開いた。
「は・つ・は・な! 初花と呼べ」
腕組みして、初花は口を膨らませた。目は怒っていた。
啓は困ったような顔をして、頭を搔いた。
ややあって、恐る恐る啓は意見した。
「そもそも、女の子をいきなり名前呼び捨て、ってのはハードル高いって!」
「言い訳、だな」
冷たい目で睨んでから、スパッと初花は切り捨てた。
「いや、ほんとだってば!」
う~ん、と唸って、啓は頭を抱えた。
そして、どう説得したものかと啓は頭を急激に働かせた。
「……だから、この、思春期ってやつはデリケートなの! 微妙な距離感なの!」
「ふぅううん」
初花は疑りの眼差しを崩さない。
啓は諦めて、覚悟を決めた。
「わかった! じゃあ、呼び捨てにするよ」
啓の言葉に、初花は満面の笑みを浮かべた。
「解ってくれればよいのだ。ふふふふふ」
「じゃあ、こっちも質問だ。さっきも訊いたけど、なんで秘密基地なのかって質問に答えて貰おうか」
啓の言葉に初花は少し遠い目をしてから、答えた。
「……昔、出来なかったからだ」
ぽつりと呟くように言われた言葉が先程の言葉と相俟って妙に重くて、啓は言葉を飲み込んだ。
そして、啓は決断した。
初花の遊びに付き合ってあげよう、と。
「……じゃあ、小さい頃に出来なかったような、子供じゃ作れない凄い基地、俺と一緒に作ろうか」
そう言って、啓は初花に微笑んだ。
「うむっ!」
初花は嬉しそうに笑った。
その表情は無邪気な子供のようで、啓が写真に撮れば良かったと思う位の、素敵な笑顔だった。
一瞬、啓は初花に見惚れて、周章てて目を逸らした。
そして、誤魔化すように提案した。
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