第5話


 いつものように目覚まし時計が鳴った。

 啓は起きて、時計のベルを止め、顔を洗ったり、着替えたりと登校の支度を始めた。

 食事は、コーンフレーク。牛乳を掛けるだけのお手軽さが啓には丁度良い。

「いただきます」

 と一人で宣言して、食事を食べながら、啓は思いついた。

 昨日の場所へ行ってみよう、と。

 手早く朝食を済ませると、鞄を持ち、登校した。

 外に出ると、朝の気持ちの良い風が吹いている。

 商店街はまだシャッターの開いてない店ばかりで、こういう静謐も、啓は好きだったりする。

橋を渡って、学校へ。

 途中桜の花が咲いていた。咲き始めといった感じの、綻び始めた花を、啓はカメラでパシャリ。

 そして、学校に着くと、体育館裏の例の場所へ。

 昨日の女生徒のしていた通りに、机の間を潜り抜けると、目前に空気孔がある。

 ブラインドのようになっているそれを、啓は押し上げてみた。

 すると、簡単に外れた。きっと最初からネジが外れていたのだろうと啓は思って、通気孔を裏返すと、内側にビニール紐が結びつけられている。紐の長さはそこそこ長い。

「ふぅ~む」

 啓は紐を触りながら推理した。

 通気孔の形状などから察するに、空気孔の内側に入った人物が、中から引っ張り、枠に嵌めるものではないかと推理して、啓は開いた空間に身を乗り出した。空気孔は腹這いになれば大人でも十分に入れるサイズだったのだ。

「なんだ、ここ?!」

 啓の目の前には、そこだけ丁寧に拭かれた床と、その上にノートが一冊と懐中電灯が置いてあった。

「ここって、体育館のステージの下だよな……」

 啓は周囲の椅子を確認する。体育館の構造上、ステージ下には式典などで使うパイプ椅子を収納するスペースであるのは周知の事実。椅子を収納するのは普通である。

 ただし、普通と違うのは、ほんの二人くらいが座れる空間を作るため、本来収納されている椅子を、そこだけ周囲に並べてあることだ。

「……あの子が、やったのか?」

 とりあえず、懐中電灯を点け、置き忘れてあるらしいノートを確認すると、中には『秘密基地構想』と一ページ目にデカデカと書いてある。

 少し使い古された感じのノートの内容は、そのものズバリ『私の考えた最高の秘密基地』的な内容であった。ご丁寧に学校編とかタイトルや付箋が付けられている。

 学校編という部分を開いてみると、まさに、ここの事が設計図と共に、詳細に書かれていた。

「ふむ……なるほど、これは『秘密基地十号』というヤツだな」

 と、啓は周囲を見渡して、確信した。

 すると、

「あっ! お前! 何だ! 誰だ!」

 と、いきなり透明感のある声が聞こえた。

「えっ」

 声のした方向を見ると、先程、自分が入ってきた空気孔に女の子の顔が覗いていた。

 少女は更に、空気孔からすこし身を躙って、胸までを体育館のステージ下へ出した。

 彼女のやや大きめの胸が、空気孔の枠に乗った。

 そして、ちょっと長めのショートカットの愛らしい少女の口から、

「お前! その手の!」

 怒ったような声が追加して発せられる。

 怒っていても、睫の長い上に整った面立ちなので、不思議と怖くなかった。

「え、これ?」

 啓はノートを閉じた。

「それ、私のノートだ! なんでお前が見てるんだ!」

 真っ赤な顔をした少女が、短く叫んだ。

「わ、ごめん! つい!」

 啓は少女にノートを手渡した。

「……お前、これを見てしまったんだな……」

 と、少女は深い溜め息を吐いた。

 そして、少し考え込んだ後、口を開いた。

「仕方ない。放課後またここに来い!」

 少女はそう言って、そのまま後ろにジリジリと退がってどこかに行ってしまった。

「あちゃー」

 啓は、身から出た錆とはいえ、困ったように呟いて、懐中電灯の明かりを消し、外に出、教室に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る