040_0920 触れるに困る腫れ者Ⅲ~サイレント・ノイズ~


「そうですか……師匠ペダゴーグが……」


 他の部員へはメールで連絡し合ったが、彼女にだけは、直接語ることにした。

 源水オルグのことを話すと、赤い夕焼けを映えさせ、ナージャはやや寂しそうな顔をして、それだけ答えた。


「どういう体制で、どの程度の規模なのか知らないが、ともかく大人しくやられる気ないから、支援部は源水オルグの部隊と戦うことになる」


 もしかすればつばめは、修交館学院を建てる際に考えていたのかもしれない。道路を作る際に残された、あるいは新たに植えられた樹木は、遠距離狙撃の邪魔になる。

 完全には気を抜けないが、過度に警戒する必要もない、目隠しのある通学路の坂道を下りながら、十路とおじは方針を語る。はたから聞けば、とても命のやり取りを覚悟しているとは思えないだろう口調で。

 

「堤先輩。ナージャ先輩も、ですか……?」


 手錠生活では常に、南十星なとせか樹里のどちらかが一緒だった。今日もまた共に下校している樹里が問う。

 心優しい彼女は、ナージャに知り合いと戦わせるのは、気が進まないのだろう。


「状況と相手次第だが、戦わせない方が無難だな」


 十路も強要はしない。ただ彼の場合は優しさや人情ではなく、単純な軍事学的見地からの判断だ。

 戦わずにいるだけなら、なにも問題ない。非戦闘員だと思って、後方に下げればいい話だ。

 しかし戦場で邪魔になる味方など、敵よりよほど厄介になる。


「…………」


 ナージャはなにも言わない。敵ならば戦う戦意を見せることも、知り合いと戦えない人情も見せない。

 なにかをこらえるように唇を引き結んで、軽く握った拳を胸前に置く。


「あのオルグっておっちゃん、ナージャ姉にとって、どんな人なん?」


 南十星が気軽に問う。ナージャのことを『半分しか信用しない』などと言っていた割には、彼女の態度は以前と同じものだった。

 

「わたしは家が嫌いでしたから、そこから連れ出してくれた恩人でもありますし、戦い方の全てを教わった、先生でもあります……」


 沈んだ顔をほころばせて、だけどまだ悲しそうに、ナージャは付け加える。


「……ある意味では、お父さんなのかもしれません」


 童話の中で、シンデレラの父親はあまり触れられていない。再婚した妻と連れ子が、実の娘をいじめていることに、どう対応したのか、あるいは気づかなかったのか、深くは語られない。

 ナージャの父親はどうだったのか、ふと疑問に思ったが、十路は触れずにおく。

 ロシアでの生活を訊いて口をつぐんだこと。そして源水オルグの存在をかたくなに話そうとしなかったこと。それらの事実で充分推測できる。


「……!」


 不意にナージャが肩を震わせて、足を止めた。

 会いたくなかった誰かに呼び止められたように。


「?」


 続いて子犬が警戒するように、樹里が辺りを見渡した。

 なにかを見つけたように、枝で隠された坂下をしばらく見て、振り返ってナージャを見る。

 そして遅れて赤い追加収納パニアケースを開き、中から長杖を取り出して、問う。


「ナージャ先輩。なぜ応答したんですか?」

「……え?」

「どこかから電波を受信して、発信もしましたよね……今、消えましたけど」


 応じてすぐさま南十星が動く。ナージャの膝丈スカートを、思い切りめくり上げる。


「ひゃっ!?」


 唐突に問われたため、反応が遅れたのだろう。シンプルな白の下着が、夏の空気に直接さらされた。


「おい。男がいるんだぞ……」


 今更だとわかっているが、一応十路は文句を言ったものの、南十星は聞く耳を持たない。反射的にナージャが押さえたスカートが落ちるより早く、左太ももに装着されたホルスターから、彼女の《魔法使いアビスツール》を抜き取る。

 だがすぐに怪訝な声をあげる。


「……もしかして、起動してない?」

「わたしの《魔法使いの杖アビスツール》は、皆さんの物と仕様が違って、言うなれば旧式です……電源を入れないと、使えません」


 小さな液晶画面が黒いのを確認し、眉を動かした南十星に、ナージャは小さくため息をつく。

 普通|魔法使いの杖《アビスツール》に電源ボタンなどない。白兵戦を想定した形状ならば、衝突しただけで停止するかもしれない仕様など邪魔になるだけだ。そもそも《魔法使いソーサラー》の脳と接続することをスイッチにできるのだから、物理的・電気的な機構をつける意味がない。

 こういった部分まで、ナージャの装備には謎がある。もっとも電源ボタンについては、カモフラージュ目的や、ナージャが言った通り、今の主流から外れた旧式だからかもしれないが。


「携帯電話はまだ返してないし――」


 電波の発信源に疑問をなげかけながらも、南十星が《魔法使いの杖アビスツール》を返そうしたのだろう。


「……!?」


 しかし受け取ろうと手を伸ばしたナージャが、不自然に動きを止めた。


「え?」


 同時に長杖を格納しようとした樹里が、不思議そうにまたも見渡す。

 二人は顔を上げて辺りを見回す。ただし反応は異なる。ナージャは明確な不安をあらわにし、樹里は更なる警戒を示した。


 彼女たちの反応に、十路は南十星と顔を見合わせる。なにが起こっているか理解できない。


「……なにやってんの?」


 だから南十星が、一番端的で確実な方法・当人たちに質問という手段を取った。


「女の子の声が聞こえませんでしたか?」


 樹里の答えに、堤家の兄妹は顔を見合わせて、お互い首を振る。

 なにも聞こえなかった。


「そーいや六甲山って、怪談が多いんだよね」


 南十星がポツリとこぼす。

 六甲山は、オカルト好きの間では、関西でも一、二位を争う心霊スポットとして認識されている。ちなみに彼女たちが立っている場所は、六甲山ではないが、六甲山系には違いない。


「…………」

「…………」


 《魔法》はオカルトではない。神や悪魔や天使や精霊など、超自然的な存在とは全く無関係であるが、その存在が証明されたことも、完全否定もされていない。

 だから超科学の申し|魔法使い《ソーサラー》であろうと、女子高生と女子中学生は無言になった。タイミングよく暑気を含んだ風が吹いたが、きっと彼女たちは冷たく感じただろう。


「木次。その声、なんて言ってた?」


 十路はいつもの声で問う。超常現象を信じる信じない以前に、ここ数日、そして今朝からの状況では、素直にそう思えるはずはない。


「途切れ途切でしたけど……ざーふとら? すにーち? ぶずるいふ? そんな風に聞こえました」

「…………」


 意味も自信もなさそうな言葉を受けて、十路は首筋をなでながら首を巡らす。

 監視はずっとされている。下りてきた坂の上方には、公安警察の者が乗っているだろう、今日はバンタイプの車が、人の足の速さで追跡している。

 それは今更のことだから、気にしていない。気にしていられないが――見張りが当たり前に感じて、あまりにも無警戒になっていることに改めて気づく。


 そしてナージャの様子をうかがう。

 彼女はただでさえ白い顔を更に色を無くして、おびえるようにうつむいている。


「もうヤダ……」


 だが、地面に吐き捨てるおりは、小声でもハッキリと耳に届いた。

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