040_0830 嬉し恥ずかし逮捕軟禁Ⅴ~ミッドナイト・シンデレラ~


 むかしむかし、ある雪の降り積もる村に、娘がいました。

 白金の髪と紫色の瞳、『希望ナジェージダ』という名前を持っている、幼いながらも美しい娘でした。


 しかし悲しい事に、娘のお母さんは早くになくなってしまいました。

 そこでお父さんが二度目の結婚をしたので、娘には新しいお母さんと二人のお姉さんが出来ました。

 ところがこの人たちは、そろいも揃って心が黒くじ曲がった、大変な意地悪だったのです。

 新しいお母さんは、自分の娘よりもきれいな娘が気に入りません。


 なんて憎らしい娘でしょう。

 お母さんとお姉さんたちはそう言い、つらい仕事をみんな娘に押しつけました。


 食事はいつも作らされてましたが、娘が食べるものは、お母さんたちと違う粗末な食べ物が、ほんのわずかしかありませんでした。

 だから娘は、いつもお腹を空かせていました。


 なにか気に入らないことをがあると、床にたたきつけられたり、殴られたり蹴られたりすることもありました。


 そして粗相があると、お母さんたちは『おしおき』として、娘を物置に閉じ込めました。

 家の中とはいえ、火の気のない物置きは大層寒く、明かりは一切ありません。

 どのくらい時が経ったのかわからないまま、寒さに震え、暗闇に怯え、お母さんに許されて再び扉が開けられる時を、じっと耐えて待っていました。


 お母さんにもっと『おしおき』をされるので、泣き叫ぶのもこらえながら、娘は願いました。

 昔、本当のお母さんに読んでもらった童話のようなことが、起きてほしいと。

 『灰かぶりゾールシカ』と呼ばれた女の子が、お城の舞踏会が行われる日に『魔法使い』が現われて、お姫様になって幸せになる物語。

 ですが、そんな夢のようなことは、現実に起こるはずありません。


 耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて。

 娘は未来に対して、名づけられた通りの『希望』など見出せることなく、ただ耐え忍ぶ年月が過ぎました。


 そうして、あの日がやってきました。

 娘はカボチャの馬車に乗って、お城の舞踏会に行っていません。

 しかし迎えがやって来たのです。


 やって来たのは王子様ではなく、熊のような男の人です。

 差し出したのはガラスの靴ではなく、奇妙な携帯端末です。

 娘をお姫様として迎えに来たのではありません。

 娘は《魔法使い》という兵士になる素質を持っていたのです。


 男の人は言いました。

 自分と一緒に来て、《魔法使い》になる気はあるのかと。


 娘は言いました。

 なんでもいい。どこでもいい。連れていってほしいと。


 そうして娘は、男の人と共に旅立ちました。


 幸せなどないことを知らぬままに。

 そこでもまた『役立たず』と呼ばれ、辛い目に遭うのを知らぬままに。

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