030_2210 彼らが邪術士と呼ばれる理由Ⅵ~【煮物】地形を変える戦略級二種~
氷のドームのほぼ中央で、《バーゲスト》に
市ヶ谷と《真神》も動きを止める。ここで十路とイクセスが戦闘を中断させる意図が掴めないからだろう。
『幽霊』もまた立ち止まる。下がりながらも戦意を浮かべている樹里の動きを注視している。
「《NEWS》換装!」
《バーゲスト》が展開している無反動砲に、樹里は後ろを振り向かずに長杖の先端を近づけ、吐く息を凍らせながらイクセスに命令する。
「カノン
【《Roar Cords》 plus. 《NEWS》 "tannenberg cannon" mode.(《
タンネンベルクカノンとは、最古とされる銃火器の名前。一メートルほどの棒の先に砲身が取り付けられ、現在のものとは異なる形状を持っていた。
それと同じように、基本部品となる長杖のコネクタを、砲身と形作る板の一部が上下から挟み込んで接続される。
『…………』
『幽霊』は顔まで覆われた黒の中で、小さくため息を漏らす。
一連の攻防で、少なくとも生半可な攻撃では通用しないと、樹里も理解できたはず。
彼女に『幽霊』は止められない。なのに樹里は、それ専用に作られたと想像できる拡張装備を使った、新たな
それでは意味がない。
それより先じて、樹里の構える砲杖がプラズマの花束と化した。形成された《
『……?』
静かで不思議な光景に、『幽霊』は不審そうに体を揺らす。こんな遅くてぼんやりしたものに危険を感じることはできない。しかし《魔法》で作られた効果なのだから油断はできない。
だから足元に転がっていた、拳ほどの氷片を蹴り上げ、鬼火にぶつけた。
途端、一万度超の熱量に触れ、爆発を起こす。《
『幽霊』の黒衣は、飛び散る破片と衝撃波の影響も受けつけない。しかし百近くの浮遊爆雷を浮かべ、砲杖には新たなプラズマの花を咲かせ、それが一斉爆発した影響を考えると、容易には踏み込めない。
かと言って、ここで手をこまねいているわけもない。
今は状況を見る。そして事態が動き始めた時に、樹里の《魔法》を突破して、十路と市ヶ谷の間に割って入る。
そう定めた『幽霊』は、
△▼△▼△▼△▼
十路が振り返らずに後ろに手を伸ばすと、黒い
「封印解錠。『己の魂以外、己のものとなすなかれ。
日常生活で間違って使わないよう設定された合言葉で、ケースは開く。中には直径だけは普通弾と同じだが、散弾のようにも思えるケース状の弾丸が納められていた。
それを十路は
【
「退役したはずなのに、なんでそんな物まで持ってるんだ……」
カームと市ヶ谷は、視界を望遠させて確認した。十路が込めた弾丸の表面には、円を三つに切り分けたような
【
カームがスピーカー越しの声に恐れを
その水素の人工放射性同位体元素は、いまだ発電技術としては実用化には至っていない、核融合反応の燃料として利用するものだ。
「おいおいおい……本気でアレ使う気か?」
市ヶ谷の呆れ半分の懸念を肯定するように、十路が片手持ちで支える小銃を基点に、《
根元近くでは球体が形作られ、その上から仮想の電子回路が何層にも渡って重ねられ、光の塊と化していく。更に同じ構成がスカート状に後方に伸び、十路と《バーゲスト》を覆い隠すほどの大きさになったところで成長が止まる。
前方へも変化する。先端に行くに従って直径が細くなり、長さ三〇メートルにもなる
形だけを見れば、まるで
市ヶ谷と《真神》は今回の任務に当たって、十路の独立強襲機甲隊員としての活動記録を閲覧している。その中でこの
根元近くで構成された《
前方に伸びる実体を持たない槍の穂は、射線外への被害を最小限度にするための各種力学制御が
それは
理解した市ヶ谷は、
「カーム。戦略攻撃
【果たして承認が間に合うでしょうか?】
市ヶ谷の槍が《魔法》の輝きを発生させる。長柄に対して垂直に、巨大な大鎌の刃のように《
その
しかし今度は違う。本気で使うつもりで準備を進める。
それを証明するように、彼の後方に色合いの変わる虹色の光が伸びる。《真神》後部に積載されていた二つの
死神の鎌のような《魔法》を構える市ヶ谷の姿を正面から見れば、堕天使にも見まがうかもしれない。
十路の《魔法》の使用準備もまだ整っていない。攻撃されても対応できるよう気を抜かず、事態の推移を見守りながら、許可が下りる時を待ってオートバイに話しかける。
「カーム……色々と話がおかしいぞ」
《
それは現状の市ヶ谷と同じだと思っていた。任務に必要なために、現場の当事者に使用可否を
しかし戦略攻撃も自己判断で行うとなれば話が違う。
これもまたブラフという可能性もある。しかし以前、木次樹里が戦略攻撃級の《魔法》――高々出力
核保有国の大統領でも、一存で戦略攻撃の許可などできるはずないのに、十路は単独で戦略攻撃
「まず、アイツの《
【堤十路が陸上自衛隊を退役し、修交館学院・総合生活支援部に入部した折に、現役時代と同じものを非合法に用意したのだと思っていましたが……】
「アイツが入部してから、《
市ヶ谷の認識では、十路の《
準軍事組織としての顔を持つ総合生活支援部ならば、非合法に銃火器を用意することも充分可能だろうと、あまり気にしていなかった。
現役時代に使い慣れた物と同じ《
「
【記録では、堤十路の《
十路が使っているものは、現役時代と同じもの。ここ最近のコゼットは確かに《
記録から作られた市ヶ谷の認識と、実際に十路たちの身の回りにある事実に、食い違いがある。
「……帰投したら、
【無事に戻らないと、話を聞くこともできませんが】
「いつもの事とはいえ、割に合わない仕事だな……」
ぼやきを最後に、市ヶ谷は口を閉ざした。続きは全て終わってからだと。
魂を刈り取る死神の鎌と、盾を貫く騎士の槍。
超最先端技術で戦略兵器として再現された二つの得物が、氷の戦場で振るわれる時を待つ。
△▼△▼△▼△▼
十路は《槍》を構え、樹里はプラズマの花束を抱え、背中を向け合ったまま二人は不安を投げかけあう。
「先輩……このままじゃ、全力を出すしかないですけど……」
樹里は『幽霊』の動きを封じることができたが、そこまで。不思議な無敵の防御を発揮する存在を撃破しうる手段は、そう多くないだろう。
「俺が得意なのは、奇襲と闇討ちと罠にはめることだからな……ろくに情報がないまま戦い始めたから、俺もかなり焦ってる……」
ここで市ヶ谷が《魔法》を展開したということは、十路の戦略攻撃
「イクセス。このままぶっ放した場合の被害は?」
【推定五〇〇万トンの氷がプラズマ化する衝撃波と津波により、神戸・大阪だけでなく、瀬戸内海沿岸に壊滅的な被害をもたらすでしょう。発射方向と角度次第では、中国山地や四国山地を変形させます。予想死傷者数も聞きたいですか?】
「頼むから聞かせるな……」
想像はしていたが、改めてイクセスの口から聞くと、身震いするほど大きな被害だっただった。
十路は人を殺したことがある。それも一人二人ではなく、《魔法》で百人単位の殲滅を行ったこともある。
しかし現状とは全く違う。実行すれば最低でも四ケタ以上多い、テロ組織などとは無関係な一般市民の犠牲者を出すことになる。
「先輩、私たちも無事で済むと思えないんですけど……」
「だろうな……」
氷で作られた戦場は閉鎖されている。広大ではあるが、内部で高出力の《魔法》を使えば、発生した衝撃波は拡散せず、射手にまで跳ね返ってくることは想像に
樹里と十路が用意した
「ちなみに先輩の予定では、どうするつもりだったんですか……?」
「海の上におびき出して、
胃が痛くなるような緊張感を
しかし、どの策も
「……木次」
だから背後の少女に、巻き込んでしまった申し訳なさを感じながらも、意図した平坦な声をかける。
「死ぬ覚悟はしといてくれ」
「…………了解」
しばしの間が置かれたものの、驚くほど冷静な返事を聞き、考えた中で一番の良策の準備を十路は指示する。それが使える可能性はほとんどないことを自覚しながらも。
「イクセス。衝撃グレネード
【今この場面で意味がありますか?】
「お前を一部壊すかもしれないけど、雰囲気がよくないし、手っ取り早く近づくにはこれしかない」
【……あぁ、そういうことですか。仕方ないですね……】
十路の指示を正確に理解すると、彼女は気が進まない様子を見せながらも、
「あとは状況が変われば……」
スタートピストルやコイントスのような、
なければ自爆覚悟の大量破壊を行うか、行わずに死ぬか、その二択しかない。
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