030_2220 彼らが邪術士と呼ばれる理由Ⅶ~【食事】雷獣の咆哮 子虎の咆哮~


 それは唐突に訪れた。

 氷の戦場が激しく振動した。中にいる四人と二台も、予期しない戦況の変化にたたら踏む。


【!?】

『なんだ!?』

「爆発!?」


 彼らが事態の把握に努めるまでもなく、それは凍った海面を砕いて出現した。


『ドラゴン……!?』


 想像できない事態に素で驚いたのだろう、『幽霊』のつぶやき通り、それは巨大な竜の姿を持っていた。正確には氷壁を砕ける鋼鉄の衝角はなさきと、吸音タイルのうろこを持つ、生物としか思えない動きで体をくねらせる異形の機械だった。

 『天龍てんりゅう』と名づけられた潜水艦は、《エルマーの冒険/My Father's Dorgon》という児童文学と同名の術式プログラムにより、その名にふさわしい形状を与えられた。

 十数メートルの高さまで首を伸ばした竜が、大きく顎を開く。大音響の咆哮か、炎のブレスを吐き出すのかとも思える行動だが、その口内から飛び出たものは全くの別物だった。


「援護に来ましたわよ!」


 高さを恐れずフレアスカートをひるがえすコゼットと。


「行・く・ぜぇぇぇぇっっ!」


 迷彩戦闘外皮ジャケットを着込んだ南十星なとせだった。



 △▼△▼△▼△▼



 状況が変わった。待ち望んでいた瞬間が訪れた。


「あの馬鹿……!」


 もう戦わせなくて済むと安心していた南十星が、ボロボロの格好のまま再登場した。十路とおじは舌打ちしたが、来た以上はどうしようもない。

 そして誰の突入であっても、戦況が変わる好機には違いない。


「仕方ない! イクセスッ!」

【一秒もちなさい!】


 十路の叫びに応じ、イクセスは自分の体を叱咤しったして、スタートしながら《Thermodynamics booster(熱力学推進機関)》を実行する。

 絶対零度近くまで冷却された戦場の内部は、大気が薄く気圧が低い。その中で《魔法》のジェットエンジンを駆動させても、万全の機能を発揮できない。だから前もって《Thermodynamics Grenade-discharger(熱力学擲弾発射筒)》で作られた固体窒素の塊を巻き込んで高温に晒す。すると即席の固体ロケットエンジンと化して、氷上を走る《バーゲスト》を猛烈な勢いで加速させる。

 だがそれは、本来の機能から外れた使い方だから、噴射口となった消音器サイレンサー型外部出力デバイスは、爆発の衝撃に数瞬しか耐えられずに吹き飛んだ。

 《魔法》を使う次世代軍事学戦闘に必要な部品を失いながら、魔犬バーゲストは時速三〇〇キロで氷の戦場を駆け抜ける。



 △▼△▼△▼△▼



 機械竜の口から飛び出したコゼットは、落下を開始するまでの数瞬で、二人の後輩のどちらを援護するべきか、即座に事態を把握した。

 樹里が腰だめに構えた長杖に、コゼットが知らない拡張装備を装着させて、なにをしようとしているのか知らない。しかし閉鎖された空間で行えば自爆になってしまう、大規模破壊攻撃を行うことは予想ができる。


「壁に穴を!」


 樹里の叫びに応じ、コゼットは空中で術式プログラムを解凍実行した。


「《グリムの妖精物語/Irische Elfenmarchen》!」


 汎用電磁パルス攻撃術式プログラムを選択し、大型平面アンテナに思える《魔法回路EC-Circuit》を形成させ、広範囲に高出力の電磁波を放つ。

 電子レンジと同じ原理で急激に加熱され、氷の戦場の約三分の一が崩壊を開始し、密閉された空間に穴を空ける。

 電波の嵐が吹き荒れる。それに刺激され、プラズマ浮遊爆雷は床に触れて爆発する。しかしその影響を『幽霊』は無視して、融け始めた海面を蹴って宙高く――とても人間のものではない跳躍能力を発揮した。

 留まっていたら、崩れる氷塊に押し潰される。いくら『幽霊』の黒鎧が、銃弾の直撃に耐える頑丈さであっても、十数トンの重量に押し潰されて無事に済むはずはない。コゼットはそう読んでの選択だった。

 そして忘れてはならないことがもうひとつ。樹里の得意とする分野は、コゼットがいま使った術式プログラムと同じ電磁力学制御だと知っているから、下手に巻き込まれれば丸焼けにされるため、《魔法回路EC-Circuit》の平面アンテナをそのまま盾とする。



 △▼△▼△▼△▼



 南十星が《魔法》を使えることはわかったが、詳しい効果までは十路は知らない。詳しい説明を求める暇などなかった。

 彼女は無防備に空中に飛び出したことに、また新たに舌打ちしながらも、市ヶ谷に向けてなにかする気なのは理解できた。

 だから立てていた当初の予定を変えることを、氷上を走る《バーゲスト》の車上で十路は決める。きっと彼女はしのがれることなど考えず、一撃必殺の攻撃を慣行するに決まってる。

 だから構えていた《槍》をキャンセルし、フォローに回る。 


 だが、それを行うには、壁がふたつある。

 そのひとつ、市ヶ谷いちがやがずっと準備して振りかぶっていた《魔法》の鎌が、距離があるにも関わらず横薙ぎに振るわれる。十路が知らないが、それは使用許可が下りた本来の能力を発揮している。《魔法回路EC-Siricit》の刃に、追加収納パニアケースから噴出する粒子を取り込んで放たれる。

 詳しい効果はわからない。だが、その形状から発揮される効果など、ひとつしか想像できない。


「避けろおおおおぉぉぉぉっッ!!」


 この場の全員に聞こえる絶叫を上げ、十路は跳ぶ。同時に《バーゲスト》も車体を横滑りさせ、スライディングで車高を低くする。


 直後に斬撃が、文字通り光速で駆け抜けた。

 ゲームやアニメでは刃が触れない距離の相手を斬る技など、当たり前のように行われているが、現実には絶対に不可能だ。それが《魔法》によって行われた。

 その気になれば都市の摩天楼まてんろうを、藁束わらたばのように切り裂くだろう。戦略攻撃規模の高々出力 《魔法》は半円状に通過して、コゼットが作った機械竜の首を断ち、氷の壁にぶつかって巨大な戦場を切り裂いた。


【トージ!】


 光刃を飛び越えた十路は、体勢を立て直した《バーゲスト》の背に阿吽あうんの呼吸で降り立つ。

 そして黒い追加収納パニアケースから、消火器を取り出した。使い道がなくなり、暇つぶしに水鉄砲に改造して、そのまま部室に置きっぱなしになっていた蓄圧式消火器だ。

 同時に自動車に標準装備されている、赤い発炎筒も中から取り出す。


「頼むぞ……!」


 祈る気持ちで十路は小銃を肩にかけて。発炎筒に着火してホースと一緒に持って。市ヶ谷と《真神》に向けて構え。

 すれ違いざまに消火器のレバーを握り締めた。


 ホースから噴出したのは、猛烈な炎だった。

 容器に詰め込まれていたのは消火剤ではない。出発前に長久手ながくてつばめの愛車から譲り受けたガソリンを入れていた。それを高圧で噴射し、同様に入手した発炎筒を火種にして着火した。

 ガソリンの融点はマイナス九〇度ほど。高圧力の消火器内から解放されることに加え、極寒の中で使うことを考えると、凍結する危険性も充分に考えられたのがふたつ目の壁だったが、即席の火炎放射器として機能した。


 十路は本当ならば、もっと小規模の氷の牢獄に市ヶ谷だけを閉じ込めて、これを使うつもりだった。炎を内部に流し込んで密閉させれば、《魔法使いソーサラー》でも通用する。熱を防御しようにも炎で酸素が減り、呼吸の確保のために酸素を作れば炎が燃え盛り、鎮火すれば冷気が襲い掛かる。監獄を突破しようにも決定的な隙が作られてしまうから、後はモグラ叩きのように追加の攻撃を行えばいい。

 そんな作戦を立てていたが、度重たびかさなる予想外の戦況変化に、消火器の出番はないと踏んでいた。

 それがここで役に立った。


【!?】

『なっ!?』


 機械である《使い魔ファミリア》ならば、この程度で破壊されることはない。人の身を持つ《魔法使いソーサラー》ならば焼死の可能性もあるが、落ち着いて対処すればどうということはない。

 しかし猛烈な炎を突然浴びせられれば、生物の本能としてギョッとする。熱センサーと光学センサーの異常に、高度な機械ゆえにエラーを吐き出す。

 消火器がなにか知っているならば、誰かが火炎をほとばしるなど予想する。

 うめく市ヶ谷と《真神》に、一瞬の隙ができた。



 △▼△▼△▼△▼



 コゼットの援護で準備は整った。あとは引金トリガーを引けばいい。


 十路の警告を受けて氷床を転がり、市ヶ谷の光刃を回避して、即座に起き上がった樹里の視界に照準十字線レティクルが浮かぶ。銃のように構えて狙いをつけられない砲杖とリンクし、砲口の向きを網膜に映した、《魔法》による照準器サイトを宙に跳んだ『幽霊』に合わせる。距離はそれなりにある上に相手は動いていたが、普通の狙撃のように慣性や風を考慮する弾道力学など関係ない。照準のど真ん中に目標を捉えて最終プロセスを実行する。

 すると花のように展開していた板が金属音を立てて、《魔法回路EC-Circuit》と形成されていたプラズマごと閉じて、元の形状へと戻る。砲口から極めて明るい輝きを漏らし、射線上を取り囲む新たな《魔法回路EC-Circuit》を発生させて、仮想の砲身と防盾ぼうじゅんを作りながら。


「《雷獣――》!」


 誤解前提で言い切れば、プラズマとは気体だ。樹里は《マナ》による実体を持たない複数の炉でそれを作り、形状を戻した砲身内で超高圧力をかけながら一体化させた。

 すると押し込められたプラズマの密度は、瞬間的には固体に近い状態になる。


「《咆轟ほうごう》――!」


 浮遊爆雷をばら撒くことが目的ではない。切り離して状態を遠隔保持しただけの、副次的な使い方に過ぎない。

 灼熱の素粒子学的仮想モデル実体砲弾を作り、即座に電磁投射する。それが樹里の新たな拡張装備を使った《魔法》――強結合プラズマ砲の機能だった。


「実行ぉぉぉぉっっ!!」


 真空だった砲身から放出され、超高温に触れた空気もプラズマ化するため、アニメのビーム兵器のような軌跡を残す。

 時速五万キロの発射衝撃は、崩れる氷壁を更に破壊し、既に落下を開始していた氷塊を宙で吹き飛ばす。


 悲鳴はなかった。痕跡もなかった。

 放たれたプラズマ砲弾の輝きに『幽霊』は飲み込まれ、一瞬で夜空に消え去った。



 △▼△▼△▼△▼



 十路の援護で準備は整った。あとは準備を整えればいい。


「Hasta la vista――(地獄で会おうぜ)」


 左腕を引き、その肘の《魔法回路EC-Circuit》に自分の肉体を巻き込んで固体窒素の塊を作る。更に腰と肩にも同様のことを行う。

 改造ジャンパースカートのスリットから露出させた、右足の《魔法回路EC-Circuit》も変形させる。もも部分からすねを取り囲むように三基、レーザー発信機とスピーカーを組み合わせたような仮想の機器を創造する。

 南十星の《魔法》による突撃の準備が、空中で整った。


「baby!!」


 そして固体窒素の気化爆発を推進力に、まるで特撮ヒーローの必殺技のように、飛び蹴りの姿勢で加速した。


 南十星はかなり小柄で、身長も体重も中学生女子平均以下だ。このまま超音速で衝突しても、中世期の大砲程度の破壊力はあるだろうが、それでは足りない。

 だから右足の《魔法回路EC-Siricit》を共振筒キャビティに、《マナ》そのものを触媒に、フォノン・メーザー――平たく言えば『音のビーム』を増幅発振して放つ。


 音で物質に影響を与える技術は、体内の結石を砕く医療機器や、プラスティックの溶接などに現実に使われている。しかし時折フィクションに登場するような音響兵器は、実際に活用するには大いに問題がある。銃弾でも突破できる音速以上に速くなることはないため、大気中で使う兵器としては致命的に遅い。音は空気の振動でしかないため、出力と環境を整えないと影響を与えられない。

 だから出力を上げて、三基で集中させて、至近距離から浴びせる。


マスター!】


 炎幕の向こう側から高速接近する砲弾なとせに気づいた《真神》が、怜悧な印象だった男性の声を慌てさせて動く。だが十路が放った即席火炎放射器のせいで一瞬だけ、しかし致命的に反応が遅れ、動いて打点をずらすのが精一杯だった。

 そこに衝撃波で炎を突き破って、南十星が突入してきた。


 飛び蹴りは《使い魔ファミリア》の腹に命中した。その衝撃自体は大したものではないが、同時に一秒間に一億回以上も高出力音波の打撃を受ければ、金属だろうと無傷では済まない。直接フォノン・メーザーが触れたフレームは、分子振動によって赤熱化する。稼動部分は溶融まではせずとも、部品が超高速振動でれた摩擦熱で溶着する。減衰されないため内側にも効果を及ぼし、断続的に加熱と冷却を繰り返して分子結合が脆弱になり、自然にはありえない速度で劣化していく。

 しかもそれだけでは終わらない。


「ああああぁぁぁぁっっ!」


 着弾と同時に、南十星の右足は破壊された。トマトジュースの缶を潰したように、バスケットシューズの隙間から血と肉片が噴き出す。すねが砕けてありえない方向に曲がり、骨片が外に飛び出している。

 それでも彼女は構わずに、残った膝を押し付けるように再加速する。


【――――!?】


 《使い魔ファミリア》はハウリング音の悲鳴を上げながら、猛烈な勢いで後退させられる。《魔法》で反撃しようにも、マフラー配管に偽装されたアームは、振動で根元の固定が破壊された。汎用機関銃を撃とうにも、遠隔操作式無人銃架RWSを構成していた部品は崩壊する。


「がっ……!?」


 またがる市ヶ谷も、無関係ではいられない。《使い魔ファミリア》を介した振動で三半規管と神経が狂い、全身がしびれたように動けなくなる。

 その状態で南十星は、腹から気合を吐き出す。


「はぁっ!!」


 同時に音のビームではなく、ただ増幅しただけの、ただしロケット発射の衝撃音よりも巨大な音が放たれる。

 空気の振動といえば風もそうで、強くなれば災害と判断される。同様に大音響は物理的破壊力を持っている。半閉鎖空間内なので加減しようとも、それが一瞬に集約され、しかも回避することなど不可能なのだから、恐るべき兵器となる。

 戦場の氷が音速で破砕される伝播でんぱと一緒に、市ヶ谷と《真神》は成すすべなく吹き飛ばされ、氷壁に激突させられる。その上から崩れた氷の天井が降り注ぎ、彼らの姿を覆い隠した。



 △▼△▼△▼△▼



 この夜、幾度となく轟音が鳴り響いた神戸に、新たな轟音が鳴り響く。

 最後の轟音はそれまで響いていた、花火とは違うが共通点ある爆発音とは全く異なり、テレビの中で北極海の氷山が崩れる音そのままだった。加えて一瞬真昼のように照らす、海上から空へ上る流星に騒然となる。

 かくして神戸市で発生した、前代未聞で未曾有みぞうの人為的大災害は、終息を告げた。

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