030_0210 妹がアホの子で困ってますⅣ~家族団らん鍋料理セット1⇒2人前~


 時間も時間ということで、部活関係者及び部外者の自己紹介が終わると、ガレージハウスのシャッターを閉めて解散し、帰宅ということになった。


 野依崎のいざきだけは例外だが、総合生活支援部の関係者は、学校から五分ほどの距離にあるマンションで生活している。

 部活を終えて一同が一緒に帰れば、ナージャと和真は通学路の途中で別れるが、部員たちは同時にエントランスを通り、同じエレベーターに乗り込むことになる。

 そこで挨拶し、各階で順に降りるのだが、十路と南十星は同じ階に降りた。南十星に用意された部屋は二階の二号室――十路の部屋の向かいだからだ。

 なのに彼女は、そちらの扉には見向きもしない。


「……なんで俺について来るんだ?」

「だって部屋に荷物運んだだけで整理してないし、住める状態なワケないじゃん。兄貴んトコで寝かせてよ」

「それもそうか」


 一晩くらいならベッドをゆずってもよかろうと承知し、指紋センサーによる電子ロックと、アナログなシリンダー錠を解除して、扉を開いた。



 △▼△▼△▼△▼



 自室に戻った十路は、風呂に入る。

 学生の一人暮らしの基準からすると、このマンションの広さは破格と言っていい。バスルームも相応で、湯船も足を伸ばして入る広さがある。

 そして日本人である十路は、やはり一日の締めは風呂に入りたいと考える。前の学校――自衛隊特殊作戦要員育成機関では『校外実習』と称して、海外に任務へおもむくこともあったが、その時はシャワーで済ませるしかない場合が多かったので、可能な場合は湯船でリラックスしたい欲求を持っている。

 タイマーで張られた湯に入り、いつもとは違う怠惰たいださを出すのが彼の常だが、しかし今日は考え事でくつろぐ気分ではない。

 考えるのは当然、南十星のことだった。


(どうもアイツと話すとペース狂うんだよな……)


 家族の存在をうとましく感じてしまう思春期でも、十路と南十星の仲は、かなりいいと言えるだろう。

 だからもちろん嫌っているなんてことはない。しかし十路は、南十星に苦手意識を持っている。いつものやる気なさげな野良犬の態度を、なぜか彼女相手では貫けない。

 密に連絡を取り合い、時々は顔を合わせていたが、長年離れて暮らしている。一番身近な家族という関係であり、しかし共に過ごした時間は友人程度という、奇妙な距離間の相手とは接し方に困るのだ。

 しかも今日からは向かいの部屋で生活し、物理的な距離も近くなる。校舎は違うとはいえ、同じ敷地の一緒の学校に通うことになる。

 そして放課後には、同じ部室に集まることになる。


(今までロクに兄妹らしく暮らしたことないし、どうしたものか……)


 そういった悩みをはぶいても、南十星の転入と入部を、彼はこころよく思っていない。

 総合生活支援部は準軍事組織でもある。しかもそこに集まる国家に管理されていない《魔法使いソーサラー》は、様々な理由により身柄と命を狙われる立場にある。

 そんな危険な場所に彼女を引きこむことに、強い抵抗感を覚えていた。


(大体なんで帰ってきたんだ? あっちで大人しく生活してればよかっただろ――)


 目を閉じて湯に体を沈め、十路はそんなことをボンヤリ考えていると、ガラッと勢いよく扉が開く音で意識が引き戻された。

 その音を怪訝けげんに思う間もない。まぶたを開いた視界一杯に肌色が入ってきて。


「ひゃっほー!」

「ぶほっ!」


 それが湯船に飛び込んで、盛大に飛沫しぶきを上げて、十路の腹に落下してきた。

 誰かなど考えるまでもない。南十星が飛び込んできた。かけ湯もせず、タオルで体も隠さないオープンっぷりで。


「お前なぁ!?」

「まーまーいーじゃん。久しぶりに兄妹の触れ合いしよーぜぃ」

「久しぶりって……そもそも一緒に風呂入ったことなんて、片手で数えられる回数しかないだろ」

「だからだって。あたしが物心ついた頃には、兄貴は育成校で寮生活してたしね」


 南十星は悪びれの欠片も見せずに文句を聞き流し、十路に背中を預けて座椅子にする。


「……少しは恥らえ」

「なに? 風呂場だけにヨクジョーしちゃう?」

「妹相手にするか」

「だったらいーじゃん」


 惜しげなく肌の感触を伝えてくる南十星に、十路は困って軽く叱る。高校生と中学生になってまで一緒に入浴し、密着するのはどうかと思う。

 しかし、くつろぎ始めた南十星に言っても無駄な予感がし、相手が相手なので気まずく思うこともない。今さら追い出すのをあきらめて、今日だけは好きにさせることにした。


(相変わらず小さいな……色々と)


 南十星のつむじを見ながら思い出す。十路の記憶では、三年ほど前から成長が止まっている気がする。

 身長はもちろん、体つきも起伏がとぼしい。直接触れると体脂肪率の低さを感じる硬さがある。全裸ならわかるかすかな丸みや、栗色のショートヘアからただよう香りに女らしさを感じるが、まだ子供の印象が先に立つ。


(小さい頃から体を鍛えると、成長が止まるって話があるけど、それって本当なのか?)


 五年前に伯父の元で暮らし始めてから、南十星は毎日のように格闘術のトレーニングをしている。

 彼女が修めているのは特定流派の武術ではない。有効だと思ったものを取り込んだ末にできた、彼女独自の総合格闘術だ。空手やシラット、カポエイラ、テコンドーなどの打撃系格闘技を混ぜているように十路は感じるが、かと思えば駅前でのようにプロレス技なども使う。

 ただし南十星当人にそれを訊けば、別の答えが返ってくるだろう。

 彼女の格闘術に元となったのは、映画だからだ。稀代の俳優にして武術家、截拳道ジークンドーの開祖、あのブルース・リーを敬愛してできたものだ。


(練習も最初はメチャクチャだったらしいけどな……)


 ちなみに初期の練習とは、やはり趣味である映画を参考にしたもの。洗車でのスポンジの動かし方や、柵にペンキを塗る刷毛はけの動き、上着を脱いで着る動作を、真面目に反復していた。


(今日見た限り、また正体不明の格闘術に進化してるし……)


 十路も実戦レベルの格闘術を修めているから、ナージャとの組み手を見れば、おおよそは南十星の腕前がわかる。

 リーチは短い。ウェイトは軽い。パワーはない。

 しかし見た目であなどってかかる相手であれば、男でもす。自分の弱点を自覚しており、ルール無用の急所攻撃も行うので、先ほどの組み手でもナージャの動きがもっと緩慢かんまんならば、ノックアウトを奪っていたかもしれない。


(……というか、あれでナージャが通信空手初段とか、絶対ウソだろ)


 思考が南十星以外のことにれた。


「なぁ、なとせ」


 だからというわけでもないが、気の抜けた態度で十路は問う。


「んー?」

「転入のこと、向こうでなんて言ってた?」


 『向こう』とは、長年南十星が暮らしていた伯父の家のことだ。


「おじさんたちには反対されなかったよ。『あなたが選んだことだから、あなたの好きにしなさい』って」

「一応子供じゃないって思われてるのか?」

「にはは。そんなことないって。出発前におばさんからすっごく心配されたもん」

「『ハンカチ持った? おこづかい大丈夫?』とか?」

「そそ。そんな感じ。そんでおじさんは空港で男泣き」

「そっか……俺からも連絡入れないとな。しばらく話してないし」

「あー、やめた方がいいと思うよ? もう八時だから寝てるっしょ」

「明日の話だ……その辺りはお前で慣れたよ」


 南十星は朝五時に起きて活動する替わりに、夜九時には寝てしまう、今時は小学生もしない生活サイクルを送っている。十路から連絡する際は、にはつながらない事が多いので、いつも朝に電話をしていた。


「ねぇ……兄貴」


 今度は南十星から、振り向かず顔を見せずに問いかけてきた。


「迷惑だった……? あたしが兄貴のところへ帰ってきたこと」


 明朗快活な彼女らしくない、不安げな声だった。他の者にそんな態度は絶対に見せない。そして十路であっても滅多に見せない。


「迷惑というより……かなり戸惑ってる」


 だから考えて、正直な心中を吐露とろした。


「俺たちの立場は危険すぎる。ここにいない方がいい」

「でも……あの時、兄貴がかけた『魔法』は、もう効かなくなってる」


 彼女の例えで、事態は思ったよりも深刻だと気付かされ、驚いた。


「連中が来てたのか……!?」

「定期的に訪ねてくる人はいたし、最近はそれがちょっと増えた程度」

「……俺がここにいるせいだな」

「そうじゃないよ。来るべき時が来たってだけ」

「いや、お前が大人になるまでは、続けなければいけなかったことだったんだ……すまん」

「謝らないで。兄貴は充分あたしを守ってくれた」


 二人以外には伝わらない、主語が不明確な過去から続く話だ。

 それがあったこそ、彼らは今のような関係になった。もしもその過去がなければ、いま彼らがここにいる事はない。

 家族という関係もなかった。


「タイミングだよ。そんな時にりじちょーから、今回の話があったから、あたしはそれに乗って、帰ってきた」


 その言葉に、十路は小さなため息を、南十星の頭にこぼした。

 《魔法使いソーサラー》はその能力ゆえに、普通の暮らしを送ることなどできない、周知された裏社会の人間だ。

 だから五年前、南十星が社会の闇に触れることなく、ごく人並みの生活を送れるよう、彼は親戚たちと共に策を練って行動した。

 ただし、その方法には時間制限がある。彼女が二二歳になれば避けては通れない、問題を先送りにするだけのものだった。

 十路はそれすらも途中で続けることができなくなった。言葉を変えれば、彼は家族を守ることができなかった。


(向こうがダメになったなら、俺の近くにいてくれた方が、守りやすいか……)


 だから考えを改めた。

 南十星もまた、総合生活支援部に入部する資格と理由を持つ、ワケあり《魔法使いソーサラー》になってしまったのだから。

 普通の生活が送れなくなった南十星と、そんな存在を集めているつばめ、双方の利害が一致した結果だと十路は考えたが、彼女は意味不明の言葉で否定する。


「あたしは、長靴をはいたネコになるために帰ってきた」

「……は?」

「わからなくていーの」

「?」


 一転して明るくそう言い、湯の中で温もり求めるように十路の腕を引き寄せてながら、それ以上のことを南十星は話さなかった。

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