030_0201 妹がアホの子で困ってますⅢ~ムービー風げんこつ焼き&ロシア風刀削麺~


 イクセスの事を説明しつつ、オートバイの後部に南十星なとせを乗せて十路とおじが部室に戻ると、レディーススーツの長久手ながくてつばめが笑顔で迎えた。


「ドラマティックな出会いになった?」

「ドメスティックなバイオレンスになりました」

「『お兄ちゃん……心細かったよぉ』とかならなかったの?」

「アレ、そんなこと言うタマじゃないです」


 十路が指差す先の南十星アレはというと、彼が外出した間にそろった、部員と部外者のフルメンバーに囲まれていた。


「にはは。みんな、お久しぶりー」

「やっぱりあの時のだ……まさか堤先輩の妹さんだったなんて……」


 以前会った《魔法使いソーサラー》は顔を隠していたが、声や印象が一致するだけでなく、その時とほぼ同じ格好をしているので、あれが南十星だったと理解できる。

 樹里は納得のため息をついて、振り返る。


「だけど部長はご存知だったんですね……」

「堤さんの妹さんだとは、その時に辛うじてわかりましたけど……いろいろゴタゴタしてて、忘れかけてましたわ」


 今日はカジュアルチュニックにショートパンツという服装の女性が、木陰の獅子ライオンのような気だるげな態度で頭をかく。

 総合生活支援部部長、コゼット・ドゥ=シャロンジェ。背中まで伸ばした金髪ゴールドブロンドは、ゆるふわパーマに仕上げられているが、そう言ったら『アホっぽい呼び方やめろっつーの』とケチつける大学部二回生は、以前南十星と顔だけは合わせている。

 《魔法使いソーサラー》を嫌う国の王族にコゼットが生まれた事に起因する騒動が、大事には至らずに収めることができたのは、南十星の役割が大きかった。彼女のお陰で、今はまだ公的には王女という身分ではあるが、先々では一般市民扱いとなり、平穏な生活を送れる事態になりつつある。


「また備品を作らされたから、新入部員が来ても不思議ないとは思いましたけど、まさか今日だとは……」


 ちなみにコゼットはここ数日、部室には顔を出す程度しか来ず、部のことは十路と樹里にゆだねていた。

 更に寝不足なのを隠すため、普段は薄くしかしない化粧がやや濃くなっている。

 それは彼女が《付与術師エンチャンター》と通称される、《魔法》の特殊技術者としての仕事を行っていたからだった。自由にできる時間だけでなく、夜更かしをしないとならない程度には、急ピッチの仕事だった。

 それに納得した様子で、コゼットは振り返る。


「フォーさんはあの子の正体、ご存知だったようですわね?」

イエス。今日の転入は、自分も初耳でありますが」


 そして野依崎のいざきは、南十星の正体を知っている。以前の部活動の際、顔を合わせて接したのだから。


「知ってるなら教えとけっつーの」

「面倒であります」

「…………」


 その決め台詞を出されたら、コゼットはあきれ半分あきらめ半分で流すしかない。


「改めて自己しょーかい!」


 ピシッと姿勢を整え、指先まで力が入った右手を上げて、選手宣誓のように南十星は言う。


「堤南十星でぇっす! 一四歳中学二年生! 趣味は映画鑑賞とトレーニング! 質問は!」

「はいはーい!」


 ウルフヘアの男子高校生――高遠たかとお和真かずまが元気よく手を上げた。いつも剣道部に顔を出さずにこの部室に入りびたってるが、十路がいる間には来なかったので、もしかすればそちらに連行されていたのかもしれない。


「俺の妹にならないか?」

「ヤ」


 どこまで本気か不明な言葉は、一文字でバッサリだった。

 それにおずおずと、樹里は問う。


「高遠先輩、前にナージャ先輩一筋とか言ってませんでした……?」

「だからナトセちゃんは妹」

「…………」


 樹里は基本的に優しい。だから彼女は口に出さない。『それでどこが一筋ですか?』などというツッコミは。

 そんな優しさなど理解していない和真は、南十星の輝くような笑みと言葉を受けていた。


「ゴメンね、センパイ。あたしの兄貴は一人しかいないから」

「じゃあその他の親密な関係なら!?」

「ムリ」


 今度は二文字で、断固たる拒否をドンと。ほぼ初対面なのに関わらずと思うべきか、それとも初対面だからこそと考えるべきか。

 和真は幽鬼のような顔と動作で振り返った。


「……十路よ」

「なんだ、和真よ」

「なぜ、お前の周りには女の子が集まる……?」

「この部室に入りびたる和真の周りでもあると思うが?」

「だけど女性陣の皆さん、俺と十路じゃ態度が違うじゃないですか!?」

「どんな風に?」

「樹里ちゃんに愛想笑い以外の笑顔向けられたことないよ!?」

木次きすきが反応に困ることばかり和真が言うから」

「お姫様に『ご苦労様』なんてねぎらってもらったことないよ!?」

「俺が部活の用事を片付けてる時、お前はマンガ読んでるから」

しずくちゃんから話しかけられたことないよ!?」

野依崎アイツは俺にも用事がなければ話しかけてこない」

「ナージャに抱きつかれて胸押し付けられたことないよ!?」

「むしろ代わって欲しい。アレ正直うざったい」

「人工知能さん俺にキツいよ!?」

「イクセスは俺にもキツいこと言う」

「そして今! なぜ! 新たに! お前を兄としたう女の子が!」

「なとせが俺の妹だから」

「お義兄にい様と呼んでいいですか……?」

「本気でヤメロ……! 気色悪い……!」


 錯乱している気がする和真にこれ以上は関わりたくないとばかり、十路はおののきながら吐き捨てて、話し相手を変えた。

 その際に表情も変えて、真剣なものにする。


「理事長。なとせが入部するって、どういうことですか?」

「キミと同じパターンだよ。ワケありの《魔法使いソーサラー》に声かけて、応じたから、入部を条件に生活の保障をした」

「俺は反対です」

「どうして?」

「知ってるでしょう? なとせの『ワケあり』は、俺より問題があるからです」

「堤さんより問題があるって、どういうことですの……? 話せないなら聞きませんけど……」


 部の暗黙の了解に触れると理解しているはずだが、おずおずと、十路の事情に触れたことのあるコゼットが口を挟む。

 出来損ないを自称する彼だが、その実態は《騎士ナイト》と渾名あだなされ最強ともくされる、元自衛隊特殊隊員だ。所属していた頃は秘蔵っ子であり、秘密兵器のような扱いをされていたと想像できる。

 そんな彼がワケありとなった理由は相当のことで、それを上回る問題など、簡単に想像できない。


「話せる内容だけ話しておくと、なとせは一度も育成校で《魔法》関係の教育を受けてないんですよ……いや、それだけなら、まだいいですけどね?」


 感情をあまりおもてに出さない十路には珍しく、『ほとほと参った』と伝わる重い態度で、南十星へと質問した。


「鎌倉幕府の制定は西暦何年?」

四一九二よいくに作ろう鎌倉幕府!」


 過去を学ぶ歴史問題のはずだが、二千年後の未来が予言された。

 ちなみに昨今、鎌倉幕府制定は一一八五年となっている場合がある。


「水晶はなんでできている?」

「水!」


 鉛から金を作る錬金術以上の無茶な化学が発表された。

 ちなみに正解は、二酸化ケイ素という物質である。


「一たす二かける三は?」

「九!」


 『二個一組で売っているリンゴ三組と、余りのリンゴ一個があります。全部でリンゴは何個?』という応用問題において、リンゴは増殖するらしい。


「わかりました?」

「…………」


 十路は同意を求めるが、コゼットはあきれ果てた様子で返答に迷っていた。確かに出来損ないの《騎士ナイト》以上の大問題だった。

 この世界の《魔法》とは、知識と経験から作られるもの。そして現代の《魔法》は科学技術で、物理現象を理解するためには、高等教育以上の理数系の知識が必要となる。

 つまり、重要ステータスが知力インテリジェンスであるゲームの魔法使いや、賢者扱いされる物語の魔法使いと同じように、それなりに頭がよくないと《魔法》は使えない。日常生活で恥をかくレベルでは論外だ。


「でも先輩」


 ただそれには、一応といった感じで樹里が口を挟む。


「妹さんが前に《魔法》を使ってるの、見ましたけど……?」

「そりゃ使える《魔法》がゼロだとは思ってない」


 《魔法》は知識と経験から作られるのだから、その《魔法使いソーサラー》の人生経験が反映される。

 曲りなりにも十数年間生きた《魔法使いソーサラー》ならば、なにか使えるだろうと、十路は続ける。


「だけどなとせは、ずっと普通の学校に通って、普通の人間と同じ生活を送ってる」


 《魔法使いソーサラー》はその能力ゆえに、普通の生活を送れる人種ではない。国家に管理されていないワケありとなると、それはもっと顕著けんちょになる。

 だから総合生活支援部が存在する。一般人の中で《魔法使いソーサラー》が生活するという社会実験の名目で、彼らが普通の生活を送るための理由であり、交換条件として。

 しかし南十星は、交換条件なしでそんな生活を送っていると、十路は言う。普通そんな事はありえないが、事実ならば十路が言うように、彼女が入部する理由もない。


「そういう意味では、俺たちと違う」


 十路が入部に反対する理由を聞いて、つばめは南十星に振り返る。大事なのは周囲の意見ではなく、本人の意思だと。


「ナトセちゃん、どうする? ここに入部する?」

「入部します」


 強い決意を感じさせる、真剣な即答だった。


「あたしは、そのためにここに来ました」

「ってことだけど、トージくんの意見は?」


 悪意を微塵みじんも感じさせない、無邪気で邪悪な悪魔の笑顔を向け、つばめは再度問う。

 それに十路は、内心で舌打ちした。


(なとせがこの顔して言い出したら、俺がなに言っても聞かないんだよな……)


 いつもヘラヘラしているくせに、本気になったら絶対に引かない、芯の強さと頑固さが南十星にはある。だから十路はどうしたものか悩んでいると、つばめの話はまだ続いた。


「ちなみに《魔法使いソーサラー》だといろいろ面倒だけど、ナトセちゃんの転居とか転校の手続きは一通り終わってるから」

「そっかー。書類二〇〇枚くらい書いた手続き済んじゃったけど、兄貴に帰れって言われたら、またメンドーな手続きし直さなきゃなんないなー」

「あ、ナトセちゃんの荷物は、昼間に業者がマンションに運んでるから」

「そっかー。お別れパーティ開いてまで盛大に送り出されたけど、恥ずかしながら帰って、同じ部屋で生活しないといけないのかー。引越し料金もお安くないけど、兄貴に反対されちゃったら仕方ないよねー」


 シリアスな空気はどこへやら。わざとらしいつばめの南十星のやりとりに、こみ上げる怒りと悔しさで十路の拳がブルブル震えた。


「だからなとせは転入を黙ってたのか……!」

「イエス!」

「こういう逃げ道をふさ策略やりかたはまた理事長か……!」

「いえす!」


 同じ晴れやかな笑顔で、南十星とつばめは共に拳を突き出す。

 面倒な手続きが終わり、少なくない金銭が関わる状態では、さすがに『帰れ』とは言いにくい。

 しかしそれは二人が結託した策だった。なにも知らずにはまっていた事が、十路はものすごく腹立たしい。


「ナージャ? どうしたんだ?」


 不意に聞こえてきた和真の声に、その場の全員がそちらを向く。


「…………」


 ナージャはにらむように細めた目で南十星を見ていた。溶けかけた雪ダルマのようなゆるい彼女が、敵意とも取れる険しい顔をするのを、十路は初めて見た。


「おーい、ナージャ――かはっ!?」


 肩に手をかけた和真に対し、ナージャは『邪魔するな』と言わんばかりに、無言で喉に貫手を叩きこんで悶絶させた。

 彼女が和真を地獄突きでノックアウトするのはほぼ毎日のことなので、別段珍しい光景ではない。しかしそれは言い寄る和真を黙らせ、時には強硬手段に訴えようとする彼を迎撃するためで、こういう冷たい反応はナージャらしくない。

 十路は思い出し、そして気づいた。彼が転入した時には色々賑やかだったナージャが、新入部員でしかも十路の身内というネタ満載の南十星を見ても、ずっと黙っていることを。


「…………」


 鋭い視線を受けて、笑顔だった南十星の顔から表情が抜け、空白と戦意が浮かぶ。

 剣呑な空気を放つ二人が、ゆらりとした動作で歩み寄り、距離を詰める。

 そして凄まじい速度で衝突した。長い白金髪プラチナブロンドをなびかせて、ミリタリーベストの裾を舞わせて、貫手と拳と手刀と掌打とひじひざすねと足刀が鋭い音を立てて交錯する。

 喧嘩どころではない。虎とひょうが殺し合う気迫に似ていた。


「ちょ――!?」


 驚く樹里が止めるより早く、互いに痛撃を与えられない攻防を終え、二人は同時に跳び下がって間合いを開く。


「へぇ……やるじゃん。特に地獄突き、ヤバイっしょ」


 攻防で脱げたキャスケット帽を指先で回し、南十星は好戦的な笑みを浮かべる。


「ふふっ……わたしの十八番おはこを避けるとは、いい目してますね」


 手は下ろしたが闘争心はみなぎったまま、ナージャも冷たい笑みで応じる。

 日頃のホンワカした態度とは一変した、刃物のようなナージャの攻めも驚異的だが、そんな長身の彼女と平然と渡り合う、小柄な南十星の度胸と身体能力も並みではない。


「堤南十星。総合格闘術だから流派はない」

「ナージャ・クニッペル。通信教育ですけど空手を修めています」


 突然戦い始めた彼女たちは、武芸者のような自己紹介して、無造作に歩み寄る。今度はなにをする気かと、周囲が半ば固まって注目していると。


「「友よ!!」」


 ガシィィィィンッなどというロボット合体時SEサウンドエフェクトが響きそうな握手をガッチリ交わし、言葉で語らずとも拳で理解し合った二人は、満面の笑みで互いを認めた熱い友情を結んだ。


「十路くん! この気に入っちゃいました!」

「兄貴! このおねーさんスゲー気が合いそう!」

「お前ら何がしたいんだ!!」


 テンション高めで変なことをしたがるナージャと南十星がシンパシーすることに、十路は多大な不安を覚えて、らしくなく全力でツッコんだ。

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