030_0300 兄と彼女の絶対領域Ⅰ~子犬用プリン カスタード風味~


 時間は翌日の放課後に進む。


「ふぇ? 妹さん、今日から登校してるんですか?」

「そうらしい……学校はまだいいから、荷物片付けろって言ったんだけどな」


 総合生活支援部の部室には、メンバーはまだそろっていない。樹里はパソコンで依頼メールの処理をしながら、十路は地面に座ってなにやら作業しながら、来ていない新入部員の話をしていた。

 ちなみに今日も校内から《魔法使いソーサラー》への依頼メールは大量に来ているが、やはり『《魔法》でも無理』という内容か、『法的に無理』という内容か、『自分でやれ』という内容ばかりで、樹里の処理はとどこおりなく進んでいる。


「アイツ、今日も俺の部屋で寝る気なのか……」

「先輩の部屋に、ですか?」

「あぁ。しばらく面倒見ないといけないみたいだけど……」


 そこで彼はふと、樹里に姉と、その夫である義兄がいるという話を思い出した。


「なぁ、木次。この歳の兄妹きょうだいって、どのくらいの距離感なんだ?」

「…………」


 堤家の事情とは大きく違うが、なにか参考になるかと思い、彼は一般常識として質問したのだが、無反応だった。

 不審に思った十路が振り返ると、感情を素直に顔に出す樹里には珍しく、彼女は無表情で遠くを見ていた。


木次きすき?」


 もう一度問いかけると、樹里は表情も目線も変えないまま、感情が感じられない声を出す。


「……妹さんを抱き締めます?」

「俺からはない。プロレス技をかける時にアイツから抱きついてくる」

「……妹さんに『愛してる』って言葉、使います?」

「冗談で言うことはあっても、本気で使うことはない」

「……妹さんと一緒にお風呂入ろうとします?」

「…………」


 昨夜の出来事を答えるのはどうかと思ったので、十路は口を閉ざした。

 しかしこういう質問は、否定しなければ肯定するのと一緒だった。だから黙っていたガレージハウスの住人オートバイが、端的に彼を評した。


【シスコン】

「違う」


 そんなイクセスと十路のやり取りは、樹里の耳を素通りしているようだった。彼女は虚ろな目のまっさらな顔で振り返る。


「今のが全部イエスじゃないなら、仲がいいだけの普通の兄妹ですよ……」

「…………そうなのか」


 なにがあったか知らないが、樹里の心の柔らかい部分に触れたことは、空気の読めない十路でも察したので、それ以上は黙った。

 そして手元の作業に戻ると、彼女もメールチェックに戻り、しばらく運動部のかけ声が遠くから聞こえる沈黙が宿る。

 しかしさほど間を置くこともなく、奇妙な空気は明るい声でぶち破られた。


「おいーッス!」


 初登校を無事に済ませ、学生服姿でスクールバッグを肩にかけた南十星がやって来た。

 今の彼女は髪を左側頭部でくくり、昨日よりも幼げな、しかしハッキリ女の子だとわかる印象を放っている。この髪型は十路もあまり見ないのだが、南十星の弁によるとサイドテールが普段の髪型で、休日は帽子を被るので下ろしているから彼が見たことは少ないらしい。

 離れて暮らしていたから仕方ないが、やはり南十星のことをよく知らないと、十路が改めて思う一幕があった。


「やはー。イっちー元気かねー?」

【……もしかして、それが私の呼び名ですか?】


 初対面から一夜しかたっていないが、南十星はすでにオートバイとの会話に抵抗感を持っていなかった。最初意思を持つ機械を紹介した時には、相応の混乱を示してみせたのだが、今や逆にイクセスの方がひるむテンションだった。


「そしてじゅりちゃんもお疲れー」

「お、お疲れ……」


 そんな気軽な挨拶をする南十星に、どう応じたものか困った樹里は、人懐こい顔を歪めて戸惑った笑いで応じる。


「コラ」

「あたっ」


 いつの間にか背後に立った十路が、南十星の頭に軽くチョップを振り下ろした。


「先輩相手に『じゅりちゃん』はないだろ?」


 十路が以前いたのは陸上自衛隊の育成機関で、上下関係に厳しい環境だったため、彼もそういった意識を持っている。


「えー。『木次センパイ』なんて呼ぶより、その方が親しみやすいじゃん?」

「親しみやすいっていうか、木次をナメてるぞ?」

「や、先輩、今さらじゃないですか?」


 これまで部室に集まる面々で、樹里より年下なのは小学生の野依崎のみ。しかも彼女は子供だと思えない物言いをし、上下関係を意識している節はない。

 だからそういう扱いをされても困ると、樹里は応じる。


「こういうのはちゃんとした方がいいぞ?」

「や~。私は『なっちゃんはこういう子なんだなー』って思う程度で、あんまり気にしませんけど……」

「…………」


 聞き慣れず、これまた馴れ馴れしい固有名詞が樹里の口から出てきた。どうやら彼女はそういう親密な関係を望んでいる様子だった。


「まぁ、その辺アバウトな部活だし、木次がいいならいいか……」


 身内に甘くすることに十路はいい顔しないが、本人がそう言うならばと、意見を引っ込める。

 そして今朝も見た南十星の制服姿に、日頃からよくない目付きをより悪くした半眼を向けた。


「……その制服、学校で問題なかったのか?」

「ちょっと言われた。でも説明したらせんせー納得してくれたよ?」

「そんな改造見たことないぞ……」

「りじちょーに転入前から頼んでたトクチュー品だよ。ジャンスカって動きにくいじゃん?」

生地きじも違わないか?」

「うん。ガンジョーなのにしてもらった」


 彼女が着ているのは、中等部女子に指定されている脛丈すねたけのジャンパースカートだ。しかし南十星が着ているそれは、深い切れ込みが入っていた。ちゃんとふちが縫製されていて、ただ切っただけではない、本格的なリメイクをうかがわせる。

 下にレギンスをはいているため、脚を見せる意図とは違うとわかるので、乗馬に適した漢服や、中国武術の表演服のような印象を覚える。


「こんな制服で問題ないのが、この学校のフリーダムさだよな……」

「とゆーかこの学校、せーかくには制服ないじゃん?」


 修交館学院に『制服』と呼ばれる服はある。しかし厳密には標準服と呼ばれるもので、着用が義務付けられている服ではない。留学生が多く、民族衣装で通う者もいるため、義務ではなく推奨に留められている。

 ただし多くの学生は登校時に着用するので、やはり『制服』と呼んでいるが。


「や~、そんな話になったら、私も動きやすくするために、スカートたけを詰めてますけど……」


 樹里が困ったような笑顔で、兄妹の会話に口を挟む。

 確かに彼女がはく高等部指定のチェック柄プリーツスカートも、標準のものより短いと言えば短いが、十路はそうは見ない。


ひざを出す程度だし、普通って言っても通じるだろう?」

「や、まぁ、そうですけど……もっと短い人いますし」

「というか木次の場合、もっと長くてもいいだろ? よくパンツ見せるし」

「人を露出狂みたいに言わないでください!?」

「そういえば前の部活、スカートでバイクに乗ってたよな? パンツ丸見えだったぞ?」

「あれは仕方なかったじゃないですかぁ!」

「そんなにパンツ見せたいのか?」

「ややややや! 見せてるわけじゃないです!? 見えちゃってるんです!」

「だったら対策しておけよ。なとせみたいにレギンスとか、アンダースコートはけばいいだろ」

「や、はくと違和感が……あとれるんです」


 華やかな西洋美人のコゼットやナージャと比べ、自分が地味というコンプレックスを抱いているが、樹里も充分可愛らしいと言える顔立ちをしている。加えて家庭的で愛嬌のある性格で、やや抜けているが、だから親しみやすいとも言える。

 花に例えれば、空き地に咲くタンポポ。バラの花束や胡蝶蘭こちょうらんのように注目のまとにならずとも、嫌う者はまずおらず、でる者も少なくない魅力を持っている。

 だからトラブルは事前に回避しようする十路は、男には嬉しいサービスシーンを連発する樹里の無防備ぶりを、こうして時折注意をする。


「男なんて単純だから、何度もパンツ見せてたら、変な勘違いする奴いるからな?」

「や、私の恥を何度も見てる人は、きっと堤先輩だけだと……」

「確かに一昨日おとといはピンク、昨日は白、今日あたりドット柄って予想できるくらい見てるけど」

「なんで下着のローテーション知ってるんですか!?」

「をい。まさか正解なのか」


 そんな二人のやりとりに、南十星は真顔で疑問を挟む。


「兄貴とじゅりちゃんって、彼氏彼女カレカノなん?」

「は?」

「だってパンツのことで語れるなんてさぁ? そーとー親しくないとムリじゃん?」


 樹里は慌てて手を振って、十路は平坦な声で否定する。


「ふぇ!? や、違うよ!?」

「よく世話になる部活仲間ってだけだ。彼氏彼女とか、そういう関係じゃない」


 否定はするが、実際のところ十路と樹里の間には、コゼットや野依崎のいざきとは違う関わりがある。

 樹里が持つ『秘密』――《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》を使う異能のことを、十路は知っているからだ。秘密の共有という信頼感と、それゆえの緊張感がある、特殊で密接な関係を結んでいる。

 ただし恋愛感情といったものは、双方が抱いてはいないのは事実だ。


「まぁ、事故で木次の際どい場面見たし、胸のサイズおおよそ知ってるけど」

「なんで忘れてた余計な話をバラすんですかぁ!?」

「だから、もう少し男の目を気にしろって言ってるんだ」

「う゛~……」


 強引な締めくくりに納得できはしないだろう。樹里は子犬のように迫力なくうなる。

 そんな彼女をなぐさめるようにも、たしなめるようにも思える態度で、十路は樹里の頭にポフポフと手を乗せた。


「……ふーん」


 二人の様子に気の抜けたような返事だけをして、感想らしい感情を見せず、南十星は話を変える。


「ところで兄貴、なにやってんの?」


 十路が座っていた場所には消火器と、棚のダンボール箱に入っていた工具が転がっている。

 以前の《魔法使いソーサラー》絡みの部活動で、彼は学校に設置された消火器を改造し、それを武器とする奇策を使った。《魔法》が使えず銃火器など入手できないゆえの苦肉の策としては、手ごろな大きさの金属容器と、致傷できるガス圧を持つ消火器は、即席の武器を作るのに使い勝手がいいのだ。

 しかしそんな事を知らない者が見たら、なにがしたいか理解不能だろう。知っている樹里にも不明だった。


「また危ない部活を用心して、消火器の改造してるんですか?」

「いや違う。前に持ち出した消火器に、蓄圧式のがあったんだ。元の場所に返そうと思ったけど、もう新しいのが設置されてたから、これはいらないかと思って遊んでるだけだ」

「ちくあつ?」

「その辺に置いてある消火器なら、加圧式と蓄圧式の二種類があるけど、俺が改造して使うのは加圧式だけなんだ」


 十路は隅の流し台で赤い容器に水を入れながら、樹里に説明する。

 蓄圧式消火器とは、容器内部の圧力が常時高められているもの。加圧式消火器とは、内部の別容器に高圧縮ガスを封入してあるもの。そして改造するには中を開けなければならないので、加圧式の方が作業しやすい。


「だけど遊ぶ程度なら、別の使い道もある。ちょっと改造して水と空気を入れれば――」


 十路がやっていたのは、消火器のレバー根元に穴を開け、そこに自転車のタイヤに使われるゴム弁を取り付けるという、簡単な改造だった。

 水を入れた容器にレバー部分をつけて密閉し、やはり部室のダンボールに詰め込まれていた自転車用の空気入れで、シャコシャコと消火器に空気を送り込む。圧力が十分高まったところで止め、やはり自転車のタイヤのようにふたをした。

 そして十路はどうしようかと目標に迷ったところで。


「おぉ! ナトセちゃんの制服姿! かわいーじゃん!」


 タイミングよく剣道部をサボった和真かずまがやって来た。


「にはは。どーだ、和っちセンパイ!」

「……その呼び方、俺のこと?」

「そだよ? イヤ?」

「いやいやいや、親しみやすくて光栄ですなー……って、なんでその制服、チャイナドレスみたいにスリットが入ってんの?」

「ちらっ」

「おぉ」

「ちらちらっ」

「おぉ!」


 レギンスをはいているので見えてもあまり嬉しくないと思われるが、それでもスカートを揺らす南十星の脚を見ようとする和真に、十路は消火器のホースを向けてレバーを引く。


「ぶべ!?」


 すると水流が発射され、和真の顔面で弾けて転倒させた。


「――とまぁ、水鉄砲になる。ちょっと高いのだと、ポンプで空気入れて遠くまで飛ばせるヤツあるだろ。あの仕組みと同じだ」

「あの、堤先輩……? 水鉄砲って割には威力が強すぎるような……?」

「これでも弱い。強いポンプがあれば、小さい高圧洗浄器くらいの圧力かけられる」


 脚を見ようとしていた和真を心配しづらいが、それでも彼を吹き飛ばしても気にも留めない十路に、樹里は若干引いた。


「今の結構痛ぇぞ!?」

「ナージャの地獄突きよりはマシだと思う」


 濡れた顔を怒らせて起き上がる和真に、十路は『ナージャじゃなくても女なら誰でもいいのか』と冷淡なまま応じる。


「俺が女の子と会話してる時は聞き流すクセに、なんで今日は……」


 そんな和真のぼやきに、珍しくイクセスが反応した。


【カズマが声をかけたのが、妹だからでしょう】

「ほうほう。ということは、堤さんはアレですかな?」

【えぇ、きっとアレでしょう】


 普段ならナージャとやるような息の合ったところを見せて、和真とイクセスが声を重ねる。


【「シスコン」】

「黙レ」


 消火器のホースを一人と一台に向けて、十路はレバーを引いた。

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