020_2500 抗う獣たちは銘々の所以にてⅠ~Brute force attack -Stray Dog vs Falcon-~
「チェックメイト」
ガラスの冷たく固い音と共に、つばめがナイトの駒を動かした。
白いクイーンにも逃げ場を奪われており、黒いキングは完全に追い詰められた。
「集中しないと、勝てるゲームにも勝てないよ」
「そうですね……」
つばめに言われ、クロエは苦笑を返すしかない。装着した無線機からの会話で、盤上の戦いに集中していなかった。
終盤ではかなり劣勢に追い込まれていた。
「ねぇ? キミはなにをやりたいの?」
彼女らしい、なにかを
「クロエちゃんは本気でコゼットちゃんを潰す気あるの?」
「先生。わたくしの口からなにを言わせたいのですか?」
それにクロエは、笑みを浮かべているものの、やや
「キミの本音が聞きたいんだよ。ここはプライベートな場だし、他に誰もいないし、別に言っちゃっても問題ないんじゃない?」
「…………」
沈黙するしかない。
いくら他に誰もおらず、個人的な知り合いとの私的な会話であろうと、彼女が口に出してはならない言葉だから。
そして――
(今さら言えるわけないでしょう……?)
四割の呆れと六割の苦い思いは、クロエは心の中で
「言葉は声に出して伝えなければ、誰にも伝わらないよ?」
「伝える必要性がない場合もあります」
「この場合はそうなのかな?」
「ええ。いらぬ混乱が起こります」
話すよう
「それで。コゼットちゃんたちの様子、どうなの?」
証拠に落胆を感じさせない微笑で、つばめは無線機を指差した。
「先生のおっしゃる通り、
「ここに向かって来てるのかな?」
「でしょうね」
△▼△▼△▼△▼
「どけええぇぇぇぇっ!」
人工島を外周する幹線道路を、男女を乗せた巨大な狼が疾走する。
そんな非常識で物体の進攻を止めようと、兵士たちは泡を食って銃を向けるが、巨狼は体躯に似つかわしくない軽やかな動作で、狙いを外す。それどころか兵士を引っかけ吹き飛ばし、車を蹴り倒し、障害を飛び越え、進む足取りを
「
規則正しく上下する背中で、装飾杖を脇に抱えて腰に抱きつくコゼットは、背後で怒鳴る。
「堤さんの装備もあるようですわよ!」
「はぁ!? なんで!?」
「知るかっつーの! 理事長の仕業じゃねーですの!?」
「ありそうだ……!」
分離帯の立ち木や高架で姿は見えないが、聞き慣れたエンジン音が近づいてくるのはわかる。
「止まらずに合流しますわよ!」
「了解!」
十路たちは道なりに左折すると、ちょうど道路の合流地点で《バーゲスト》とも合流した。
「すごいのに乗ってますね!?」
並走してきた巨狼の姿に、長杖を抱えて片手でハンドルを握る樹里がギョッとする。
そんな彼女の背後に、巨狼の操作権をコゼットに返した十路は飛び移る。
すると車体左後方に、傷だらけの黒い
どういう経緯で十路の
ただし好材料を拒否する理由などない。不確かだった事態が確実にできるから歓迎すべきと、今はなにも聞かずに納得した。
「私の
「助かる!」
早速開き、
【トージ。中に奇妙な物が入っています】
「なんだ?」
更に
【基盤むき出しの電子部品……ですか?】
「……おいおい? まさか?」
腰の後ろの鞘に、コンバットナイフを拡大したような短剣を押し込んで、車上で十路の戦闘準備は完了する。
イクセスが言う不審な電子部品に、心当たりがなくもないが詳しく考えない。
進む先には、軍用らしい迷彩が
コゼットと共に潜入を
しかし今は《
『先輩!』
樹里が固定を解除し、左ハンドルバーを投げ渡してくる。
「衝撃グレネード
受け取って後部から発射
【EC-program 《Thermodynamics Grenade-discharger》 decompress.(術式 《熱力学擲弾発射筒》解凍)】
機能接続している樹里の脳を使って、イクセスが《魔法》を実行する。シート下でマフラーに偽装されていた主砲が露出され、発光する《マナ》で描かれた仮想の短砲身内部で、空気が急速圧縮冷却される。
「
十路がクラッチレバーの引金を引くと、《
それは防衛線からやや離れて落下し、衝撃で残りの《魔法》が実行されて急速加熱される。
すると大爆発が起こった。
固体から気体に昇華し、体積が一〇〇〇倍以上に
普通の
そうして防衛線を、巨狼と魔犬は広がる衝撃波に耐えて駆け抜けて。
スキール音とスリップ音を響かせて、急停止する。
「やっと着きましたわね……」
コゼットが思わずといった風に、周囲の建物より一段高い、一ニ階建てのホテルを見上げる。
数時間前までいたはずなのに、また戻ってきた。
「肝心なのはこれからですけどね」
ホテルの前には当然のように、兵士達が銃を構えて待ち構えていた。それに別の道路を封鎖していたのであろう兵力も、一斉にこの場所に集合するだろう。
しかも。
【「!?」】
《
直後に割れた空間の地面に大穴が空き、粉砕されたアスファルトが舞い上がる。そしてF1カーの疾走のような音が一瞬遅れて耳に届いた。
「対物ライフル!? 機関砲!?」
【いいえ……】
樹里の予想は正しくない。インストルメンタル・ディスプレイに、《
銃弾ではなく、細い金属棒にプラスティックの小さな羽がついた、普通ならば地面を砕くはずのない物体だった。あまりの速度で衝突したため、弾体は
【マッハ七で飛んできた弓矢です】
「とうとう出てきやがったか……」
十路は
そこにも人影があり、残り火のような青白い光が見えて、すぐに消えた。
今にも
「部長はクロエ王女のところへ。邪魔は俺たちが食い止めます」
「お願いしますわ!」
コゼットは笑みと、親指を立てて返し、ホテル前の封鎖戦に突っ込んだ。
新たな動きに兵士たちは反応して発砲したが、巨狼にしがみつくコゼットには命中しない。反対に金属の鞭のような尾の一振りに軽く蹴散らされて、突破を許してしまう。
コゼットがホテルに消えるより早く、十路も無線で樹里に指示を出す。オートバイは《魔法》を使い、建物の壁を駆け上がる。
「上は俺が押さえる。木次とイクセスは下の連中を頼んだ」
『気をつけてください!』
「……今回はヤバイかもしれないから、その時はフォロー頼む」
『……っ』
気弱とも取れる緊張した十路の発言に、樹里が息を呑む気配を返した時、オートバイは壁面を登りきり、宙に飛び出した。
その瞬間に十路は、自分の
そして飛び越え、そのまま重力を操り反対側の壁を伝って、オートバイが建物から降りるの横目で確認して。
十路は屋上に立つ人物に向き直る。
「最後まで出てこないのかと思ったぞ?」
ロジェ・カリエールだった。辺り一帯を見渡せるここから、彼女が
「貴方ならご存知でしょう? 一般の兵力と《
「《魔法使い》は簡単に戦局を変えてしまうから、一般兵からはどうしても嫌われるもんな」
「えぇ。なので彼らの働きに期待し、ギリギリまで動かないつもりでしたが……わたしも直接動かないとならなくなりましたね」
彼女はいつも通り、ヴィクトリアン・タイプのメイド服に身を包んでいた。ただし耳にはハンズフリーの無線機、胸と押し手の腕、引き手の指に皮製の防具を装備している。更には腰にはベルトを巻いて、鞘に入ったグルカナイフと、大量の矢を収めた筒を
左手には洋弓が握られている。日本人なら競技用よりも狩猟用と思うだろう、滑車付きの
そして
これが彼女の《
「そいつは大変だったな……ダニュ・アヴァルナ・ノゥン」
十路がこぼした名前に、ロジェがほんのわずか、嫌悪なのか感心なのか区別がつかない程度に無表情を動かした。
「……よくわたしの本名を調べることができましたね」
「俺も何日か前に会ったばかりだけど、
遅ばせながらもポケットから腕章を出し、それを左腕に着けつつ、十路は説明する。
彼が野依崎の部屋にメモを残して、調査を頼んだ事柄は、大きくふたつあった。
主に飛行機の離陸予定などから見る、クロエとコゼットの予定と。
ロジェ・カリエールと名乗る女性の正体を掴むこと。
「方法までは不明だけど、フランス外国人部隊では正体を隠せてたみたいだし、アンタが《魔法使い》って情報を掴むのは、相当苦労したみたいだけどな」
「えぇ。《
「ってことは、アンタも俺たちと同じ、国家に管理されていないワケありの《魔法使い》だろ? なのになんで俺たちの邪魔をする?」
「ムッシュ・ツツミがこうして立ち塞がるように、わたしなりの事情があるからです」
野依崎もできる限りの仕事をしたのだろうが、それでも一日程度の時間では足りなかったか。
学校でアーチェリーを
きっと聞きたいものではないだろう、彼女の経歴を暴いても、動揺は誘えたと感じられない。
「……修交館学院、総合生活支援部だ」
もっとも動揺を誘えるとは期待していなかった。儲けもの程度の考えで口にしたことだ。
「正式な依頼は出てないけど、内乱罪、内乱予備罪、建造物損壊致死罪、器物破損罪、他
学生服の十路は、
「勝手ですね。この騒動はどちらが始めたことですか?」
メイド服のロジェは、洋弓を持ったままナイフを抜き。
「今日だけの話なら俺たちだけど、元はと言えば、そっちの手出しだろ」
元は兵士だった《
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