020_2430 チェスゲームⅩ~Recursive call~


「《シートン動物記/Wild animals I have know》!」


 児童文学として誰もが知ってるであろう、博物学者アーネスト・トンプソン・シートンの動物物語集の名と共に、巨大な《魔法回路EC-Circuit》がブルドーザーを取り囲んだ。

 鋼鉄の骨格が作り変えられ、合金の筋肉が覆い、更にその上から全身を金属繊維の体毛がおおう。土砂を運ぶ強靭な雄牛ブルは、俊敏しゅんびんな形状へと生まれ変わる。

 《魔法回路EC-Circuit》が解除された場に現れたものは、物語集に出てくる狼王を連想する、体長七メートル余の巨大な四脚歩行ロボットだった。


「Alle! (行け!)」


 勇ましいコゼットの号令を受けて、生物としか思えない動きで巨狼は駆け出した。



 △▼△▼△▼△▼



 金属製の巨狼は、軽快な走行で建設機械の群れを回りこみ、あっという間に逃げ回っていた十路に追いすがる。


「!?」


 新たな気配に振り返った十路も、さすがに巨狼に驚いた。目を見開き、動きが一瞬止まりかける。

 その隙に巨狼は、カッターシャツのえりをくわえ、首を振って十路を宙に放り投げた。


「うおっ!?」


 成すすべなく十路は縦に一回転し、白銀の背中に落下する。タイミングを合わせて身を低くし、落ちてきた彼を柔らかく受け止め騎乗させる。


 巨狼はその反動で四肢を伸ばし、ショベルカーの列を飛び越えると、コゼットの目の前に重さを感じない動作で着地した。


「……………………」


 なにが起きたか理解できなくて、十路は背中に乗ったまま固まっていた。

 しかし巨狼の体高で見下ろすことになるコゼットと、彼女が手にしている装飾杖を見て、遅れて事態を理解する。


 十路はまたがる巨狼をわずかな時間眺め、生物のような冷たい金属の体になにか思いついたように、コゼットに確認を取る。


「……部長。俺の腰、足、手と指の動きを、バイクの運転方法でこのゴーレムの動きに同期。可能ですか?」

「できるっちゃーできますけど、どうしてそんな真似を?」

「追い回してくれたツケ、俺にも返させてくださいよ」

「了解」


 小さく笑ったコゼットは、手にした装飾杖を振る。

 すると十路の前の背中が変形し、ハンドルにしか見えないものが生えてきた。跨がった足付近にもステップが生える。


「おぉ……」


 ハンドルを傾けるように力をかけると、巨体が反応して首を巡らせたことに、思わず感嘆の声が漏れた。


(これなら行ける)


 十路はアクセルを一気に開いた。実際にはエンジン回転数など関係なく、巨狼が駆け出した。


 タイミングよく、物陰からERC装甲車が前方に姿を現した。

 もちろん十路たちを仕留めようと、建機の列を回り込んだのだろうが、そこにいたのは化け物じみた巨大な狼。パニックにおちいったように副武装の汎用機関銃が乱射された。

 

(上下動がひどいし、やっぱりバイクと感覚違うな……)


 細かくブレーキングし、同時に体重移動で後部を流す感覚で操作する。

 オートバイでも蛇行するだろうが、巨狼はもっと鋭角なジグザグ走行を行い、放たれる銃弾を避けつつ装甲車に近づく。

 

 そして十路が体を傾けながら、ブレーキをフルロックするイメージで手足を動かすと、合成ゴムの肉球でスリップ痕を残しつつ、巨体が横に滑りながら停止する。

 止まった場所はカノン砲の真正面だった。巨狼は榴弾の直撃に耐えるかもしれないが、至近距離の爆発で十路が無事かは保障できない。


(だけど――)


 だから彼は、急加速のイメージで手を動かしながら、反動をつけて毛皮を掴んだ腕を引く。

 オートバイなら前輪を持ち上げただろうが、巨狼はその場で高々と飛び上がった。

 一拍遅れて砲声がとどろき、九〇ミリ榴弾はむなしく外れ、海の上へと飛び出していった。


「面白い!」


 そして足をそろえた巨狼が、装甲車の上に着地する。

 一点集中した荷重に耐え切れず、砲塔がへしゃげて六輪のタイヤがバーストした。機関銃を操るために車外に出ていた者は、危うく飛び降りて難を逃れたが、生きた心地がしなかっただろう。


『もう一台来ますわよ!』


 《魔法回路EC-Circuit》のスピーカーが十路の耳元に現れ、そこからコゼットの声が届いた。


 追っていた獲物とおじが急に巨狼にさらわれて消えたので、追いかけてきたのか。建設機械の列に向こう側から迫撃砲を搭載した装甲車が出現し、ライトに浮かんだ獣影に怯えたように急停車する。

 十路は次の獲物に巨狼の首をめぐらせて、装甲車の上から駆け出させた。


『なにやる気ですのよ?』

「バイクじゃ絶対にできないことですよ!」


 十路はわらい、勢いをつけて前に体重をかける。巨狼は頭を下げて低い姿勢を更に低くする。


 元はブルドーザーなのだから、巨狼の質量は装甲車と大差ない。だからそのままEMC装甲車に激突すると、交通事故と同じ衝撃で周囲が揺れる。それぞれの乗員が投げ出されないよう、身近なものに掴まり耐える。


 その間に十路の目前で無人砲塔が旋回し、二〇ミリ機関砲が向けられた。


「遅いっ!」


 急加速させながらハンドルを引くと、巨狼がさお立ちする。同時に装甲車は、車体の下に突き入れた鼻先で持ち上げられる。いくら車体にパワーがあろうとも、こんな状態では力比べができるはずはない。

 装甲車は亀が裏返ったように身動きできなくなり、砲塔の火器は自重で潰れた。


「乗り心地はよくないけど、これはこれで……」


 十路はハンドルを傾け、クラッチをつながず空吹かしするつもりで動かす。すると狼型ゴーレムは後肢で地面をかいて、横転した装甲車に砂をかけた。


「おー、芸が細かい」

「遊ぶんじゃねーですわよ……」


 アタッシェケースをぶらげて、装飾杖で憂鬱ゆううつそうに肩を叩きながら、コゼットが近づいてきた。装甲車から脱出した兵士に銃を向けられたら面倒と、搭乗口を《魔法》で溶接しながら。


「さぁ、これからどうします?」


 荒ぶる野良犬の笑みを浮かべ、十路は言わずもがなの事を問う。


「決まってるでしょう?」


 波打つ金髪をかき上げながら、コゼットは不敵な獅子の笑みで返す。


「突撃あるのみ、ですわ」

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