020_2510 抗う獣たちは銘々の所以にてⅡ~Smurf attack -Logic bomb-~
狼型ゴーレムの巨体では、屋内で身動きできない。更になにが起こるか不明な状況で閉じ込められるのを嫌い、エレベーターは使わなかった。
コゼットは最上階まで階段を駆け上がった。
フロアにいたクロエの護衛を思われる男たちを片っ端から吹っ飛ばし、ロイヤルスイートルームの鍵を《魔法》で破壊して、扉を蹴り開けた。
「はぁ……はぁ……」
荒い息に肩を上下させて、波打つ金髪は乱れて頭から砂埃をかぶり、ワンピースはあちこち裂けて土に汚れ、手足は
ボロボロの風体は、王女に相応しくないだろう。
しかし強い意思を
「あら? 予想より早いですね」
コゼットが部屋に飛び込んできたことに、驚いた様子もなく、クロエは余裕の笑みを見せてきた。
「苦労してきたみたいだね」
その向かいでは、つばめがティーカップを傾けている。
「理事長……? なぜここに……?」
「クロエちゃんとチェス打ちながらお話してたところ」
涼しい顔で紅茶を飲むつばめに、コゼットは内心舌打ちをする。
(やっぱり理事長の手の平で踊らされてましたのね……)
結果として助けられているとはいえ、他人に転がされて、愉快な気持ちにはなれない。
「それよりコゼットちゃん。話したいのは、わたしじゃないでしょ? クロエちゃんと話があるから、ここに来たんでしょ?」
「えぇ……そうですわね」
コゼットはアタッシェケースをカーペットに投げ捨てて、装飾杖をクロエに突きつける。
「わたくしを、国から追放なさい」
△▼△▼△▼△▼
十路は短剣を宙高く放った。
改造消火器をケースから出してレバーを引くが、水で飛ぶ容器をロジェは驚きもせず避けたので、
一呼吸の間で行われた攻防は、ひと段落して止まる。
「……ッ」
距離を取られたことに小さな舌打ちをし、十路は落ちてきた短剣を再度手中に収める。
ロジェの《
「面白い戦い方をされますね?」
消火器の容器を飛ばす簡易ロケットや、棒手裏剣を
「《魔法》なしで《魔法使い》とやり合うなら、手が何本あっても足りないからな……こんなやり方するしかないんだ」
《
そんな非常識な能力と渡り合うなら、やはり《魔法》を使うか、映画の主人公のようなワンマンアーミーになるしかない。
幸いにも十路には、いくら武器を所有しても邪魔にならない
持ち替える手間を惜しんで得物を放り、空けた手で別の得物を取り出して使用し、捨てて宙の武器を受け取って襲いかかる。
対する相手は得物を捨てる行動に戸惑い、しかし武器を捨てたわけではなく思わぬタイミングで向けられる事に驚愕する。白兵武器を対応しようとしたら射撃武器を向けられ、更に対応しようとした次の瞬間には別の武器が現れるのだから。
戦いの流れを読み、相手の思考を
「なるほど。では、真似させて頂きます」
言うなりロジェはグルカナイフを宙に放った。空けた右手は腰に走って矢を何本か抜き、すぐさま洋弓に
(
電磁気学に傾向した《
横飛びに体を投げ出すと、音速を突破した弓矢が辛くも
「くっ!?」
床を一回転しすぐ立ち上がったが、すぐさま逆側に体を投げ出す。一瞬遅れて弓矢が突き立つ。いつの間にか上に放たれた矢が時間差を置いて落下してきた。
思わず動きが止まりかけたところに、コンクリートに穴を穿つ音速の矢が発射されたが、これも辛うじて避けた。
兵器としての弓は現在、銃に立場を完全に奪われている。威力・射程距離・命中精度・連射性、全てにおいて負けている。
しかしメリットがないわけではない。弓は銃ほど派手な発射にならず、暴発リスクがない。工夫次第で様々な物を打ち出せる。直接狙うのではなく曲射ができる。
破壊力にしても、正確さで補えるなら、人間を殺すのに過度な威力は必要ない。
連射性においても、いくら拳銃を持ってるとしても、矢を
少なくとも銃は無敵ではない。誤解して粋がってるガンマンよりも、弓のトップカテゴリーのほうが何倍も恐ろしい。
そこに《魔法》が加われば、目も当てられない。
(やっぱ楽に勝たしてくれないか……!)
転がる最中に短剣を放り、取り出した改造消火器を起き上がりながら撃つ。そして
しかしロジェは金属容器を軽々とかわした。間合いを詰めた時には、落ちてきたグルカナイフを手にして迎撃体制が整えられている。
ナイフと短剣は、それぞれ
十路は手を空けることができず、またザイルを掴んだとしても、
ロジェ相手にまともな手段では、チェーンデスマッチに持ち込むのは無理だと舌打ちする。
(ギャンブルやるしかないか……!)
彼女の背後に建つビルを確かめて、事前に用意していたプランを選択した。
ぶつかった蹴りの反動を使うように、十路から飛び
そして足が床についた瞬間、
その準備の最中、グルカナイフを宙に放ったロジェが矢を
(俺の
彼女が使う戦い方のことを、十路は当然よく知っている。
その弱点もまた。
(簡単に真似できると思うな!)
落ちて床に跳ねた
次の瞬間には、右手に残ったレバー部分を捨てて、落ちてきた新たな消火器を左手で受け取り、レバーを引く。そして左手を空けた時には、右手で新たな消火器を受け取る。ペットボトル・ロケットと同じで水を推進剤としているために、ずぶ濡れになって低い姿勢で駆けながら、十路は金属容器を両手で連射する。
「!」
一本ならばロジェは冷静に反撃したただろうが、連続されると勝手が違う。わずかに眉を動かした彼女は矢を放つのを諦めて、飛来する金属の水ロケットを避けつつ下がる。
得物を投げて交換する十路の戦い方は、一方的に攻め立てる展開に運ばないと、危険すぎるのだ。
宙にある武器を弾き飛ばされたり、受け取ることができないと、あっけなく相手に流れを明け渡すことになってしまう。
だから連射に圧倒されたロジェは、右手を開けられずグルカナイフの受け取りに失敗した。仕方なく弓の距離を保とうとして下がり、彼女は一〇階建ての建物の、柵のない屋上から道路に飛び出す。
普通の人間ならば飛び降り自殺だが、《
(甘いっての!)
それは十路の予想の範囲内でしかない。
「!?」
ロジェにとっては、予想外の行動だったに違いあるまい。
蹴上げた
「くは――っ!」
体重の乗った蹴りをまともに腹に受けて、ロジェは宙で息を吐き出した。
《魔法》の使えない十路がそんなことをすれば、そのまま地面に落ちるしかない。空中でロジェの体を掴んだが、衝撃を受けて《魔法》が途切れたのか、彼女も落下するために、このままでは二人仲良く転落死するしかない。
(頼むぞ!)
だから十路は、道路を挟んだ向かいのビルに、腰のザイルに結ばれた小型ボート用
届くかどうかも、うまく引っかかるかどうかは賭けだった。しかし落下の勢いでザイルごと引かれる
すると落下していた十路とロジェは、ザイルを張らせてブランコのように円弧を描く。全面ガラス張りのオフィスビル中階に叩きつけられる。
「がぁッ!?」
十路が
しかしザイルのある十路は、壁面に足をかけてその場に留まる。
彼が事前に用意した策はこれだけではない。ザイルに体を預けて手を空けると、
肥料の中には硝酸アンモニウムという、爆薬の材料が含まれているものがある。そのままでは濃度が低いため、植物の成長促進にしか使えないが、しかるべき処置を行えば
その改造消火器は、処理した肥料に燃料となる溶剤と不足している燃焼化合物を混ぜて詰められ、花火の黒色火薬と小型ガスボンベの起爆信管を持ち、自作の電子回路で時差起動する
(これでどうだ!)
屋内に投げ込まれた消火器は、レバーを引かれた五秒後に密閉破裂を起こし、フロアを爆風で吹き荒らした。
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