020_2410 チェスゲームⅧ~#endif FLAG_New comer_3_~


 十路とコゼットは人工島の北東端にある、中古機械販売店にいた。広大な敷地には、クレーン車やショベルカー、ブルドーザーといった大型建設機械が並び、その間に潜んでいる。


「ここまで逃げれば……」

「いや、まだ安心できないですね」


 トラッククレーンの巨大なタイヤに背中を預け、ひとまず安堵の息をつくコゼットとは対称的に、十路は緊張を解いていない。


「この程度の作戦なら、クロエ王女か誰かに読まれても不思議はないと思いますけど、装備が尋常じゃないですからね……」


 多国籍軍の介入は最初から想定したが、戦車砲付きの装甲車までは考えてもいなかった。十路は知らないことだが、戦闘ヘリまで投入されている。

 ここまで装備が整っているとなると、秘密裏の派兵どころではない。


「最悪、軍事衛星で監視してる可能性もあります」

「本気で殺る気ですわね……」

「まぁ、衛星なんか使わなくても、目がいい人間がいれば、俺たちの行動は見えてるかもしれませんけど……」

「目がいいって、限度があるでしょう?」

「いえ、単純な視力のことじゃなくて……いや、視力なんですけど――」


 その時、そう遠くない場所で、風もないのに板が倒れたような物音がした。

 コゼットは驚きで肩を震わせ、十路は彼女を背中にかばう。誰かが隠れていたのか、あるいはどこから攻撃されるのか、一瞬でも早く察知しようと感覚を研ぎ澄ます。

 しばらく警戒していると、その物音を立てたであろう者が現れた。

 ニャァと鳴き声を上げて、キジトラの毛皮が駆け抜けていく。


「なんだ……ネコか」


 体の力を抜く十路に、コゼットが恐る恐る告げる。


「それ、死亡フラグですわよ……」

「…………」

「…………」


 嫌な沈黙が流れる。今ここで出すのは、あまりにも不穏だった。ホラー映画ならばその台詞を言った人物が振り返ると、背後になんかいて直後に死ぬ。


「あー……まぁ、うん。ちょっと斥候せっこうに行ってきますから、部長はここに隠れててください」


 いつも空気を読まないくせに、こういう時にはバツが悪いらしい。十路は首筋をなでながら逃げようとする。

 しかし更にやらかした。


「すぐ戻りますから」

「それも死亡フラグですわよ……」

「…………」

「…………」


 その手の台詞を残し、ひとりで行動した登場人物たちは、大抵の場合は二度と戻ってこない。


「…………まぁ、心配しないでください」

「だったら不安にさせんじゃねーですわよ!?」


 居たたまれなくなったのか、コゼットの怒鳴り声にも止まらず、十路はそのまま駆け去ってしまった。


「……ったく、もぅ……!」


 不安を紛らわすために、コゼットは毒づく。


「いなくなるタイミングはバッチリなのに、相変わらず空気読めないんだから……」

「!?」


 しかし頭上から聞こえてきた声に、驚きと恐怖で肩を震わせた。


 その人物は、クレーン車の上からひざを曲げて跳び降りる。


「いやー。あっち行ったりこっち戻ったり、探すの大変だったよ。脳内センサー使えば一発でわかったってのに、《魔法》使うの初めてだからさぁ」


 相手はラフで活動的な格好をして、紙袋を被った、あの少女だった。

 紙袋で面体を隠していることから、敵である可能性も想定できる。コゼットは疑問と不審で体を強張らせた。


「まずコレ、渡しとくね」

「わたくしの空間制御コンテナアイテムボックス……!?」


 少女は警戒するコゼットに構わず、棒とは逆の手で持っていたアタッシェケースを手渡す。


「あと、あたしに長物ムリ。もっとちっこくて取り回しのいいやつキボー」

「ハ……?」

「ドーサシケン終わったら、直接ぶちょーさんに感想言えって、りじちょーにメールで言われたんだけど?」

「また理事長……? ですけど、動作試験って……?」


 当然その棒に見覚えがある。自身の装備のコピーとして彼女が作った、試作の《魔法使いの杖アビスツール》なのだから。


 しかし何故ここで、その使い心地を話されるのか理解できない。彼女は作った時点で役目を終えて、後任になるだろう野依崎に全て任せたのだから、動作試験のことなど知るはずもない。


 しかも作成時、つばめから渡された資料からは、使用者の名前すらも記載されていなかった。目前の《魔法使いソーサラー》の正体不明さが、混乱に拍車をかける。


「えぇと……?」


 とにかく疑問を解決しようと、コゼットが口を開きかけた時、少女が島の中心部に首をめぐらした。今の彼女は《魔法使いの杖アビスツール》と接続しているから、《魔法》の感覚でなにか感知したのかもしれない。

 少女は《杖》をコゼットに投げ渡し、きびすを返す。


「あたしの出番はここまで。もう行くね」

「待って!」


 試作の《魔法使いの杖アビスツール》を慌てて受け止め、駆け出そうとした少女の背中に、コゼットは叫ぶ。聞きたいことは山ほどあるが、せめてこれだけは教えろと。


「貴女、誰ですの!?」


 コゼットはそう問いつつも、足を止めた少女に対し、妙な既視感を抱いている自分に気付いた。


「わかんないかなぁ? 言ったじゃん?」


 少女は振り返り、被っていた紙袋を外す。

 その下から現れた、イタズラ好きのネコのような笑顔を見ても、コゼットに見覚えなどない。


 だから顔ではなく、声に覚えがあることに理解が及んだ。


「兄貴が力貸すなら、あたしも力貸すって」

「――!」


 今度こそ少女は駆け去った。《魔法》の強化がなくとも彼女の身体能力は高いらしく、あっという間に遠ざかる。


 そして彼女と交代するように、別の方角から駆け足の音が、コゼットの元に近づいてくる。


「部長!」


 周囲の警戒で離れていた十路が戻ってきた。


「ちょっとヤバそう――ん?」


 十路は近づいてすぐ、コゼットが持つ棒とアタッシェケースに目を留める。初めて見る棒はまだしも、ケースはすぐに正体に気づく。


「なんで部長の空間制御コンテナアイテムボックスが? それにその棒は?」

「え、ちょっ、わたくしも何がなんだか……」

「はぁ……?」


 コゼットもまだ混乱しているため、どう答えていいのか迷う。


「それより、ヤバイってどうしましたの?」


 それに、こちらのほうが優先度が高いだろうと、十路が先ほど言いかけたことを問い直した。


「装甲車はERCだけでなくて、EMCも配備されてます」

「ERC? EMC?」

「ERCってのは、さっき追い回されてたカノン砲を搭載したタイプ。EMCってのは――」


 軍事経験者ではないコゼットに、十路がそれを説明しようとした時、小さな爆音の後に、夜空に火閃がはしった。

 それは照明弾だった。空中で発火し、パラシュートでゆっくり落下する白い光の塊に、ふたりの姿はくっきりと照らされる。


「……!」


 相手に補足された可能性が高い。十路はコゼットの腕を掴んで、クレーン車の隙間を駆け出した。


 遅れて遠くから、先ほどと同じ発射音が発せられる。今度の弾体は空中に留まらず、音を立ててそのまま十路たちがいる方角へと近づき、落下してくる。


 それはクレーン車に直撃し、爆発を起こした。その爆風に背中を押されてふたりは地面を転がる。


「機関砲も装備した自走迫撃砲ですよ……」

「よぉく理解しましたわ……!」

「しかも――」


 飛散した破片が体を打ったが、爆心地から離れていたため大したことはない。ディーゼルエンジンの駆動音が近づいているから、痛みを無視して立ち上がる。


「もう一台も来てますよ……」


 新たにふたりはヘッドライトの光に照らされた。逆光で黒く見えるが、カノン砲を装備した都市迷彩の攻撃型装甲車が、この敷地の中に入ってきた。


「こっちに!」


 エンジン音をひときわ高く響かせて、接近する装甲車から、二人は逃げる。

 二台のブルドーザーの隙間に飛び込んだ直後、地面を揺らす砲声が響き、その車体に直撃した。


「――ぐっ!」

「きゃっ!」


 ふたりの体は再度あおられ、固い地面に投げ出された。

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